第17話
フェルダー伯爵との会談の日が、来た。
アリシアは、ディートハルトとハンナを伴い、南のフェルダー領へと赴いた。豪奢な客間に通され、彼女は伯爵と相対する。
フェルダー伯爵は、恰幅の良い、油断のならない目をした中年の男だった。彼は、若いアリシアを上から見下ろすように眺め、悠然と切り出した。
「よく来られた、グレンツェの女領主殿。さて、独占の件、お返事を伺おうか」
「ご招待、感謝いたします、伯爵様」
アリシアは、優美に一礼した。臆する様子は、微塵もない。
「独占のお話、ありがたく存じます。けれど──謹んで、お断りいたします」
伯爵の眉が、ぴくりと動いた。
「ほう? この私の申し出を、断ると?」
「はい。代わりに、対等な交易を提案いたします」
アリシアは、用意してきた一枚の書面を、卓上に滑らせた。
「染料は、こちらが定めた適正価格で卸します。フェルダー領は、それを王都で販売し、利益を得る。互いに、正当な取り分を得る。これこそ、長く続く商いの形かと存じます」
「ふん。強気だな、小娘が」
伯爵は、鼻で笑った。
「いいか。我が領の販路がなければ、お前の染料など、辺境の珍品で終わる。立場をわきまえることだ」
「では、伯爵様にお尋ねします」
アリシアは、少しも怯まず、問い返した。
「この染料の色を、他のどこで手に入れられますか? あの花は、グレンツェの痩せた土地でしか育ちません。加工法を知るのも、我が領の者だけ。──つまり、この色は、世界でグレンツェにしか作れないのです」
伯爵の表情が、固まった。
「あなたが我が領を切り捨てれば、王都の目利きたちは、二度とこの色を手にできない。それを惜しむのは、果たしてどちらでしょう?」
静かな、けれど揺るぎない論理だった。
アリシアは、自領の唯一性を、武器として突きつけたのだ。販路の強さに対し、希少性の強さで応じる。両者の利害を冷静に天秤にかけた、見事な切り返しだった。豊かさや爵位といった目に見える力ではなく、誰にも代えがたい価値そのものを、彼女は盾にも矛にもしてみせた。
「……ふっ」
しばしの沈黙の後、伯爵が、低く笑い出した。
「これは、参った。見くびっていたわ。お前のような令嬢が、ここまで腹の据わった交渉をするとはな」
彼は、卓上の書面を手に取り、改めて目を通した。その顔から、先ほどまでの侮りは、すっかり消えていた。
「いいだろう。対等な交易、その条件で受けようではないか。お前は、ただの世間知らずではないらしい」
「ありがとうございます、伯爵様」
アリシアは、再び優美に頭を下げた。
*
会談を終え、領主館への帰路。
馬車の中で、ハンナが興奮気味に声を上げた。
「いやはや、見事なもんだったよ、領主様! あの狸親父を、言い負かしちまうとはね!」
「いいえ。伯爵様は、本気で潰そうとしたわけではないでしょう。わたくしを試し、値踏みしていたのです。──そして、合格をくださった」
アリシアは、窓の外を流れる景色を見つめた。
格上の大領主に、対等な相手として認めさせた。これは、グレンツェにとって、大きな一歩だった。辺境の無名の領が、交易の卓に、堂々と着く資格を得たのだ。
隣で、ディートハルトが、ぼそりと呟いた。
「……たいしたものだ。俺は、剣しか振れんがな」
その口元には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。彼女の隣に立つことを、いつの間にか、誇りに思っている自分がいた。
交渉という名の戦に、アリシアは勝利した。領主としての器を、また一つ、確かに示してみせたのだった。




