第36話
「ほう。不正、とな」
国王陛下が、興味深げに身を乗り出した。
「グレンツェの領主よ。申してみよ。いかなる不正か」
「ありがたき幸せにございます」
アリシアは、深く一礼し、語り始めた。
その声は、澄み、よく通り、大広間の隅々まで届いた。
「我がグレンツェ領は、長年にわたり、原因不明の荒廃に苦しんでまいりました。土地は痩せ、民は減り、誰もが、見捨てられた土地と諦めておりました。──けれど、その荒廃には、明確な原因がございました」
会場が、静まり返る。
「徴収された税の、組織的な中間搾取。そして、領を意図的に困窮させる、長年の策略。それらはすべて、ある一人の人物の、私欲のために、仕組まれたものでございました」
アリシアは、ゆっくりと、その人物へと、視線を向けた。
「ファルケンラート伯爵。あなたです」
名指しされた伯爵が、わずかに眉を動かした。けれど、その表情は、なお余裕を崩さない。長年、数々の窮地をくぐり抜けてきた者の、底知れぬ落ち着きだった。
「異なことを。証拠もなしに、この私を、不正の徒よばわりとは」
「証拠なら、ございます」
アリシアは、ハンナから受け取った文書を、高く掲げた。
「これは、数十年前、ファルケンラート家が、密かに行わせた、グレンツェ領の地質調査の報告書。地下に眠る、稀少な鉱脈の存在が、記されております」
会場が、どよめいた。
「さらに、これは──その鉱脈を独占するため、領を計画的に困窮させる、長期の策略を記した書付。すべて、伯爵家の印が、押されております」
アリシアは、証拠を、一つずつ、明らかにしていった。
中間搾取の記録。不当な課税の経緯。そして、鉱脈を巡る陰謀の全貌。動かぬ物証が、次々と、衆人の前に晒されていく。
それは、完璧な、論理の構築だった。一つ一つの証拠が、隙なく繋がり、伯爵の長年の不正を、白日のもとに、暴き出していく。感情に任せた糾弾ではない。冷静に、順序立てて積み上げられた事実の連なりが、誰の目にも明らかな真実を、形作っていった。反論の余地は、どこにもなかった。
*
会場の空気が、変わっていった。
はじめは、半信半疑だった貴族たちの表情が、証拠が積み重なるにつれ、驚愕と、伯爵への疑念へと、染まっていく。
「まさか、あのファルケンラート伯爵が……」
「では、グレンツェの荒廃は、すべて仕組まれたものだったのか……」
ざわめきが、波のように広がる。
そして、アリシアが社交界で味方につけた貴婦人たちや、内部告発を決意した若い官吏が、次々と、彼女の主張を裏付ける証言を、口にし始めた。
包囲網は、完成しつつあった。
「陛下」
アリシアは、国王陛下に、まっすぐ向き直った。
「ファルケンラート伯爵は、私欲のために、一つの領を、そこに暮らす民を、長年にわたり苦しめてまいりました。これは、王国の法と正義に対する、重大な裏切りでございます。何卒、公正なる、ご裁断を」
彼女の言葉は、力強く、揺るぎなかった。
国王陛下の表情が、厳しく引き締まる。その目が、ファルケンラート伯爵へと、鋭く向けられた。
追い詰められた巨悪が、いかに反撃に出るのか。
大広間の緊張は、頂点へと達していた。アリシアの、命を賭した告発が、まさに、実を結ぼうとしていた。長く王国の影に潜み、誰も手を出せなかった権力者が、今、一人の若き女領主によって、その仮面を剥がされようとしている。固唾を呑んで見守る人々の中で、アリシアだけが、まっすぐに前を見据えていた。




