七歳までは神のうち
七歳までは神のうち──
確かそんな言葉、あったよね?
あたしは七歳になった。
聞けば、この世界では七歳になるまでの子どもの死亡率がとても高いという。
医療技術のレベルがまだ低く、衛生面でも問題が多いので、抵抗力のない子どもは死んでしまうことが多いのだ。
昔の日本もそんな感じで、だから七歳までは人間界の住人としては扱われなかったそうだ。まだフワフワと安定しない世界の住人で、神さまにその命を任されてるみたいな──
でもあたしは七歳になった。
あたしは人間界のひとになったんだ。
庶民の子どもはもちろん、貴族の家でもやはり七歳まで生きられない子は多いと聞く。
あたしがここまで育ってこられたのはみんなの愛と、そして何よりお母さまが治療魔法を使えることが大きかったのだと思う。
高熱を出して何度か死にかけたことはあった。
でもそんな時、お母さまが一晩じゅう手を当ててくださった。
お父さまもジージも、遊び相手の子どもさえ、ずっとあたしの側にいて見守ってくれた。
こんなに誰かから愛されたことなんて、元の世界ではあったかな……
あったかも。
あたしがSNSで『風邪をひきました』って投稿したら、みんなが心配してくれた。
顔も知らないひとたちから、あたしは愛されてた。この狭い領地とは比べものにならないぐらい、広い世界の、大勢のひとたちから──
いやいやいやいや!
そんなもんとは比べものにならないから。質が違うから。
ここでは顔の見えるひとたちが、心からあたしのことを心配してくれるんだから。
コンコンとドアがノックされた。
「お具合はいかがですか、リエお嬢様?」
そう言いながら、メイドのマリーが部屋に入ってきた。
「そろそろ奥様のご用事がお済みになり、治療にやって来られます。それまで温かいはちみつハーブティーをお飲みになってお待ちください」
「ありがとう、マリー」
にっこり笑って、お嬢様の風格漂わせ、あたしは彼女が部屋を出て行くのを見送った。ひらひらと蝶々みたいに手を振って──
風邪をひいてしまったけど、死にそうな感じとは程遠い。なんか身体が強くなったのを感じる。
マリーの淹れてくれるはちみつハーブティーは大好きだ。甘くて、喉がスッキリして、何より茶葉がおいしい。あっという間に飲みきってしまった。
お母さまが来てくださるのを待ちながら、もう治療魔法なんて必要ないほどに回復してたあたしは、ヒマをもてあました。
「……そうだ、動画サイトを観よう」
そんなことを呟いて、自分にまた呆れた。
七年もスマホから離れてるのに、まだそんなことを思ってしまうことが、たまにある。いや、よくある。
電話してくるひとも限られた少数だけだったのに、どうしてあたしはあんなにスマホ中毒だったんだろうと思う。
あ、そっか。
スマホって、携帯電話というより、手軽に持ち歩けるパソコンみたいなものだもんな。
電話だけじゃなく、むしろ電話はアプリのうちのひとつに過ぎず、動画を観たり、写真を撮ったり、ゲームしたり、インターネットを閲覧したり、鏡の代わりになったり、AIで色んなことができたり──
いやいやいやいや!
こんなこと考えても意味ないから。この世界にスマホはないんだから。
窓の外を見ると、緑色の風が優しく吹いている。
平和だ──
木漏れ日がキラキラして、穏やかな時間が流れてる。
あっ。かわいい小鳥。
見たこともない小鳥。写真に撮って、画像検索してもいいけど、どうせならSNSに投稿して、みんなに何て鳥か教えてもらわなきゃ──
……アカン。
ウズウズする。ヒマすぎる。
風邪をひいたから稽古も禁止されてる。元の世界ではこういうヒマな時間はいつもスマホで埋めてたから、何かしたくてウズウズしてしょうがない。
インスタントレトルトテレグラム(略してインスタ)で見つけた面白い動画を、ヒロアキに見せて、彼もあたしと同じぐらいに面白がってくれて──
ヒロアキ……
どうしてるかな……。すっかり忘れてたけど、アイツもこの世界に転生してたりするのかな。
アイツと一緒にこの世界を冒険とかできたら──楽しいだろうな。結構価値観に似たところあったから。
ウズウズ……
ウズウズウズ……
「リエちゃん」
ノックとともに、部屋の外からお母さまの声がした。
「具合はどうかしら? 入ってもいい?」
「はい!」
ウズウズしてたところだったから、必要以上に大きな声が出た。
「お待ちしておりましたわ、お母さま」
カチャッとドアが開いて、大好きなお母さまの優しい笑顔が入ってこられた。
「ごめんね。お茶会を抜けるわけにいかなくて、遅くなってしまったわ。マリーはよくみてくれた?」
すまなさそうに謝るお母さまに、あたしはハキハキと元気なところを見せた。
「もうすっかりよくなりました。お母さまの治療魔法のおかげです」
元の世界では他人なんてどうでもよかった自分とは思えない。気遣いができるようになった。というか、本心からお母さまはじめ皆に感謝しているからだ。
マリーが戻ってきて、お母さまにもはちみつハーブティーを淹れてくれた。あたしがあっという間に飲み干しているのを見ると、クスクスかわいく笑って、あたしにもおかわりを淹れてくれた。
「もう大丈夫ね」
あたしに白い手を当ててくださりながら、お母さまが安心したように言う。
「病魔は完全に去っているわ。これで治療はおしまい」
「ありがとう、お母さま」
あたしは元気な笑顔を見せながら、言った。
「さすがは元魔王征伐パーティーのメンバーだっただけあって、治療パワーが凄いなっ。私が七歳まで無事に育てたのはお母さまのおかげです」
「ふふ……。白魔導師のアレクシアといえば、昔は有名だったのよ」
懐かしむような目をして、お母さまがお話しになる。
「魔王は討伐しそこねたけどね……。苦い思い出……」
あの時、自分たちが魔王を倒せていたら──お母さまはよくそんなことを仰る。
でもあたしが知ってる限り、魔王さんは現在、世界を脅かしたりはしてないし、むしろ平和そのものだ。人間と魔族は上手に棲み分けてるように思う。
唯一、転生者のあたしは身を隠してなきゃいけないってだけで──
あたしは話題を少し変えようと、お母さまに聞いてみた。
「その時のパーティーの皆さんは、今どこでどうしていらっしゃるのですか?」
「みんな散り散りになってしまったわ」
紅茶を口から離すと、お母さまが目を細めて仰った。
「ただ……切り込み隊長を務めてた剣士──ミレーディアというんだけど、彼女はこの近くの村にいるはずよ」
なんだかワクワクするようなお話だった。
初めてなぐらいに、お母さまが外の世界のことを話してくださる。
「私がこの国境を守る辺境伯家に嫁いだことも知ってるはずだから──彼女、たまには遊びに来てくれてもいいのに」
「仲がよろしかったの?」
好きなものを話すみたいに仰るお母さまを見ているのが嬉しくて、あたしは聞いた。
「お母さまが大好きなひとは私も大好きよ。私もそのひとに会ってみたいな」




