第23話
オットーの調査は、数日後、思わぬ成果をもたらした。
「領主様。これを、ご覧ください」
老家令が差し出したのは、古い法令の写しと、今回の課税命令を、突き合わせた資料だった。その目には、確かな手応えが光っていた。
「この課税命令には、重大な瑕疵がございます」
「瑕疵?」
「左様。本来、これほどの特別課税を課すには、王国法に基づき、領主への事前通告と、財務評議会の承認が必要でございます。ところが──今回の命令には、そのいずれもが、欠けております」
アリシアの目が、鋭く光った。
「つまり……この課税命令は、正規の手続きを踏んでいない。法的に、無効だということ?」
「そういうことになります。明らかな、手続きの逸脱。これは、誰かが権力を笠に着て、強引に押し通そうとした証でございます」
*
アリシアは、資料を丹念に読み込んだ。
オットーの指摘は、的確だった。今回の課税は、合法を装ってはいるが、その実、必要な手続きを無視した、不正なものだった。おそらく黒幕は、辺境の無爵の女領主など、法を盾に抗うはずがないと、高をくくっていたのだろう。法の細部まで読み解く知識も、それを使う度胸も、持ち合わせていないと。
(甘く見られたものね)
アリシアの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
相手は、力で押せば屈すると思っている。けれど、こちらには、知識という武器がある。法を、正しく理解し、使いこなす力が。皮肉にも、それは「退屈な女」と嗤われていた頃に、誰にも顧みられず磨き続けたものだった。
「オットー。この瑕疵を根拠に、正式な異議申し立てを行います。書面を、用意しましょう」
「かしこまりました。ですが……相手は、王都の権力者。一筋縄では」
「ええ。だからこそ、隙のない、完璧な論理で攻めるのです」
*
その夜から、アリシアは、異議申し立ての書面作りに没頭した。
王国法の条文を引き、判例を調べ、今回の課税命令の不当性を、一分の隙もなく論証していく。長年培ってきた知識のすべてを、彼女はこの一通に注ぎ込んだ。
灯りの下で、ペンを走らせる横顔は、真剣そのものだった。
ふと、傍らに人の気配を感じた。ディートハルトだった。彼は、温かい飲み物を、そっと机に置いた。
「……根を詰めすぎるな。倒れては、元も子もない」
「団長。ありがとうございます」
アリシアは、ふっと頬を緩めた。
「大丈夫です。これは、剣を交えぬ戦。わたくしの、得意とするところですから」
「ふん。頼もしいことだ」
ディートハルトは、ぶっきらぼうに言いながらも、その目には、彼女への深い信頼が滲んでいた。
「だが、忘れるな。いざとなれば、俺の剣がある。あんたが法で戦う間、領は、俺が守る」
その言葉が、アリシアの胸を、温かくした。
一人ではない。文の力で戦う自分の背を、武の力で支えてくれる者がいる。その心強さが、彼女に、さらなる力を与えた。かつて、王宮の大広間でただ一人、誰の手も借りずに歩き出したあの夜とは、何もかもが違っていた。
「ええ。頼りにしています」
二人の視線が、しっかりと交わる。そこには、戦友としての、揺るぎない絆があった。
*
数日後、完璧に仕上げられた異議申し立ての書面が、王都へと送られた。
法の不備を突いた、正当かつ論理的な反撃。それは、理不尽な権力に対する、知性の一撃だった。剣も、声も、賄賂も使わない。ただ、正しさと知恵だけで、巨大な敵に挑む。それが、アリシアの選んだ道だった。
はたして、黒幕は、どう出るのか。
アリシアは、静かに、その反応を待った。彼女の戦いは、まだ始まったばかりだった。




