第11話
ハンナとの盟約が結ばれてから、事は速やかに動き出した。
まず取り組むべきは、染料の生産だった。アリシアは古い記録をもとに、失われた加工法の再現に着手した。
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工程は、想像以上に手間がかかった。
花を摘む時期、煮出す湯の温度、加える灰汁の量、布を浸す回数。そのどれか一つを誤れば、あの鮮やかな発色は得られない。
アリシアは、村の女たちと共に、何度も試行を重ねた。
「もう少し、湯をぬるく。煮立たせては、色がくすんでしまうの」
「はい、領主様!」
失敗を繰り返しながらも、少しずつ、勘所が掴めていく。やがて、安定して美しい青紫を出せるようになった頃には、村の女たちもすっかり手慣れた職人の顔つきになっていた。
こうして、わずかながら、最初の染料が出来上がった。
量は、ほんの少し。けれど、まぎれもなく売り物になる品質だった。
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ハンナは、その染料を携え、旅立っていった。
信頼できる取引相手に、まずは試しに売り込んでみる、と。アリシアにできるのは、その結果を待つことだけだった。
数日後、ハンナが戻ってきた。
「領主様、見ておくれ!」
彼女は、革袋を勢いよく卓に置いた。じゃらり、と硬い音が鳴る。
「売れたよ。それも、思ったより良い値でね。珍しい色だってんで、目の利く商人が飛びついた」
袋の口を開けると、いくつもの硬貨が、灯りを受けて鈍く輝いていた。
グレンツェに、初めてもたらされた現金収入だった。
「……これが」
アリシアは、硬貨の一枚を手に取った。決して大きな額ではない。けれど、この領が自らの力で稼いだ、最初の一歩の証だった。
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その報せは、瞬く間に村中に広がった。
あの呪われた毒草が、銭になった。荒れ地の厄介者が、宝に変わった。にわかには信じられない話に、村人たちが続々と領主館へ集まってくる。
アリシアは、稼いだ硬貨を皆に見せた。
「これは、皆で作った染料が生んだお金です。これから、もっと作りましょう。そうすれば、もっと稼げる。この領は、決して見捨てられた土地ではありません」
硬貨を見つめる村人たちの顔に、変化が生まれていた。
ずっと、覇気のなかった目に、かすかな光が宿る。長く諦めに沈んでいた表情が、おずおずと希望を取り戻していく。
「ほんとに……稼げるんだな」
「ああ。あの花が、銭になるなんてなあ」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「この領主様は……これまでの誰とも、違うのかもしれねえ」
その言葉が、集まった人々の胸に、静かに染み渡っていった。
これまで、新しい領主が来ても、何も変わらなかった。税が取られ、暮らしは痩せ、ただ耐えるばかりだった。来る者は皆、この地を一時の腰掛けとしか見ておらず、村人の暮らしになど、誰も目を向けはしなかった。けれど、この若い女領主は違う。自ら泥にまみれ、知恵を絞り、本当に銭を生み出してみせた。
冷ややかだった村の空気が、ほんの少しだけ、温かくなる。
アリシアは、その変化を、確かに感じ取っていた。
(まだ、ほんの始まり。けれど、確かな一歩だわ)
手にした硬貨の重みは、金額以上のものだった。それは、村人たちの信頼が芽生え始めた、何よりの証なのだから。
「ありがとう、皆さん。けれど、ここで満足はしません。もっと豊かにしてみせます。一緒に、頑張りましょう」
アリシアの言葉に、村人たちが、初めて力強く頷いた。
寂れた辺境に灯った、小さな、けれど確かな希望の火。それは、これから大きく燃え広がっていく、最初の種火だった。




