俺の名はヒロアキ、産まれて初めての実戦に臨む者だ
「ヴァル……キュロス……さん?」
俺は首をひねった。
「どこかでお会いしましたっけ?」
ほんとうに記憶になかった。
何より魔族のひとに知り合いがいるわけはない。
あ、ヒミカだけだ。魔族で俺と知り合いといえば──。他にはまったく心当たりがない。
「……まぁ、いい」
俺が心から知らないということをわかってくれると、ヴァルキュロスさんは俺に向かって屈めていた上半身を起こしてくれた。しかしヒョロ長いひとだ。
「ボウズ、この村に新しい料理を広めたやつがいると聞いて、魔王ヴンさまの御命令で俺はやって来た。『ニクジャガ』という料理らしいんだが、おまえ何か知ってるか?」
「えぇと……」
魔王ヴン……その名前、久しぶりに聞いた。
そいつに正体を知られたら俺、ヤバいんだよな。臓物を喰らいにそいつがやって来るんだよな?
まぁ、でも、顔さえ見られなきゃいいんだ。
ここは自慢していいところだろう。
「あなたも肉じゃがを食べに来られたんですか? じつはあれ、僕が発明した料理なんですよ、エッヘン」
ヴァルキュロスさんの目が、蛇っぽくギラリと光った。
その裂けたみたいな口が、俺に言う。
「やはり、おまえか」
「えっ?」
「聞いたところ、それはパンに合う料理ではない。つまり──いかにも転生者が考案しそうな料理だとのことだ」
「ち、違いますよぉー」
俺はヘラヘラ笑ってみせた。
「パンに合わせても美味しいって、うちのママも言ってくれますよぉ〜?」
「転生者じゃないって言うんなら、そのおかしな覆面を取ってみろよ。顔を見せてみろ」
「あっ。顔にひどい火傷の痕があるんです。見られたくないんです」
「腰に剣を差しているな?」
俺の愛刀に目を止めて、ヴァルキュロスさんがニヤリと笑う。
「おまえ、剣技をたしなむのか? 教会に仕える田舎者のガキのくせに?」
「その……。ママが元・鬼強い剣士なもんで」
「どうだ? 俺と闘ってみるか? おまえが勝ったら顔は見せなくていい。負けたら素直にその覆面を剥がさせろ」
「え……」
ヴァルキュロスさんをしげしげと俺は観察した。
剣をもってない。なんだか軽そうな鎧を身に着けてはいるけど、武器がどこにも見当たらなかった。
背はずいぶんと高いけど、ヒョロガリ体型だ。それほど強そうには見えない。
何より俺は『見切り』を会得し、愛刀をもらったばかりで、調子に乗っていた。
「いいですよ?」
少しだけ考えて、にっこり笑って即答した。
「でも、僕に勝てるかなぁ?」
「いいんだな?」
恐ろしい目をしてヴァルキュロスさんが笑った。
「心配しねーでも殺しはしねーよ。両腕両足斬り取っても、臓物が無事で、生きてるまま魔王さまに捧げりゃいいんだからよ」
そう言うなり、襲いかかってきた。
何も持っていない両手に、炎が渦を巻いて、それが電動ノコギリみたいに刃を尖らせた。
剣と剣が触れ合う音が響いた。
俺は無意識に腰の刀を抜いていた。ママの教えてくれた『見切り』で未来が見えていた。まずは俺の右腕が付け根から切断される未来を──。なんとか現実のものとなる前に、防いだ。
さすがは勇者、さすがは俺──
そう思いながらも、足がガクガク震えて言うことを聞かない。
なんて速くて、重たい刃だ……。でも、防げないことは──
「ハハハッ! この程度なら防げるのか。なら、もう少しだけ威力を上げてやろうか」
電動ノコギリみたいだった炎の刃が、大きさを増した。
まるで高速回転する炎の長刀みたいなのが、頭の上から俺に襲いかかる。
こんなの防げない!
さよなら、ママ──!
破壊するような轟音を立てて、教会の扉が吹っ飛んだ。
中から出てきたミレーディアの背後に『ゴゴゴゴゴ……』と音を立てる怒りの炎が見えた。
ママの愛剣『ムチムチ・ソード』が、ヤマタノオロチの八本の首みたいに伸びてきて、ヴァルキュロスの炎の剣を弾き飛ばした。
「あんた……。うちの子に何すんの?」
ママのこんな低い声、初めて聞いた。
「殺すわよ、ヴァルキュロス」
「よォ、貴様も久しぶりだな、ミレーディア・アースガルド。転生者を匿っているとなれば貴様は大罪人だ。共にヴンさまの前へ突きだしてやるぜ。そして……」
ヴァルキュロスが俺の顔を見て、言った。
「罪人確定だな」
いつの間にか俺は素顔を晒していた。
さっきの攻撃で、覆面をバラバラに裂かれていた。
俺の額から、血が滴った。
ミレーディアの緑色の長髪が、逆立った。
「ウギャアアアア!!!」
激情に我を忘れた母猫みたいになって、ミレーディアが『ムチムチ・ソード』の真の姿を発現させた。16本ぐらいに枝分かれして、太さまで増した刀身が、暴れまわる龍みたいになって地響きを立てる。
こんなミレーディア、初めて見た。
村のひとたちは怖がっているのか、みんな建物の中から顔も見せない。よかった、醜いママの姿を見られなくて──
「……ハン」
しかしヴァルキュロスは、鼻で嗤った。
「やはり衰えたな、ミレーディア・アースガルド」
その長身を、炎がすべて包み込んだ。
鎧──あるいは岩壁のようなその炎のかたまりで、ミレーディアの剣をすべて弾き返すと、そのまま渦を巻いて押し返す。
「ミギャアアアア!!」
ミレーディアが苦しそうな声をあげ、吹っ飛んだ。
しかしすぐに起き上がると、地面に落ちた『ムチムチ・ソード』を掴み直し、相手を強く睨みつける。
「哀しいよなぁ……、人間って」
ヴァルキュロスが炎をまとったまま、ママを見下す。
「昔の貴様はそんなものじゃなかったぜ? 弱くなったもんだなァ……」
足が震える。
でも俺は力の限りに跳躍すると、ママからもらった青刀カリスマアローを振り上げて、ヴァルキュロスの背後から襲いかかった。
「ヒロアキ! 逃げて!」
無我夢中の中、ママの叫び声を、俺は聞いた。
「てめーは後だ、ガキ」
炎のハンマーで顔面を殴られたような衝撃に、俺は吹っ飛ばされ、地面をすべって、教会の壁に亀裂を作って、止まった。
体が動かせない──
なんとか顔を上げて見ると、炎を解いたヴァルキュロスが、余裕綽々といった態度で、ミレーディアを片手で吊るし上げていた。
「ミレーディア・アースガルド……。転生者を匿った罪で、貴様を処刑する」
嬉しそうに、ヴァルキュロスが口を動かす。
「ヒヒッ……。嬉しいぜ、『剣鬼』なんて呼ばれてた忌々しい貴様を、俺さまの手で処刑できるなんてよ」
「逃げなさい、ヒロアキ!」
剣を地面に落としたミレーディアが、聞いたこともないような声で叫ぶ。
「逃げて!」
しかし俺は体が動かない──
畜生──
俺に、もっと、力があれば──
「……じゃ、あばよ」
腕を丸ごと炎の剣に変えたヴァルキュロスの首が、なくなった。
その背後で、何か白い天使みたいな存在が、音も立てずに地面に降り立った。
忘れもしない──五年前に見たままの、あの美少女の姿を、俺はそこに見た。
緑色の液体を切断された首から撒き散らしながら、ヴァルキュロスの身体が蛇みたいに地面に倒れる。近くにいながらそれを一滴も浴びることなく、白い美少女は無表情で立っていた。
声の出ない喉で、俺はその名を叫んでいた。
「──ヒ、ミ、カ……!」




