プロローグ
甘い香りに満たされていた。
真っ白な部屋を彩る桜色やクリーム色のパステルカラー。
ベッドもドレッサーもぬいぐるみまで、可愛らしい物や繊細な作りで出来たもので溢れている。
言うなれば実に女の子らしい部屋。誰しもが一度は抱く理想像。
「失敗しちゃった」
「うん」
ならば此処で最も理想を抱いているのは誰なのか。
この部屋の主である少女は泣き腫らした顔を恥ずかしげも無く晒している。
それでも端正な顔は崩れる事を知らない。
淡い薄桃色の髪が何本か自身の頬に張り付いてしまっているが汚らしさなど感じる事は無く、むしろ儚さすら覚える。
涙で濡れた長いまつ毛は艶を感じさせる。
無感情に例えるなら彼女は悲劇のヒロインとしてこの上無く美しい存在と言えるだろう。
「私がダメだからっ私のせいでみんなを酷い目に…!」
「私は思ってないよ」
あくまで第三者の無責任な想像に他ならない。
本人からしてみれば理想など微塵も含まれない、それこそ迷惑な話でしかないだろう。
「スミちゃんは偉いね。ちゃんとみんなを思いやれて」
低俗は承知の上。
自らが鬼女となる事で少女が女神となれるのであれば彼女は喜んで醜態を受け入れる。
受け入れるために「夜辺シロハ」は「依代純花」と言う理想を抱きしめる。
「シロちゃんは嫌じゃない?私のこと嫌いになったり」
「しないよ」
理想はいつだって不安定なものだ。
成長に連れて何が好きになって、何が嫌いになるかなんて分からない。
何時かは打ち捨てられ置き去りにされる朧気な概念。
虚しくもあるが人の世の理でもある。
「私はスミちゃんにはなれないし、コレも私がしたくてしてるだけのワガママなの」
「そんなこと」
人はいつか変わる。
無垢なままでは居られない。
理想が永久に一人歩きを始めたのであれば、それこそが異常と言うものだろう。
「んっ」
ならば異常である事は悪なのか?
良い事とも言えないだろう。
誰かの正義は誰かの悪とはよく言ったものだ。
しかしそれも所詮は個人の主観に過ぎない。
誰かも知らぬ者の理想に我が身を窶すよりも彼女と言う理想を抱きしめたいとシロは考える。
「だから、ね。いつでも何処でも何だって…私もスミちゃんの全部を受け入れるよ」
抱きしめるために繋ぎ止める。
もう二度と手放さないためにも唇を捧げてみせる。彼女の何処にでも捧げられる。
依代純花と言う清純。清純と言う名の異常。
だから惹かれた。シロハは清純に焦がれている。清純をこそ愛し、愛されたいと願っている。
「スミちゃんは私のこと、好きで居てくれる?」
知っている。こう言えば彼女は首を横には振れないと。NOと言う言葉を持たないと。
何と言う俗物なのか。汚れている。およそ自分は彼女に相応しい人間では無い。
しかしこうも思うのだ。
「うん。大好きだよ。私もシロちゃんのこと大好き…!だから、側に居て?」
この罪と汚れさえも彼女と出逢わなければ抱く事は出来なかった。
光も闇も、全てが彼女から与えられた宝物。
「うん、ずっとずっと一緒だよ」




