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退屈な女と嗤われて  作者: 小林翼


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第15話

 長い冬が、ようやく終わりを告げた。


 山脈の雪が緩み、凍てついた大地に、少しずつ温もりが戻ってくる。厳しい季節を、グレンツェの人々は、どうにか越えたのだ。


 *


 冬の間、アリシアは決して立ち止まらなかった。


 失敗から学んだ教訓を、一つずつ形にしていった。貯蔵庫には保温の工夫を施し、家屋は皆で補強し合った。寒さに強い作物を選び、春の作付けに備えた。冬の長い夜を、彼女は帳面と向き合い、来る季節の計画を練ることに費やした。


 苦難の冬は、確かに痛手を残した。けれど同時に、領をひと回り強くもしていた。一度つまずいたからこそ、人々は備えることを覚え、領主への信頼を、より深めていったのだ。


 そして、雪解けと共に、その成果が現れ始める。


 用水路の整ったおかげで、潤った畑には、青々とした芽が芽吹き始めた。改良した貯蔵庫では、新たな染料が、美しい発色を保ったまま蓄えられていく。


 村に、活気が戻ってきた。


 *


 ある晴れた日、アリシアは村を見回っていた。


 畑では、人々が笑顔で土を耕している。広場では、子どもたちが駆け回り、女たちが染め物の作業に精を出す。かつての、覇気のない沈んだ村は、もうどこにもなかった。


「領主様!」


 村人たちが、彼女を見つけて、明るく声をかけてくる。


「おかげさんで、今年は良い作付けになりそうですわ」


「染め物も、たくさん注文が来てるって、ハンナさんが」


 その一つ一つに、アリシアは笑顔で応えた。一人一人の名を呼び、その日の様子を尋ねる。彼女にとって、領民はもう、ただ統治する相手ではない。共に冬を越えた、大切な仲間だった。


 追放された令嬢として、この地に来たあの日。冷ややかな視線に迎えられた、あの寂れた村。それが、今やこうして、温かな声に満ちている。


 胸に、じんと込み上げるものがあった。


 *


 村はずれの丘で、アリシアは一人、領を見渡した。


 その隣に、いつの間にかディートハルトが立っていた。


「……変わったな、この領は」


 彼は、いつもの無愛想さの中に、わずかな感慨を滲ませて呟いた。


「あなたが来てから、何もかもが変わった。正直に言う。最初に侮ったことを、詫びたい」


「団長」


「俺は、口先だけの貴族をさんざん見てきた。だが、あんたは違った。──たいした、領主だ」


 不器用な、けれど真っ直ぐな言葉だった。


 アリシアは、首を横に振った。


「わたくし一人の力ではありません。あなたが、村のみんなが、ハンナが。みんなで、ここまで来たのです」


 二人は、並んで芽吹く畑を見つめた。


 あの日、毒草と恐れられた花。痩せて死んでいた土地。逃げ出した人々。そのすべてが、今、新しい命を吹き返そうとしている。荒廃のしるしだったものが、一つまた一つと、希望のしるしへと変わっていく。


(まだ、始まったばかり)


 アリシアは、胸の内で呟いた。


 領の再建は、緒についたに過ぎない。王都には、まだ見ぬ黒幕の影が潜み、自分を嗤った者たちもいる。この先には、もっと大きな試練が待っているだろう。


 けれど──今は、この春の温もりを噛みしめたい。仲間と共に勝ち取った、確かな一歩を。長い冬を越えて辿り着いた、この景色を。


「必ず、もっと豊かにしてみせます。この領を、この人たちを」


 春風に髪を揺らし、アリシアは未来を見据えた。


 その横顔は、もはや捨てられた令嬢のものではない。一領を背負い、自らの足で立つ、誇り高き領主のものだった。畑を渡る風が、その頬を優しく撫でていく。


 逆転の物語は、確かな手応えと共に、新たな章へと歩み出していく。


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