第20話
難民の受け入れは、グレンツェに新たな活気をもたらした。
行き場をなくしていた人々は、温かく迎えられ、住まいと仕事を与えられた。彼らは、その恩に報いるように、懸命に働いた。畑は広がり、染料の生産は増え、村はみるみる賑わいを取り戻していく。
その中に、一人、ひときわ目を引く少年がいた。
*
名を、フェリクスといった。
難民の一人として流れ着いた彼は、痩せてはいたが、聡明そうな目をした少年だった。何より、その手先の器用さと、ものを覚える速さは、群を抜いていた。
ある日、アリシアが染料工房を見回っていると、フェリクスが、見慣れぬ道具をいじっているのに気づいた。
「それは……?」
「あ、領主様。これは、染めの効率を上げる仕掛けを、考えてみたんです。布を一度にたくさん浸せるように」
フェリクスが見せたのは、彼が独自に工夫した、染色用の枠組みだった。素朴な作りだが、その発想は的確で、確かに作業の効率を上げるものだった。
アリシアは、目を見張った。
「これは、見事だわ。あなた、こういうことが得意なのね」
「いえ、そんな……。ただ、昔から、ものを作ったり、工夫したりするのが好きで」
フェリクスは、はにかんだように頭をかいた。
話を聞けば、彼は元々、技師の見習いだったという。けれど、領が困窮し、その道を断たれ、難民として流れ着いたのだった。
(埋もれていた才能だわ)
アリシアの胸に、確信が芽生えた。
この少年には、領の産業を、さらに発展させる力がある。荒れ地に咲いていた花がそうだったように、見出されぬまま埋もれていた才能が、ここにもあったのだ。
「フェリクス。あなたの工夫を、もっと活かしてみない? 工房の改善を、あなたに任せたいの」
「ぼ、僕にですか?」
「ええ。あなたの目と手は、この領の宝になる。わたくしは、そう思うわ」
フェリクスの目が、驚きに見開かれ、それから、じわりと潤んだ。
難民として、何も持たずに流れ着いた自分。そんな自分の才を、まっすぐに認め、託してくれる人がいる。それは、彼にとって、何にも代えがたい喜びだった。
「……はい! 精一杯、やらせてください!」
*
フェリクスの登用は、たちまち成果を上げた。
彼の工夫により、染料の生産効率は大きく向上した。さらに彼は、用水路の水車や、農具の改良にも手を広げ、領のあちこちに、その才を発揮していった。
アリシアの人を見る目は、確かだった。
彼女は、身分や素性で人を測らなかった。難民であろうと、何を持たぬ者であろうと、その人の中に眠る可能性を、まっすぐに見出す。そして、活躍の場を与える。世間が見向きもしなかった者ほど、誰かに認められたとき、計り知れない力を発揮する。アリシアは、それを誰よりも知っていた。
その姿勢が、グレンツェに、次々と人材を育てていった。
誰もが、ここでなら、自分の力を発揮できる。そう感じられる場所。それが、アリシアの作り上げつつある領の、本当の強さだった。
「人こそが、領の宝。土地でも、金でもなく」
働く人々を見渡しながら、アリシアは、しみじみと思う。
かつて、家柄しか取り柄がないと切り捨てられた自分。けれど今、彼女は確信していた。人の真の価値は、生まれや肩書きではなく、その内に秘めたものにこそ宿るのだと。あの夜、自分を退屈と嗤った者には、決して見えなかったものが、彼女にははっきりと見える。
埋もれた才を掘り起こし、輝かせる。それもまた、彼女の戦いの、一つの形だった。




