第21話
領が栄えるほどに、アリシアとディートハルトの距離は、自然と縮まっていった。
領の運営をめぐって語り合い、共に困難に立ち向かううちに、二人の間には、言葉にせずとも通じ合うものが育っていた。
*
ある日の夕暮れ。
アリシアは、領内の見回りの帰り、一人で丘の上に立っていた。茜色に染まる空の下、緑を取り戻しつつある畑が、どこまでも広がっている。
「……ここにいたのか」
背後から、聞き慣れた声がした。ディートハルトだった。
「団長。お疲れさまです」
彼は、アリシアの隣に並び、同じように畑を見渡した。しばし、二人は黙って、暮れゆく景色を眺めた。
心地よい沈黙だった。何も話さずとも、傍にいるだけで満たされる。そんな時間が、いつしか二人にとって、当たり前のものになっていた。
「……あなたが来てから、もうすぐ一年か」
ディートハルトが、ぽつりと言った。
「ええ。早いものですね」
「あの頃の俺は、あんたを侮っていた。どうせすぐに逃げ出すと、そう決めつけていた」
「ふふ。覚えています。ずいぶん、冷たくされましたもの」
アリシアが悪戯っぽく笑うと、ディートハルトは、ばつが悪そうに目をそらした。
「……すまなかった、と思っている。今は」
「いいえ。あなたが厳しかったから、わたくしも本気になれた。感謝しているくらいです」
アリシアの言葉に、ディートハルトは、何か言いかけて、口をつぐんだ。
彼の中で、ずっと抑え込んできた感情が、揺れていた。この女領主への思いが、もはや、ただの敬意では収まらなくなっていることに、彼自身、気づいていたのだ。
*
風が、二人の間を吹き抜けた。
ディートハルトは、意を決したように、口を開いた。
「アリシア殿。一つ、聞いてもいいか」
「なんでしょう」
「あんたは……その、王都に、未練はないのか。元の暮らしに、戻りたいとは思わんのか」
不器用な問いだった。
けれどその裏に、彼が本当に確かめたいことが、隠れていた。──この人は、いつかこの領を去ってしまうのではないか、と。
アリシアは、静かに首を横に振った。
「いいえ。少しも」
迷いのない答えだった。
「王都にいた頃のわたくしは、ただ、誰かに決められた道を歩いていただけ。本当の自分など、どこにもなかった。──ここに来て、初めて、わたくしは自分の足で立てたのです」
彼女は、暮れゆく領を、愛おしげに見つめた。
遠くの畑では、難民として迎えた者たちが、村人と肩を並べて一日の仕事を終えようとしている。子どもらの笑い声が、風に乗って届いてくる。一年前には、決して見られなかった光景だった。
「この土地も、ここの人たちも……みんな、大切。わたくしの、帰る場所はここです。もう、どこにも行きません」
その言葉を聞いて、ディートハルトの強張っていた肩から、ふっと力が抜けた。
彼は、安堵したように、けれど少しだけ照れたように、視線を畑へと戻した。
「……そうか。それなら、いい」
それ以上は、何も言わなかった。
けれど、夕日に照らされた彼の横顔は、いつになく穏やかで、優しかった。
二人の間に流れる空気は、もう、出会った頃の冷たいものではない。互いを信頼し、想い合う者だけが持つ、温かなものへと変わっていた。
言葉にはまだ、ならない。けれど、確かに芽生えた想いが、茜色の空の下で、静かに育っていく。互いを認め合い、信じ合う日々の積み重ねが、いつしか二人の心を、固く結びつけていた。
領の再建と共に、もう一つの大切なものが、二人の間で、ゆっくりと形を結ぼうとしていた。




