第31話
幾日もの旅の末、一行は王都へと到着した。
久方ぶりに見る王都は、相変わらず華やかで、活気に満ちていた。整然とした石畳、立ち並ぶ壮麗な建物、行き交う着飾った人々。けれど、かつてこの地で暮らしていた頃とは、アリシアの心持ちは、まるで違っていた。
あのときの彼女は、誰かに決められた道を歩む、籠の中の令嬢だった。けれど今は──自らの足で立つ、一領の主だ。
「さて、まずは宿だね」
ハンナが、手際よく一行を案内した。彼女の伝手で、目立たぬ、けれど居心地のよい宿が、すでに手配されていた。
*
王都に着いて、まずアリシアが向かったのは、ローゼンベルク侯爵夫人のもとだった。
夫人は、約束通り、温かく一行を迎えてくれた。
「よく来ましたね、アリシア殿。待っていましたよ」
「夫人。お言葉に甘えて、参りました。どうか、お力をお貸しください」
「もちろん。さあ、お入りなさい」
夫人の屋敷の客間で、アリシアは、これまでに掴んだ情報を伝えた。ファルケンラート伯爵の野望。グレンツェの地下に眠る鉱脈。そのすべてを聞き終え、夫人は、深く頷いた。
「なるほど。鉱脈、ですか。あの男が、執着するわけです」
「夫人。伯爵の企みを、どうすれば止められるでしょう」
アリシアの問いに、夫人は、しばし思案した。
「正面から、力で挑むのは、得策ではありません。あの男は、王国の中枢を握っている。まともにぶつかれば、潰されるだけ」
「では……」
「証拠です」
夫人は、きっぱりと言った。
「あの男が、これまでグレンツェに対して行ってきた不正。中間搾取、不当な課税、そして鉱脈を巡る陰謀。それらの動かぬ証拠を集め、然るべき場で、白日のもとに晒すのです」
*
夫人の助言は、明快だった。
力には、力で。けれど、絶対的な権力者には、力では敵わない。ならば、正義と証拠を武器に、その不正を暴くしかない。一度公にされてしまえば、いかなる権力者も、無傷ではいられないのだから。表に出ず、糸を操ることで力を保ってきた者ほど、その糸が白日のもとに晒されたとき、脆い。夫人の見立ては、敵の本質を的確に突いていた。
「けれど、証拠集めは、容易ではありませんよ」
夫人は、釘を刺した。
「あの男は、用心深い。不正の痕跡は、巧妙に隠されているでしょう。それを掘り起こすには、相応の危険が伴います」
「覚悟の上です」
アリシアは、迷いなく答えた。
「グレンツェと、領のみんなを守るためなら、どんな危険も厭いません」
その揺るぎない瞳に、夫人は、満足げに微笑んだ。
「良い目をしている。ならば、わたくしも、全力でお手伝いしましょう。社交界の伝手も、情報網も、すべて使いなさい。年寄りの人脈も、たまには役に立ちますよ」
「ありがとうございます、夫人」
頼もしい協力者を得て、アリシアの王都での戦いは、いよいよ本格的に動き出した。
強大な敵の本拠地で、たった数人の仲間と共に、巨悪に挑む。それは、無謀とも思える戦いだった。けれど、彼女は孤独ではなかった。傍らには信頼する仲間がおり、王都には心強い協力者がいる。そして背後には、彼女を信じて待つ、グレンツェの人々がいる。
けれど、アリシアの胸には、不思議なほどの落ち着きがあった。守るべきものがある限り、彼女は、決して退かない。失うものなど何もなかったかつてとは違う。今の彼女を支えているのは、絶望ではなく、確かな希望だった。
王都という戦場での、知略を尽くした攻防が、今、幕を開けようとしていた。




