俺の名はヒロアキ、顔を見られてはまずい存在だ
ヴァルキュロスとかいう男のニヤニヤ笑いのこもった声が俺に向いて言う。
「そんなおかしな格好をさせているところが怪しいな。そいつ、転生者じゃないのか?」
ミレーディアが俺を掴む手の力を強めた。
「私は今、教会の手伝いをしているのだ。それでこんな服を着せている。火傷をしているんだ。見ないでやってくれ」
「ますます怪しいな」
剣を抜くような音がした。
「力ずくでも顔を見せてもらうぞ」
「やめろ。こんな街中で戦闘など、私はせんぞ」
ミレーディアの語調が勇ましくなる。
「魔族は不戦協定を結んでくれたのではなかったのか」
「それとこれとは話が別だな。人間は食わない約束だ。しかし転生者は我々に害をなす危険性ある存在、特に尻に紋章をもつ『勇者のたまご』はな。転生者が産まれたら差し出す約束をしているが、貴様らはそうしない。約束を反故にしているのは貴様らのほうだぞ?」
「この子はそんなものではない」
「いやいや、おかしいだろ? 顔に火傷があるぐらい、そんなに気にするものか? 特に我々魔族にはそんなものいくらでもいるぞ?」
「この子が嫌がるのだ。心にまで傷をもっているのだ」
「ちょっと顔を見せてくれるだけでいいんだよ。俺は気にしないし、傷つけもしない。これだけ言っても見せないということは……やはり──」
「力ずくでも──と、言ったな?」
ミレーディアが腰の剣に手をかけた。
「貴様と私、どちらの剣技が上だったか──忘れたのか?」
「ハハハッ! 昔は、な。しかし貴様は歳を取っている。人間族とは悲しいものよ。衰えるのが早い」
男の声が既に勝ち誇ったように笑う。
「──それに、そこまで顔を隠すということは──やはり……!」
静かに俺たちを取り巻いて見物していたひとたちがざわざわと騒がしくなる。
ミレーディアが腰をかがめた。
パンをそっと地面に置くと、何ができるかはわからないが、俺も戦闘態勢に入ってみた。
「ヴァルキュロス、ここにいましたか」
なんだかフワフワとやわらかい女性の声がして、場の空気が急激に緩んだ。
「ヒミカ!」
それまで殺気を含んでいたヴァルキュロスの声が、急に明るく弾む。
「ちょうどよかった。おまえ、見てくれよ。その子どもが転生者かどうか」
『ヒロアキ!』
ミレーディアの慌てたような声が、俺の頭の中に響いた。
『私の背中に隠れなさい! あぁ……、もう、遅い!』
『何?』
俺も思念でママと会話をする。
『何がまずいの?』
『ヒミカは透視能力がある。フードを透かしてあなたの顔を見ることができる。そして……もう、見られてしまった』
ど……、どうなるんだろう、俺?
転生者だとバレて、ここで戦闘になるのか?
まぁ、俺もミレーディアに剣を教えてもらって、自分でも特訓してるから──
いやいや魔族相手に七歳の子どもが闘えるものか? 魔族って、相当強そうだぞ?
俺はママに聴いてみた。
『逃げる?』
ママが絶望するような声で、即答した。
『無理。相手は移動魔法が使える。私は使えない』
するとヒミカと呼ばれた女性が、あかるい声で、言った。
「違いますよ。この子は転生者ではありません」
俺とミレーディアが頭の中でとぼけたような声を揃えた。
『えっ?』
『えっ?』
ヴァルキュロスが不服そうに言う。
「え? いや、よく見てやれよ。黒い髪に黒い瞳、平べったい顔をしてないか?」
ヒミカがあくまであかるい声で答える。
「してませんよ。とってもかわいい金髪の男の子です」
「金髪でも転生者なことあるだろ?」
「その場合はそもそも見分けがつきませんよ」
「尻に紋章とかあったりしねーか?」
ヒミカがくすっと笑う。
「そこまでは私でも見えませんから」
「じゃあ、ケツのほうに回り込んで、見てみろよ」
足音が俺に向かって近づいてきた。
ヒミカが俺の前にしゃがみ込む。
ミレーディアは困惑が伝わってくるだけで、何もできないようだった。
俺の顔を覗き込んできたのは、アニメみたいな美少女だった。
透き通るような白い肌をしていた。銀色の髪がサラサラと細いその肩を流れ、あどけないといってもいいような碧い瞳が俺の顔を優しく見つめ、桃色の薄い唇が俺に言った。
「かわいい子。私はヒミカ・ルネージュよ。よろしくね」
俺は何も答えられなかった。
ただ呆然と、かわいい女の子の顔面に見とれていた。
16歳ぐらいに見える。そのかわいい顔が、俺の後ろに回り込んで、俺の尻を撫で回すように見た。
しゃがんでいたヒミカが立ち上がると、身につけている白いローブが、俺の前で花のように揺れた。
「さぁ、ヴァルキュロス。しっかり肉眼でも確認したから間違いありません、この子は転生者なんかじゃないわ。いつまでも私たち魔族がいては人間族の迷惑になる。魔王城へ戻りましょ」
「な……、なんか釈然としねーぞ」
会話をしながら魔族の二人の声が遠ざかっていく。
『た……、助かった』
ミレーディアの声が頭の中で呟いた。
『な、なぜかはわからないけど……助かってよかったわ。ほらね? だからあなたを街に連れて来るのは危険なの』
俺はママに答えた。
『魔族の女の子って……かわいいんだねぇ……』
『ヒミカはああ見えて300歳を超えてるのよ』
『でも……そんなこと関係なく、かわいい』
『私のライバルだったの。戦場でのあの子はまるで殺戮機械よ』
『そんなこと信じらんないくらい……かわいいねぇ……』
『そうね……。あなたのことを見逃してくれたし、何よりあなたのかわいさを見てわかってくれるなんて、ほんとうはいい子なのかもね』
『かわいかったぁ……』
ヤバい、俺……
恋しちゃったかもしれない。




