国境を守るひと
お父さまは国境を守るお仕事をされている。
辺境伯って、ただの田舎貴族のことだってあたしはweb小説を読んで思ってたけど、実際には国の中で王様に次ぐぐらいの地位らしい。国境を守るというのは相当の財力、権力、知力──そして武力がないと務まらない仕事なんだそうだ。
国境には長い壁が立てられている。
壁の向こう側は魔族の国。
魔族と人間族は平和条約かなんかを結んでるらしくて、お互いに領土を侵し合わないきまりになってるらしい。けど、それでも国境を守る役目は必要なんだそうだ。
実際、たまに国境を越えて人間を食べにやって来る魔物がいる。それを問答無用で退治することは、魔族の国の魔王さまから認められている。合法ということになっている。
お父さまは強大な魔法の使い手だ。
見た目は頼りなさそうなのに、魔法を使う時には別人みたいにカッコよくなる。
国境を守る仕事があるため魔王討伐パーティーには加わらなかったけど、もしもお父さまが加わっていたら、魔王を倒せてたかもしれないってお母さまが話してらっしゃった。
そんなお父さまからあたしは魔法を教わっている。
元々魔法の素質もあったとのお墨付きもいただいている。
あたしは10歳になった。
自分でも恐ろしいほどの魔法の力を自分の中に感じる。
林に囲まれた領地内の広場で、今日もあたしは魔法の稽古を楽しんだ。
変身魔法は難なくこなせるようになった。
「いきますっ! へんしーん……!」ぽんっ!
あたしが小ブタに変身してみせると、お父さまが泣き崩れた。
「リエちゃん……かわいいリエちゃんが……小ブタなんかになっちゃダメ!」
「あら! かわいい小ブタになったつもりですのに」
あたしはかわいこぶりっこブリブリでお尻を振りながら反論した。
「お父さまには小ブタちゃんはかわいく見えませんのね?」
「いいか? リエ」
急にしゃんと背筋を伸ばして、お父さまが仰る。
「おまえは何よりもかわいいのだ。うさぎよりもかわいいのだから、何に変身しようとも私は泣いてしまう。おまえのかわいさが失われてしまうのが悲しいのだ。おまえよりかわいいどうぶつなどいないのだ」
「では、これならどう?」
あたしはぽん! と白い煙をあげて、お母さまに変身してみせた。
「ひいぃっ!?」
お父さまが恐怖にひきつった顔をして、あとずさった。
「あなた……」
傍らの屋外テーブルで紅茶をお飲みになっていたお母さまが、殺気をまとった。
「それはどういう意味ですの?」
ジージとマリーがあかるく笑う。
みんな知ってる。お父さまは憎まれ口をよく叩かれるけれど、ほんとうはお母さまのことが大好きだ。魔王討伐の旅を終え、王城に勇者パーティー一行が謁見に訪れた時、白魔導師アレクシア・ホーリーに一目惚れしてしまったそうだ。
結婚してそろそろ20年が経つけど、娘のあたしの目から見てもお母さまにベタ惚れしてる。いつもベタベタしようとしてる。お母さまのほうはそれがうざいらしくて、いつも突っぱねてらっしゃる。
でも二人の間にあたしが立つと、いつも二人ともニコニコ笑顔になる。
木漏れ日が優しくみんなに降りかかる。
幸せ家族だ。
あたしもいつか、こんなあったかくて、信頼し合ってる家族を、自分で作りたいな。
お母さまに頭をはたかれると、お父さまがあたしのほうへ戻ってきた。そして、聞く。
「よし、リエ。移動魔法の自習はやってきたか?」
あたしは自信満々の笑みを見せてから、「ハイ!」と元気よく答え、うなずいた。
「……正直、これはあまりおまえに教えたくはない魔法だ」
心配そうに、お父さまが仰る。
「移動した先に障害物があったりすると、その障害物とおまえが同化してしまう。最悪の場合、壁の中などに移動すれば命を落とすこともある」
あたしは手を挙げて質問した。
「壁の中に移動してしまったら、すぐにまた移動魔法を使ってそこから抜け出せばいいのでは?」
「一瞬で魔法を発動すれば、確かに抜け出せる。しかし、少しでも遅れれば、壁に身体が侵食され、即死してしまうのだ。私なら抜け出すことができるが、初心者にはまず無理だ」
いい脅しだ──
あたしは上っ調子になりやすいから、これぐらい脅しといてもらうと助かる。
「そこから1メートルだけでいい。前へ移動してみなさい」
それはいつもやっている。
広いところで、1メートル移動する練習を言いつけられ、言われた通りに自習していた。
無詠唱であたしがそれをやってみせると、お父さまが満足そうにうなずいた。
落ちている木の枝を拾い、お父さまが離れたところの地面に円を描かれる。あたしが立ってる場所から3メートルぐらい離れたところだ。
「この円の中へ移動できるか?」
やったことはなかった。
あまり力を抑えるとかなり手前にワープしてしまいそうだ。
逆に力余ってワープしすぎると、その向こうの木の中に移動してしまいそう……
でも、お母さまが立ち上がり、準備をしてくれていた。
あたしがもし木の中に移動してしまったら、お母さまが補助魔法で助けてくれる──
地面に描かれた円を見つめて、あたしはイメージした。
あの円の中に立つ自分の姿を。
ごくり──唾を飲み込んで……
とうっ!
「すごいぞ、リエ!」
「一発だわ! すごい、リエちゃん!」
「リエさま、お見事!」
足元を見ると、あたしは描かれた円のど真ん中に立っていた。
みんなに褒められて、あたしはSNSの動画でやってたように、かわいく顔を傾けてピースサインしてみせた。
「かわいいっ!」
お父さまが大喜びしてくれた。
「かわいい上に、魔法の天才! うちの娘は史上最高! 一万年に一人の逸材っ!」
続いてジージがいつものように、剣の稽古をつけてくれた。
あたしは地面に這いつくばり、いつものように何もさせてもらえないまま、醜いイモムシのようになって力尽きた。
ジージが何百回も口にしたセリフをまた口にする。
「リエさまに剣術の素質はゼロですな」
自分の部屋に戻ると、あたしはベッドに身を投げ出した。
魔法の稽古は面白い。スマホのことを忘れられるぐらい。
でも剣術の稽古は疲れるだけ。くたくただ。
まぁ、剣術なんかできるようになっても、剣術でスマホは作れないだろうから、いいんだ。
この世界に転生して10年──それでもあたしは時たま……いや、いつもスマホを求めて手も心もうずいてしまう。
暇な時間には窓の外ののどかな景色を眺めるだけ──これが退屈で仕方がない。
一人きりの時間が耐えられない。
やっぱりスマホって、人類にとって必要なものだ。
せめて外の世界に出て遊ぶことができたら──
あれ?
あたし……、変身魔法も移動魔法も使えるようになったんだよね?
これっていつでも外の世界へ行けるようになったってことなんじゃね?




