俺の名はヒロアキ、そろそろ無敵の勇者の力を自分の中に感じる
「準備はいい? ヒロアキ」
教会の裏庭で、愛剣の『ムチムチ・ソード』を腰に差して立つミレーディアが、俺にそう聞いた。
「おう」
木刀を手に、俺は構えた。
「いつでもいいぜ」
返事を聞いて、ミレーディアはただ立っている。
腰の剣に手をかけもしない。
これが彼女の『構え』なのだ。ここからまるでただ腰に手を当てるだけみたいな動作で、剣が飛んでくる。
風が吹き、もみの木の葉が、さわさわと鳴った。
穏やかなその音に、空気を裂くような音が混じる。
まだミレーディアは剣を抜いていない。俺は確信した、俺は『見切り』に成功した──と。
『ここだ!』
俺が木刀をその方向に振ると同時に、蛇のように伸びた『ムチムチ・ソード』の刀身が、それに巻きついていた。
その重たい手応えを感じながら、俺は笑った。
「やった!」
「やった! ヒロアキちゃん!」
ミレーディアも嬉しそうに笑う。
「私の斬撃の飛んでくる方向を見切るなんて、並みの剣士にはできないことよ! 免許皆伝とまでは言わないけど、立派になったわね!」
「教えてくれるのがママだからだよ」
得意になってしまいそうなのを抑えながら、俺はぺこりとお辞儀をした。
「いつもしごいてくれて、ありがとう」
「12 歳になったのね……」
感慨深げに、ママが俺を見つめる。
「かわいさと逞しさが同居して……ますます見とれちゃう」
俺がこの世界に来て12 年が経った。
リエはまだ見つかっていない。転生者が魔王に喰われたという噂はこの12 年で二度だけ聞いたが、どちらも男だったそうだ。
ヒミカにもあれから一度も会っていない……
リエに聞かれたら殴られそうだが、正直、俺はリエよりもあの美少女にもう一度会いたかった。いや、一度だけなんていやだ。ずっと側にいてほしかった。年齢が300歳超えなんて、そんなこと俺にはどうでもいい。
しかし彼女は魔族──
そして俺は人間。それどころか転生者だ。
どうしてあの時、彼女が俺を見逃してくれたのか──そのこともずっと気になっている。できれば会って、その疑問を晴らして、それからデートとかして、のちのちには……
「私の息子になってくれて、ありがとう、ヒロアキちゃん……」
ミレーディアが俺を熱烈に見つめるその目を、細める。
「今でも夢みたいよ……。子どもは一生産めないものと諦めてた……。白魔導師アレクシア・ホーリーでも私の不妊は治せなかったの。そんな私のところへ来てくれて……ありがとう」
近づいてきて、抱きしめられて、頬にキスをされた。
「俺のほうこそ、ありがとう、ママ」
40歳代半ばを過ぎてるとは思えないほど、ママは美人だ。しかも剣の達人で、何より俺のことを愛してくれる。たまに『過保護かよ』って思うこともあるが──
「さぁ、今日の特訓は終わりよ」
「え……。もう? いつも俺が音を上げるまでやんのに?」
「『見切り』ができただけでも大成果よ。何より今日はあなたの誕生日だもの」
ミレーディアがチュニックの袖をまくる。
「あなたの大好きな『ニクジャガ』を作るわ! あと、素敵にバカでかいケーキもね!」
「おぉ! 楽しみ!」
俺はこの世界に新しい料理『肉じゃが』をもたらしていた。
俺の大好物だ、ないと困るんだ。
しかもジャガイモも牛肉もタマネギも、この世界のそれらは俺のいた世界のものと変わらないぐらいに──いやもしかしたらもっと美味しいかもと思うぐらい、味がいい。
醤油は先輩の転生者が既にもたらしていたらしく、存在していた。みりんはないけど白ワインと砂糖で立派な肉じゃがが出来上がる。
ミレーディアも『美味しい』と気に入ってくれて、最近村のひとたちにも拡散した。
醤油はあるにはあるけど滅多に入手できないので、肉じゃがは年に数回しか口にできないスペシャル料理だ。
そしてミレーディアは料理上手、楽しみにするなというほうが無理だ。俺は嬉しさに踊りだしそうになった。
「じゃ、俺、教会の前を掃除しとく!」
そのまま駆け出そうとした俺の首の後ろを、ミレーディアが掴んで止めた。
「マスクを忘れちゃだめよ。私の前以外ではずっとマスクをつけていてちょうだい」
「おぉ……。なんか忘れるとこだった」
成長する俺に合わせて、ミレーディアが新しいマスクを作ってくれる。
七歳の時にかぶっていた虎のマスクはもうちっちゃくてかぶれない。それにあれ、見た目が怖かったし──
最近作ってくれたのは俺が自分でデザインしたやつだ。リクエスト通りにカッコよく作ってくれた。
ライダーマスク・ゼオンの仮面だ。
ちょっとハリウッドのスーパーヒーローっぽくもあるデザインの、黒、赤、緑の色合わせがカッコいい、ヒーローの顔だ。ミレーディアには『昆虫みたい』と言われて不評だったが、俺が気に入ってるからママもしぶしぶ気に入ってくれてる。
「あっ、そうそう。忘れるところだったわ」
マスクを装着する俺の横から、ママが言った。
「『見切り』を会得したら、これをあなたにあげようと思ってたの」
ミレーディアが壁の陰に隠していたそれを、取り出して見せた。
剣だ……。木刀じゃなく、本物の、刃のついた剣。
黒い鞘に入った、なんとなく日本刀に似た感じの、細身の剣だった。
「あなたはパワータイプじゃなく、私と同じスピードタイプ。そんなあなたにこの剣はぴったりなはずよ。これから毎日これを使って練習して、早く使い慣れてね」
「あ……、ありがとう、ママ」
感動に震える手で、俺はそれを受け取った。
「この剣の名前は?」
「昔、仲間の戦士が『時忘れの洞窟』で入手したもので、『レアメタル・ソード』という名前はついているけど、あなたが好きに命名したらいいわ」
俺は刀を鞘から抜いてみた。
緑色がかった、青い刀身だった。
背の部分が黒光りしていて、本当に日本刀みたいだ。
「……よし」
俺は頭に浮かんだその名を口にした。
「おまえの名前は今日から『青刀カリスマアロー』だ!」
「それじゃ、ママはニクジャガ作りに取りかかるわねっ!」
さっきまで身に纏っていた剣士の風格を脱ぎ捨てて、ミレーディアがぴょんぴょん跳ねるように厨房へ入っていく。
それを見送りながら、刀を帯に差すと、俺はホウキを持った。
ライダーのマスクをかぶり、腰に刀を差していると、なんだか自分がものすごく強くなった気分だった。しかも今日は完璧に『見切り』を会得できた。
俺って、もう、無敵なんじゃね?
何より尻に紋章をもつ、伝説の勇者さまだし──
「フン、フン、フフ〜ン」
昔好きだった特撮ヒーローもののテレビ番組の主題歌を口ずさみながら、教会の前にホウキをかけていると、誰かが俺の前で立ち止まった。
「フン、フン、フ〜ン……?」
顔を上げてみると、銀色の鎧みたいなものが視界に入った。
さらに顔を上げると、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべているその男の顔が見えた。
なんだか人間離れしてるともいえるほど、蛇に似た顔の男だった。
「久しぶりだな、ボウズ」
「え……。どなた?」
「覚えてないか? 五年ほど前に街で会ったろ?」
男が、名乗った。
「魔王さまに仕える『四機神』の一人──龍人のヴァルキュロスだよ。思い出したか?」




