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退屈な女と嗤われて  作者: 小林翼


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第29話

 収穫祭の余韻も冷めやらぬ頃、ハンナが、王都から急ぎ戻ってきた。


 その表情は、いつもの飄々としたものではなく、緊張に強張っていた。


「領主様。掴んだよ、黒幕の尻尾を」


 *


 アリシアは、すぐにハンナを書斎へ通した。


 ハンナは、声を潜め、王都で集めた情報を語り始めた。


「ファルケンラート伯爵。あの男は、想像以上の大物だった。財務、法務、軍部……王国のあらゆる中枢に、息のかかった者を配してる。表向きは温厚な重臣だが、その裏では、国の意思決定すら、思いのままに操ってるって噂だ」


「やはり……」


「そして、グレンツェのことだ」


 ハンナは、一枚の古びた書付を取り出した。


「あの男が、なぜグレンツェに執着するのか。その理由を探るうちに、妙なものに行き当たった。──これを見ておくれ」


 アリシアは、その書付に目を落とした。


 それは、数十年前の、古い鉱物調査の記録だった。グレンツェ領の地下に関する、断片的な報告。そこには、ある稀少な鉱脈の存在が、ほのめかされていた。


「鉱脈……?」


「ああ。詳しいことは、まだわからない。けど、相当に価値のあるものらしい。おそらく、ファルケンラート伯爵は、ずっと前から、これを狙ってる」


 アリシアの中で、点と点が、繋がり始めた。


(だから……だから、この領を)


 長年の中間搾取で、領を痩せさせ、人を減らす。誰も注目しない、死んだ土地にしておく。そうして、いずれ二束三文で領を手に入れ、地下の鉱脈を、独占するつもりだったのだ。大叔母が長く領主を務めていた間も、おそらく伯爵は、虎視眈々と機会をうかがっていたのだろう。


 すべての謎が、解けた瞬間だった。


「グレンツェの荒廃は、自然のものではなかった。ファルケンラート伯爵が、鉱脈を独占するために、意図的に仕組んだものだったのです」


「そういうことになるね」


 ハンナが、苦々しげに頷いた。


「だから、あんたが領を立て直して、注目を集めたのが、よっぽど都合が悪かったのさ。死んだはずの土地が、息を吹き返しちまったんだから」


 *


 アリシアは、深く息をついた。


 敵の動機が、はっきりと見えた。それは、彼女に、戦いの確かな指針を与えた。


(鉱脈を狙う黒幕。それを知らずに暮らす、領の人々)


 もし、このまま鉱脈の存在が伯爵の手に渡れば、グレンツェは、再び餌食にされる。今度こそ、領ごと奪われ、人々は追い出されるだろう。せっかく取り戻した暮らしも、育んできた絆も、すべてが、一人の野心家の欲望のために踏みにじられてしまう。


 それだけは、絶対に許せなかった。


「ハンナ。よく、ここまで調べてくれました。これで、戦う相手の正体が、完全に見えたわ」


「礼にはまだ早いよ。これからが、本番だ」


 アリシアは、力強く頷いた。


 黒幕の動機と、その野望。そして、グレンツェの地下に眠る、秘密。すべてが、明らかになった。


 もはや、守りに徹しているわけにはいかない。鉱脈を、伯爵の手から守り、領と人々を、未来へ繋ぐ。そのために、彼女は、王都へ乗り込む決意を、いっそう固めた。受け身で耐えているだけでは、いつか必ず、すべてを奪われる。ならば、敵の懐に飛び込み、その野望を、白日のもとに晒すしかない。


「待っていなさい、ファルケンラート伯爵。あなたの企みは、わたくしが、必ず打ち砕いてみせる。この領は、もうあなたの盤上の駒ではありません」


 窓の外、グレンツェの大地を見つめ、アリシアの瞳に、揺るぎない闘志が燃え上がった。


 物語は、最大の山場へと、加速していく。


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