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退屈な女と嗤われて  作者: 小林翼


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第22話

 平穏は、長くは続かなかった。


 ある朝、王都から、一人の役人が領主館を訪れた。仰々しい身なりの、傲岸な物腰の男だった。彼は、王家の紋章の入った書状を、アリシアの前に突きつけた。


「グレンツェ領主アリシア殿。徴税官として、王命により参った」


「徴税官……?」


 アリシアは、訝しげに書状を受け取った。読み進めるうちに、その表情が、わずかに硬くなる。


 書面には、グレンツェに対する、新たな課税が記されていた。それも──常軌を逸した、法外な額だった。


「これは……あまりに重すぎます。我が領の収入の、大半を持っていく額ではありませんか」


「ふん。栄えていると評判の領だ。それ相応の税を納めるのが、道理であろう」


 役人は、嘲るように鼻を鳴らした。


「払えぬとあらば、相応の処分が下る。領地の没収も、ありうるぞ」


 *


 役人が去った後、アリシアは、書状を手に、深く考え込んだ。


 明らかに、おかしい。


 いくら領が栄えてきたとはいえ、この課税額は、常識をはるかに超えている。まるで、グレンツェの息の根を、意図的に止めようとしているかのようだ。


「領主様、これは……」


 オットーが、青ざめた顔で言った。


「ただの徴税では、ございますまい。誰かが、この領を、潰そうとしているのでは」


「ええ。わたくしも、そう思います」


 アリシアは、帳簿の精査で見つけた、あの不審な金の流れを思い出していた。長年の中間搾取。グレンツェを痩せさせ続けてきた、見えざる手。


(あのときの黒幕が……動き始めたのだわ)


 領が衰えているうちは、放っておかれた。けれど、グレンツェが力を取り戻し、注目を集めるようになった今、その存在が、邪魔になったのだ。だから、税という合法の刃で、再び潰しにかかってきた。剣を抜かず、罪にも問われず、ただ法の体裁を整えるだけで、一つの領を干上がらせることができる。なんと巧妙で、なんと冷酷なやり口だろう。


 背筋に、冷たいものが走る。けれど、アリシアは怯まなかった。


(相手が誰であれ、戦うまで)


 *


 彼女は、すぐに対策に動いた。


 まず、法務に明るいオットーと共に、課税の根拠を徹底的に洗い出した。本当に正当な課税なのか、それとも、どこかに不正があるのか。


「オットー。この課税命令の、法的な裏付けを調べてほしいの。一字一句、見逃さずに」


「かしこまりました」


 同時に、ハンナを通じて、王都の情報を集めさせた。誰が、この課税を仕組んだのか。その糸を、たぐり寄せていく。


 アリシアは、感情に任せて反発するのではなく、冷静に、論理で対抗しようとしていた。理不尽な権力に対し、知恵と正当性を武器に、立ち向かう。それが、彼女の戦い方だった。


「必ず、突破口は見つかります」


 不安そうな家令や村人たちを、アリシアは、静かな声で励ました。


「この領は、もう、かつての見捨てられた土地ではありません。皆で築き上げた、わたくしたちの場所。それを、理不尽に奪わせはしない」


 その毅然とした姿に、人々は、勇気づけられた。これまで幾度も、この若い領主は不可能を覆してきた。荒れ地を蘇らせ、毒草を宝に変え、大領主を交渉で退けた。ならば、今度もきっと──そんな信頼が、領全体に広がっていた。


 新たな試練が、影の支配者の手によって、もたらされた。けれど、アリシアの瞳に宿る光は、いささかも揺らいではいなかった。


 むしろ──ついに姿を現し始めた黒幕に対し、彼女の闘志は、静かに燃え上がっていた。長く水面下に隠れていた敵が、ようやく動いた。ならば、その尻尾を掴む好機でもある。アリシアは、書状を握る手に、そっと力を込めた。


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