外の世界に出てみたい
暇だ──
暇になるとあたしは消えそうになってしまう。
今日はお父さまはお城に呼ばれ、出かけている。
お母さまはいつものように、領地内のご婦人たちとお茶会を開いてらっしゃる。これも大事なお仕事だ。
遊び相手のピエールやソフィーたちともあまり遊ばなくなった。あの子たちの元気さやあかるさにはついて行けない。あたしはどちらかというとインドア派なのだ。
とはいっても本を読むのは好きじゃない。ジージが「面白い読み物もあるからおいでなさい」と書斎に誘ってくれるけど、紙書籍は読むのがめんどくさい。
その点、ネットの情報はよかったな。
調べたいことがすぐに調べられるし、何よりわかりやすく手短に書いてあるから、バカなあたしにもよくわかった。
物語にしても、隙間時間にサクッと読めて、アハハと笑って、すぐにどこに行ったかわからなくなる。部屋の中がスッキリしていい。分厚い書物がずんずん積もっていくような部屋は、あたしはいやだ。
窓の外を見ると、今日も天気がよかった。
ウズウズして仕方がないので散歩に出てみることにした。
邸を取り囲むお庭はだだっ広い。
邸の建物が小さく見えてしまうほどだ。そっちにしてもちょっとしたお城みたいに大きいのに。
花畑が広がっていて、ピクニックどころか遠足にも使えそう。ただの庭なのに。
東京ドーム何個ぶんぐらいあるんだろう。
『フォンティーヌ家の領地の面積は?』って聞けば、AIならたぶん、すぐ教えてくれるんだろう。知りたいな……
知りたいことがあると、あたしはいつも庭師のマルクのところへ行く。70年の人生でこの世の色んな情報を蓄えてきた、物知りおじいさんだ。しかもこの巨大公園みたいな庭を一人で管理しているスーパーマンだ。
小屋にいるかな? 広大な領地のお庭なので、もし仕事に出ていたら見つけ出すのが大変だ。
木の扉をノックして、中に声をかけてみた。
「マルクさん、いる?」
すると中から快活な返事が聞こえてきた。
「おぉ、リエお嬢様ですかな? ちょうど仕事の合間の休憩に入ったところですじゃ」
扉を開け、顔を覗かせると、逞しい体つきのおじいさんが、テーブルで紅茶を飲んでいた。白いおひげに囲まれたその優しい顔が、にっこりと笑った。
「どうぞ、どうぞ。よくぞ遊びに来てくださった」
あたしにも紅茶を淹れてくれると、マルクが嬉しそうに言う。
「今日も何か知りたいことがおありですかな?」
「うん」
うちの敷地って東京ドーム何個ぶん? と聞こうとして、言葉が止まった。マルクが東京ドームを知ってるわけがない。
足をパタパタさせて、紅茶を口につけて黙っているあたしを不思議そうに見つめるマルクに何か言わなきゃと思い、あたしは頭に浮かんだ別のことを聞いてみた。
「あたし……一度もお外に出たことがないの。ここから街って遠いの?」
「そうですな……」
マルクは『困った質問をされてしまった』みたいな顔をすると、紅茶を口に運びながら考え込み、ようやく口を開いた。
「リエさまはその存在を外界に知られてはいけない存在ですじゃ。外の情報を教えてワクワクさせないようにと、旦那さまから仰せつかっております」
「そんなワクワクするようなところなの?」
「あ……、いえ……」
マルクは失言を取り消すように、自分の口を押さえた。
「ただなんでもない景色が広がっているだけでございます。何よりリエさまは、魔王ヴンに見つかると、恐ろしいことになりますので……」
「お父さまも、お母さまも、具体的には教えてくれないのよね」
あたしはティーカップを手でもてあそびながら、口を尖らせた。
「それって何? 見つかったらあたし、何をされるの?」
「いいですか、リエさま」
マルクの顔が、少し怖くなった。
「魔王ヴンは転生者の臓物を喰らえば自分の魔力が増大するなどと信じ込んでいるのです」
「おぉぅ……?」
初めて聞くリアルなその情報に、あたしは少しだけ興奮した。
「あたし、喰われるのかぁ……」
怖い話だった。
でも、ゾクゾクするような、刺激的な話だとも思った。
「その上、国の権力者であらせられる旦那さまが転生者を匿っていたと知れれば、最悪の場合、戦争の火種となることもあるのです」
「戦争……?」
「国境を侵す魔物は問答無用で退治してもよい決まりになっていることはご存知ですよね? その代わりに人間側は、転生者が産まれたら魔族に差し出す決まりとなっております」
「えぇ……?」
思わずたじろいだ。
「じゃあ、あたし、差し出されないと──」
「旦那さまや奥方さまがそんなことをなさると思いますか?」
同情するような目をしてマルクが言う。
「転生者は通常、妊婦のお腹の中に宿ります。稀に捨て子として出現することもあるらしいですが……。自分のお腹を痛めて産んだ我が子を守りたいと思わない親など滅多にいないものと私は信じております」
「でも……」
紅茶をくぴっと飲みながら、あたしは言った。
「それじゃ魔王さん、それこそ怒りだしちゃうんじゃない? 約束が違うぞ! って……」
「魔王とて、親心はわかるのでありましょう。差し出すことに抵抗があることは理解して、しかし転生者の情報を聞きつけると、向こうのほうから喰らいにやって来るのです」
「ふーん……」
怖い話だけど、あまり実感が湧かない。
こんな平和な世界にいると、それこそ物語の中の話みたいに思えてくる。
そしてそれはなんだか刺激的で、面白そうに思えてしまった。
「質問」
あたしは気づいたことがあって、手を挙げた。
「魔王さんは転生者を食べにやって来たことがあるんだよね? それに対して食べられた子の親は怒らないの? そんな、食ったら自分の魔力が上がるからとか、自分勝手な理由で食べられちゃって──」
「転生者は魔王を滅ぼすものと言われております」
マルクがあたしの顔をまっすぐ見つめた。
「特に臀部に紋章をもって産まれる転生者は『勇者のたまご』として、魔王から激しく危険視されております。魔族に危害を与えるものとなれば、喰われた転生者の親も納得するしかございません。何よりそういう約定を──」
「臀部?」
聞き慣れない単語に、あたしはまた質問した。
「臀部って何?」
「おしりのことでございます」
少し恥ずかしそうにマルクがそう言い、あたしに質問を返してきた。
「リエさま……。失礼ですが、リエさまの臀部に、まさかそういったものは……」
「やだ。エッチ」
あたしは思わずお尻を手で隠した。
「あっても言わないよ、そんなの」




