第40話
凱旋の夜、グレンツェは、かつてない祝賀に沸いた。
領主の無事の帰還と、巨悪を退けた勝利を祝い、村中が、喜びに包まれた。広場には篝火が焚かれ、人々は踊り、歌い、語り合った。
アリシアは、その輪の中心で、温かな祝福を、全身に浴びていた。
「領主様、よくぞご無事で!」
「王都で、あの大悪人を懲らしめたとか! さすがでございます!」
口々に讃える村人たちに、アリシアは、笑顔で応えた。
けれど、彼女は、知っていた。この勝利は、自分一人のものではないことを。
「皆さん」
アリシアは、声を上げ、人々の注目を集めた。
「此度の勝利は、わたくしの力だけによるものではありません。共に戦ってくれた仲間、そして──この領を、信じて守り続けてくれた、皆さん一人一人のおかげです」
彼女は、ぐるりと、村人たちを見渡した。
「ありがとう。皆さんがいてくれたから、わたくしは、戦えました。この領は、わたくしたち、みんなのものです」
その言葉に、村人たちは、胸を熱くした。
領主が、自らの功を誇るのではなく、皆の力だと讃える。その謙虚さと、温かさが、人々の心を、いっそう強く、彼女のもとへと結びつけた。かつて、冷ややかな視線で新領主を迎えた村は、もうどこにもない。今ここにあるのは、領主と領民が、固い信頼で結ばれた、一つの大きな家族だった。
*
祝宴の喧騒から、少し離れて。
アリシアは、夜風に当たろうと、丘の上へと歩いた。
眼下には、祝いに沸く村の灯りが、温かく瞬いている。見上げれば、満天の星空。すべてが、平和で、美しかった。
「……ここにいたのか」
背後から、ディートハルトが歩み寄ってきた。
「団長。お祭りは、よろしいのですか?」
「あんたこそ。主役が、抜け出していいのか」
二人は、並んで、村の灯りを見下ろした。
いつかと同じ、丘の上。けれど、あの頃とは、二人の間に流れる空気が、また少し、変わっていた。
「……無事で、よかった」
ディートハルトが、静かに言った。
「あんたが王都へ行っている間、俺は……気が気ではなかった。もし、何かあったらと思うと」
「ご心配を、おかけしました」
「いや。──ただ、わかったことがある」
ディートハルトは、意を決したように、アリシアへと向き直った。いつもの無愛想さは、どこにもなかった。
篝火の照り返しの中で、彼の真剣な眼差しが、まっすぐにアリシアを捉えた。
「あんたが傍にいない日々は、俺にとって、考えられないものだった。アリシア。俺は……あんたを、一人の女性として、想っている」
ついに、その言葉が、紡がれた。
ずっと、互いに感じながら、言葉にできずにいた想い。それが今、星空の下で、はっきりと、形になった。
アリシアの頬が、ほのかに染まる。彼女は、まっすぐに、ディートハルトを見つめ返した。
「……わたくしも、同じ気持ちです、ディートハルト」
澄んだ声で、彼女は答えた。
「あなたが傍にいてくれること。それが、わたくしにとって、どれほどの支えだったか。わたくしも、あなたを、お慕いしています。ずっと、言葉にできずにいたけれど」
二人の想いが、確かに、通い合った。
長い時をかけて育まれた絆が、今、確かな愛へと、結実した瞬間だった。出会った頃の冷たい衝突から、共に泥にまみれ、苦難を越え、信頼を重ねてきた日々。その一日一日が、この想いを、ゆっくりと育ててきたのだ。
星明かりが、寄り添う二人を、優しく照らしていた。遠くから響く祝宴の歌が、まるで、二人を祝福しているかのようだった。




