第34話
決定的な証拠を、どう公にするか。
それが、最後にして最大の課題だった。
ローゼンベルク侯爵夫人の屋敷で、アリシアは、夫人と作戦を練っていた。
「ただ証拠を突きつけるだけでは、握り潰されます」
夫人は、慎重に言った。
「相手は、王国の中枢を握る大物。下手に動けば、もみ消され、あなたが返り討ちに遭う。証拠を晒すなら、もみ消すことの叶わぬ、公の場でなくてはなりません」
「公の場……」
アリシアは、思案した。
ファルケンラート伯爵の権力をもってしても、握り潰せない場所。多くの目が集まり、不正が公然と暴かれれば、もはや隠蔽の利かぬ場。
*
そのとき、夫人が、ある提案をした。
「近く、王宮で、大規模な式典が催されます。陛下も臨席なさる、王国でも最も格式高い催し。多くの貴族、要人が集う場です」
「その式典で……?」
「ええ。あの場でなら、いかなファルケンラート伯爵とて、もみ消すことはできません。陛下の御前、衆人環視の中で、不正を暴く。それこそが、唯一の勝機です」
アリシアの胸が、高鳴った。
危険な賭けだ。けれど、それ以外に、巨悪を討つ道はない。陛下の御前という、最も公的な場で、証拠を突きつける。成功すれば、伯爵の野望を、完全に打ち砕ける。逆に、わずかでも隙を見せれば、その場で逆賊として退けられ、二度と立ち上がれなくなるだろう。まさに、すべてを賭けた一手だった。
「けれど、式典に参列するには、相応の資格が要りますね」
「そこは、わたくしに任せなさい」
夫人は、自信ありげに微笑んだ。
「ローゼンベルク家の名にかけて、あなたを、式典に招きましょう。グレンツェ・ブルーで王都を席巻した、注目の女領主として。あなたが参列することに、異を唱える者はいますまい」
*
計画は、固まった。
王宮の式典で、アリシアが、ファルケンラート伯爵の不正を、陛下の御前で告発する。動かぬ証拠を突きつけ、その野望を、白日のもとに晒す。
それは、これまでの、どの戦いよりも、危険で、大胆な策だった。
「ディートハルト、ハンナ。これが、わたくしたちの、最後の戦いになります」
アリシアは、二人を前に、静かに告げた。
「成功すれば、グレンツェは救われる。けれど、失敗すれば……わたくしたちは、すべてを失うかもしれません」
「何を今さら」
ディートハルトが、不敵に笑った。
「あんたに、最初から、ついていくと決めている。どこまでも、共に行く」
「あたしもさ。ここまで来て、降りられるかってんだ」
ハンナも、力強く頷いた。
二人の揺るぎない覚悟に、アリシアは、胸を熱くした。
*
その夜。
アリシアは、一人、月明かりの下で、決戦に向けた最後の準備を整えていた。
告発の言葉を、頭の中で、何度も練り上げる。突きつけるべき証拠を、順序立てて整理する。一分の隙もない、完璧な論理を、組み上げていく。
胸には、ディートハルトから贈られた短剣。そして、グレンツェの人々の想い。
(みんな……必ず、勝ってみせるわ)
遠い辺境で、自分を信じて待つ人々の顔を、アリシアは思い浮かべた。荒れ地を共に蘇らせた、かけがえのない仲間たち。彼らの未来を、この手で、守り抜く。井戸を掘った日も、染料を見出した日も、冬を越えた日も──すべては、この一夜のためにあったのかもしれない。
「待っていなさい、ファルケンラート伯爵」
決戦を前に、アリシアの瞳には、静かな、けれど燃えるような闘志が宿っていた。
すべてを賭けた、最後の戦いが、もう間近に迫っていた。




