第38話
国王陛下の裁断は、速やかに、そして厳正に下された。
「ファルケンラート伯爵。その方の、長年にわたる不正と陰謀、まことに許しがたし」
陛下の声が、大広間に、重く響いた。
「よって、その方の爵位を剥奪し、全財産を没収する。さらに、これまでグレンツェ領より不正に搾取した分は、すべて返還とする。──衛兵、伯爵を、捕らえよ」
控えていた衛兵たちが、進み出た。
ファルケンラート伯爵は、もはや、何も言わなかった。長年築き上げた権力も、栄華も、すべてが、音を立てて崩れ落ちていく。彼は、ただ茫然と、その場に立ち尽くしていた。
連れ去られる間際、彼は一度だけ、アリシアを振り返った。
その目に宿っていたのは、憎悪ではなかった。むしろ──己の慢心を悟った者の、苦い諦観だった。
「……見事だった、お嬢さん」
それだけを呟き、王国の影は、表舞台から、永遠に姿を消した。
*
大広間に、安堵と、感嘆の空気が満ちた。
長年、誰もが恐れ、誰も逆らえなかった巨悪。それを、一人の若き女領主が、知略と勇気で、討ち果たしたのだ。その偉業に、貴族たちは、惜しみない称賛を送った。
「見事でした、アリシア殿」
ローゼンベルク侯爵夫人が、歩み寄り、温かく微笑んだ。
「あなたは、やり遂げました。誇りに思いますよ」
「夫人のお力添えがあればこそです。本当に、ありがとうございました。あなたがいなければ、わたくしは、ここまで辿り着けませんでした」
アリシアも、心からの感謝を込めて、頭を下げた。
*
そんな中、人垣の奥で、青ざめた顔をした二人組が、いた。
レオンハルトと、マリーベルだった。
二人は、ようやく、すべてを理解した。王都で一世を風靡したグレンツェ・ブルー。その生みの親であり、今、巨悪を討って陛下から称賛される、この英雄的な女領主。それが──かつて自分たちが、「退屈な女」と嗤い、辺境へ追いやった、アリシアその人であることを。
「う、嘘だろう……あの女が……」
レオンハルトの声が、震えた。
自分が、見る目もなく切り捨てた相手が、今や、王国中が敬意を払う存在になっている。その事実が、彼の矮小な自尊心を、容赦なく打ち砕いた。
マリーベルもまた、自分が夢中になって買い求めていたあの色が、嘲笑った相手の作品だったと知り、顔から血の気を失っていた。
けれど──アリシアは、二人に、一瞥もくれなかった。
彼女の意識の中に、もはや、彼らの存在はなかった。憎むことも、見返そうとすることも、とうに過ぎ去っていた。ただ、自分の道を歩んだ。その結果が、今、すべてを物語っている。あの夜、ただ静かに大広間を去った彼女は、復讐を誓ったわけではなかった。ただ、前を向いて歩いただけ。それが、巡り巡って、この光景へと繋がっていた。
それこそが、最も雄弁な、そして最も痛烈な、答えだった。
*
称賛の中心で、アリシアは、ふと、窓の外を見た。
遠い北の空。あの空の下に、彼女の帰るべき場所が、ある。華やかな王宮の喧騒の中で、彼女の心は、すでに故郷へと向かっていた。
(終わったわ……ようやく)
長い戦いだった。荒れ地に立った日から、今日この瞬間まで。けれど、すべては報われた。グレンツェの未来を、脅かすものは、もう、どこにもない。地下に眠る鉱脈も、これからは領のために、正しく使われていくだろう。人々の暮らしは、もう誰にも脅かされない。
胸に、深い安堵が広がっていく。
追放された令嬢の、逆転の物語は、ここに、一つの大きな結実を見たのだった。




