表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退屈な女と嗤われて  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/44

第24話

 異議申し立ての書面は、王都に、確かな波紋を広げた。


 無爵の女領主が、法の不備を的確に突き、正面から異議を唱えてきた。その鮮やかな反撃に、財務評議会の一部からは、課税命令の正当性を疑問視する声が上がり始めた。


 黒幕の目論見は、出鼻をくじかれた形となった。


 *


 その頃、王都の屋敷の書斎で。


 ファルケンラート伯爵は、送られてきたアリシアの異議申し立て書を、静かに読んでいた。


 彼の表情は、苛立ちではなく、むしろ感嘆に近かった。


「ほう……法の瑕疵を、ここまで正確に。しかも、付け入る隙のない論理だ」


 伯爵は、書面を卓に置き、指先で軽く叩いた。


 彼が放った課税の刃は、辺境の小娘を、難なく屈服させるはずだった。けれど、その娘は、刃を法という盾で受け止め、あろうことか、こちらの手続きの不備を突き返してきた。長年、数多の貴族や役人を意のままに動かしてきた彼にとって、これは久しく味わっていない手応えだった。


「面白い。実に、面白い娘だ」


 伯爵の口元に、酷薄な笑みが浮かんだ。


 この程度で潰せる相手ではない。それが、はっきりとわかった。ならば、より慎重に、より深く、対処せねばなるまい。


「だが──少々、目立ちすぎたな、お嬢さん」


 彼の双眸が、冷たく細められる。


 アリシアの抵抗は見事だった。けれど、その鮮やかさゆえに、彼女は王都の権力者たちの注目を、いっそう集めることになった。それは、必ずしも、彼女にとって良いことばかりではない。


 ファルケンラート伯爵という巨大な敵の視界に、彼女は今、はっきりと捉えられてしまったのだから。


「さて。次は、どう動くべきか」


 伯爵は、暗がりの中で、静かに思考を巡らせた。盤上の駒を眺める、冷徹な戦略家の目で。


 *


 一方、グレンツェでは。


 異議申し立てが効果を上げたとの報せに、領は、ひとまずの安堵に包まれていた。


 けれど、アリシアは、楽観してはいなかった。


「これで終わりではないわ」


 彼女は、ハンナとディートハルトを前に、引き締まった表情で語った。


「今回は、相手の不備に助けられただけ。黒幕は、必ずまた、別の手を打ってくるはず。次は、もっと巧妙に」


「そうだろうね」


 ハンナが、頷いた。


「あたしも、王都の伝手で探ってみた。今回の課税、どうやら、かなりの大物が裏で糸を引いてるらしい。名前までは、掴めなかったけどね。けど、相当に用心深い相手だ。下手に近づけば、こっちが消されかねないよ」


 アリシアの胸に、確信が深まる。


 帳簿の搾取、法外な課税。すべては、一人の人物に繋がっている。グレンツェを、執拗に潰そうとする、見えざる支配者へ。なぜ、この辺境の領に、これほどまでに執着するのか。その理由までは、まだ見えない。けれど、敵がいることだけは、もはや疑いようがなかった。


(あなたは、誰なの)


 まだ顔の見えぬ敵。けれど、その輪郭は、少しずつ、確かなものになりつつあった。あの夜会の片隅で、自分を見つめていた誰かの視線──その記憶が、ふと胸をよぎる。気のせいだろうか。それとも。


「警戒を、怠らないようにしましょう。そして──いつか必ず、この黒幕の正体を、暴いてみせます」


 アリシアの瞳に、強い決意が宿る。


 守りの戦いから、攻めの戦いへ。彼女の視線は、もはや目の前の課税問題だけでなく、その背後に潜む、巨大な影そのものへと、向けられ始めていた。受け身で耐え続ける限り、敵は手を変え品を変え、襲い続けてくるだろう。ならば、こちらから正体を暴き、その根を断つしかない。


 長い戦いの、新たな局面が、静かに幕を開けようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ