表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退屈な女と嗤われて  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/18

第17話

 フェルダー伯爵との会談の日が、来た。


 アリシアは、ディートハルトとハンナを伴い、南のフェルダー領へと赴いた。豪奢な客間に通され、彼女は伯爵と相対する。


 フェルダー伯爵は、恰幅の良い、油断のならない目をした中年の男だった。彼は、若いアリシアを上から見下ろすように眺め、悠然と切り出した。


「よく来られた、グレンツェの女領主殿。さて、独占の件、お返事を伺おうか」


「ご招待、感謝いたします、伯爵様」


 アリシアは、優美に一礼した。臆する様子は、微塵もない。


「独占のお話、ありがたく存じます。けれど──謹んで、お断りいたします」


 伯爵の眉が、ぴくりと動いた。


「ほう? この私の申し出を、断ると?」


「はい。代わりに、対等な交易を提案いたします」


 アリシアは、用意してきた一枚の書面を、卓上に滑らせた。


「染料は、こちらが定めた適正価格で卸します。フェルダー領は、それを王都で販売し、利益を得る。互いに、正当な取り分を得る。これこそ、長く続く商いの形かと存じます」


「ふん。強気だな、小娘が」


 伯爵は、鼻で笑った。


「いいか。我が領の販路がなければ、お前の染料など、辺境の珍品で終わる。立場をわきまえることだ」


「では、伯爵様にお尋ねします」


 アリシアは、少しも怯まず、問い返した。


「この染料の色を、他のどこで手に入れられますか? あの花は、グレンツェの痩せた土地でしか育ちません。加工法を知るのも、我が領の者だけ。──つまり、この色は、世界でグレンツェにしか作れないのです」


 伯爵の表情が、固まった。


「あなたが我が領を切り捨てれば、王都の目利きたちは、二度とこの色を手にできない。それを惜しむのは、果たしてどちらでしょう?」


 静かな、けれど揺るぎない論理だった。


 アリシアは、自領の唯一性を、武器として突きつけたのだ。販路の強さに対し、希少性の強さで応じる。両者の利害を冷静に天秤にかけた、見事な切り返しだった。豊かさや爵位といった目に見える力ではなく、誰にも代えがたい価値そのものを、彼女は盾にも矛にもしてみせた。


「……ふっ」


 しばしの沈黙の後、伯爵が、低く笑い出した。


「これは、参った。見くびっていたわ。お前のような令嬢が、ここまで腹の据わった交渉をするとはな」


 彼は、卓上の書面を手に取り、改めて目を通した。その顔から、先ほどまでの侮りは、すっかり消えていた。


「いいだろう。対等な交易、その条件で受けようではないか。お前は、ただの世間知らずではないらしい」


「ありがとうございます、伯爵様」


 アリシアは、再び優美に頭を下げた。


 *


 会談を終え、領主館への帰路。


 馬車の中で、ハンナが興奮気味に声を上げた。


「いやはや、見事なもんだったよ、領主様! あの狸親父を、言い負かしちまうとはね!」


「いいえ。伯爵様は、本気で潰そうとしたわけではないでしょう。わたくしを試し、値踏みしていたのです。──そして、合格をくださった」


 アリシアは、窓の外を流れる景色を見つめた。


 格上の大領主に、対等な相手として認めさせた。これは、グレンツェにとって、大きな一歩だった。辺境の無名の領が、交易の卓に、堂々と着く資格を得たのだ。


 隣で、ディートハルトが、ぼそりと呟いた。


「……たいしたものだ。俺は、剣しか振れんがな」


 その口元には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。彼女の隣に立つことを、いつの間にか、誇りに思っている自分がいた。


 交渉という名の戦に、アリシアは勝利した。領主としての器を、また一つ、確かに示してみせたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ