第10話
染料という宝を見出しても、それを売る術がなければ意味がない。
アリシアは、販路という新たな課題に頭を悩ませていた。辺境の無名の領が、いきなり商品を売り込もうとしても、相手にされるはずもない。信頼できる商人との繋がりが、何としても必要だった。
そんなある日のことだった。
*
村の広場に、一台の幌馬車が止まっていた。
行商の馬車だった。荷台には反物や金物、香辛料が積まれ、その傍らで、一人の女が村人と値の交渉をしている。
年の頃は三十前後だろうか。日に焼けた肌に、抜け目のない鋭い目。けれど、その口元には人好きのする笑みが浮かんでいた。
「奥さん、それは負けられないねえ。けど、まとめて買ってくれるなら、こっちの櫛をおまけしようじゃないか」
巧みな話術で、女はあっという間に取引をまとめていく。アリシアは、その手際を遠くから見つめていた。
(あの目利き……ただの行商人ではないわ)
商品の質を瞬時に見抜き、相手の懐具合を察し、双方が得をする落としどころを的確に掴む。あれは、確かな商才を持つ者の動きだった。
アリシアは、自ら女に歩み寄った。
「失礼します。あなたが、この馬車の主ですか」
「おや」
女は振り返り、アリシアを上から下まで眺めた。その装いと所作から、ただの村人でないことを、すぐに見抜いたようだった。
「これはまた、辺境には珍しい上玉のお嬢さんだ。あたしはハンナ。しがない行商人さ。あんたは?」
「アリシア。この領の領主です」
「領主様!」
ハンナは目を丸くし、それから、にやりと笑った。
「こんな寂れた土地に、若いお嬢さんが領主とはね。物好きなこって。──で、その領主様が、あたしに何のご用だい?」
*
二人は、領主館の一室で向かい合った。
アリシアは、例の染料の見本を、ハンナの前に差し出した。手ずから試作した、青紫の鮮やかな染め布だった。
ハンナの目つきが、変わった。
「……これは」
彼女は布を手に取り、光にかざし、繊維をこすり、念入りに検める。商人としての勘が、その価値を即座に嗅ぎ取っていた。
「妙な発色だね。こんな色、見たことがない。どこで手に入れた?」
「この領で作りました。原料は、その辺りに咲いている花です」
「……正気かい?」
ハンナは布から目を上げ、まじまじとアリシアを見た。辺境の荒れ地から、これほどの品が生まれるなど、にわかには信じられない。
「あたしはね、長年この商売をやってきた。けど、こんな色は初めて見るよ。──正直に言おう。これは、化ける」
アリシアは、静かに頷いた。
「販路を探しています。質は保証します。けれど、わたくしには売る伝手がない。あなたには、確かな目利きと、信頼できる取引相手を探す目がある。──組みませんか、対等に」
ハンナは、しばし黙ってアリシアを見据えた。
行商人として、彼女もまた、本当に信頼できる相手を探していた。その場限りで儲けて消える連中ではなく、長く付き合える、誠実で目端の利く相手を。
目の前の若い領主の瞳には、媚びも、驕りもなかった。ただ、対等な取引を申し出る、商人の目があった。
「……気に入ったよ、領主様」
ハンナは、ぐいと手を差し出した。
「乗った。あんたとあたし、組もうじゃないか。きっと、面白いことになる」
二人の手が、固く握り合わされる。ハンナの手は、長年荷を運んできた者の、節くれだった頼もしい手だった。
商才と知識、目利きと販路。互いの才を見抜いた二人の盟約が、今、結ばれた。物語を大きく動かす、かけがえのないパートナーの登場だった。




