第39話
王宮での決着の後、アリシアは、しばし王都に留まった。
ファルケンラート伯爵の不正に関する、事後処理のためだった。グレンツェから搾取された財の返還手続き、不正に関わった者たちの処遇、そして、地下の鉱脈の正式な権利確認。やるべきことは、山積していた。
けれど、その一つ一つが、グレンツェの未来を、明るく照らすものだった。
*
国王陛下からは、思いがけぬ沙汰もあった。
長年、不当に貶められてきたグレンツェ領の名誉回復。そして、アリシアの功績を称え、彼女に正式な爵位を授ける、という申し出だった。
無爵の女領主として辺境へ追われた彼女に、今、王国から、正当な地位が与えられようとしていた。
「アリシア・フォン・グレンツェ。その方を、正式に、グレンツェ女伯爵に叙する」
陛下の言葉に、アリシアは、深く頭を垂れた。
追放され、すべてを失ったはずの令嬢。それが今、自らの手で勝ち取った地位と名誉を、堂々と授かっている。誰かに与えられた縁談でも、家の格でもない。一から積み上げた実績によって、彼女は、本物の地位を手にしたのだ。
けれど、彼女の胸にあったのは、地位への喜びよりも、ある一つの実感だった。
(これで、グレンツェを、もっと守れる)
爵位は、虚栄のためではない。領と、人々を守る、新たな力。アリシアは、それを、そう捉えていた。
*
すべての処理を終え、ようやく、帰郷の日が来た。
王都を発つアリシアを、ローゼンベルク侯爵夫人が、見送ってくれた。
「夫人。本当に、お世話になりました」
「いいえ。楽しい時間でしたよ」
夫人は、慈愛のこもった目で、微笑んだ。
「あなたは、わたくしに、希望を見せてくれました。正しさと知恵が、巨悪に勝つ。そんな当たり前を、見事に証明してみせた。──ありがとう、アリシア」
「夫人……」
「さあ、お行きなさい。あなたの帰りを、待つ人たちのもとへ」
温かな言葉に送られ、アリシアは、帰路についた。
*
馬車の中で、ディートハルトとハンナが、晴れやかな顔をしていた。
「いやあ、終わってみれば、あっという間だったね」
ハンナが、伸びをしながら言った。
「まったく、とんでもない冒険だったよ。けど、あんたとならってんで、最後まで楽しかった」
「ありがとう、ハンナ。あなたがいてくれて、本当に心強かった」
アリシアが微笑むと、ディートハルトも、ぽつりと言った。
「……帰ったら、皆、喜ぶだろうな」
「ええ。早く、みんなに会いたいわ」
窓の外には、見慣れた景色が、少しずつ近づいてくる。痩せていた土地が、今は緑に潤い、活気を取り戻している。
懐かしい、愛おしい、グレンツェの大地。かつて、誰もが見捨てた死んだ土地。それを、仲間と共に一から蘇らせた、かけがえのない場所。
(ただいま、みんな)
胸が、温かさで満たされていく。
長い戦いを終え、すべての脅威を退け、彼女は今、勝利と共に、故郷へ帰る。それは、追放されたあの日には、想像もできなかった、誇り高き凱旋だった。
遠く、グレンツェの村が見えてきた。その入り口には、すでに、大勢の人影が集まっている。領主の帰りを、今か今かと待ちわびる、村人たちだった。
馬車が近づくと、わっと、歓声が上がった。
「領主様だ! 領主様が、お帰りだ!」
その声を聞いて、アリシアの目に、じわりと、温かいものが滲んだ。誰にも見送られず旅立ったあの日と、こうして大勢に迎えられる今と。その対比が、彼女の胸を、いっぱいにした。
帰ってきた。守り抜いた、この場所へ。
逆転の物語は、最も幸福な凱旋と共に、新たな日々へと、続いていく。




