俺の名はヒロアキ、二人の女に恋する者だ
「ヒミカ・ルネージュ……」
ママがホッとしたような、呆然とするような、あるいは睨みつけるような複雑な表情で、彼女を見た。
「あんた……どういうつもり? 仲間でしょ?」
鎧を纏った蛇人間が、その長細い体躯を地面に埋め、なくなった頭部から緑色の液体を噴出させているその傍らで、白い美少女はつまらなそうな顔をしながら、ただ立っている。手に持つ白い剣は光のように薄く、ただ真っ白だった。ヴァルキュロスの首を斬ったのに、緑色の液体がまったく付着していない──
「ミレーディア・アースガルドさん」
ヒミカは剣を腰につけた白い鞘に収めると、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「私もニクジャガが食べたいです」
ぽかんとしているミレーディアの代わりに、興奮しながら俺が答えた。
「ど、どどどどどうぞどうぞ! 助けていただいたお礼なんて言いません! ぜひ……!」
ヒミカが俺の顔をじっと見た。
俺は覆面を剥がされていて、素顔だった。
ヤバいのかな、これ……
魔王のところへ連れて行かれるんじゃ……いや、でも──
ヒミカが優しく笑った。
腰が抜けている俺の前にしゃがみ込むと、あの日と同じように、至近距離まで顔を近づけてきた。
「あなたのお名前をまだ聞いていませんでしたね」
そしてチラッとミレーディアのほうを見て、またにっこりと笑う。
「大丈夫、何もしませんから」
ダメージを負っていて、イモムシみたいに地面に這いつくばっている格好が恥ずかしかったが、名前を知ってもらいたくて、俺は元気いっぱいに答えた。
「ヒロアキ・アースガルドです!」
「ヒィロ……」
ヒミカが困ったような顔をする。
「転生者のお名前は難しいですね。じゃ、ヒーローさんって呼んでもいいですか?」
「もちろん! それで!」
気づくと村のひとたちが家から出てきていて、俺たちのことをじっと見ていた。
うわぁ……。遂にみんなに素顔を晒しちまった。
「中へ……入りましょうか」
ミレーディアがそう言い、俺に肩を貸して立たせてくれた。
「ヒミカ──あんたも中へ。聞きたいことが山ほどあるわ」
「もう一人──いるのですけれど、いいでしょうか?」
ヒミカがそう言い、角のほうへ手招きする。
建物の陰からひょこっと女の子が顔を現した。まだ十歳にもならないぐらいの、サラサラ金髪の女の子だった。とてててと足音を立てて駆けてきた。
ミレーディアが聞く。
「誰よ?」
ヒミカが守るようにその子どもの体を抱き、答えた。
「私の娘です」
俺は絶句するしかできなかった。
ヴァルキュロスの屍をそこに放置して、俺たちは教会の中へ入った。
「おいしいっ……!」
ヒミカが子どもみたいな笑顔になった。
「これが噂のニクジャガなんですね。私、これ、大好きです!」
「死体が食事をするなんて思わなかったわ」
肉じゃがを美味しそうにスプーンで口に運ぶヒミカをしげしげと見つめながら、ミレーディアが警戒を解かずに言う。
「食べたものを消化できるのかしら?」
「死体は失礼ですっ」
ヒミカがほっぺたを膨らませた。
「私はフレッシュ・ゴーレム──死者の肉体を繋ぎ合わせて作られた機械人形ですけど、321年を生きるあいだに、ひとつの人格をもった立派な自律生命体になったんですからねっ」
そして隣で肉じゃがを遠慮がちに食べている娘に向かって、言った。
「ね? ミィリヤ」
ショックではあった。
彼女が死体を繋ぎ合わせて作られた動く人形だなんて、今、初めて聞かされた。そして、なんか、娘がいるし──
でも、そんなことを知っても、彼女がめちゃめちゃかわいい美少女なことには何も変わりがない。再会できた喜びのほうが大きかった。
「私たちばかり食べて……食べにくいです」
ヒミカがこっちをすまなさそうに見つめて、言う。
「あなたたちも一緒に──」
「食事なんかする気分じゃないわ」
ミレーディアに同感だった。
殺されかけた直後に、しかも表に蛇野郎の死体が転がってると思うと、とても肉じゃがなんて食べる気にはなれない。
「ところで──そろそろ聞かせてくれるかしら?」
ミレーディアがヒミカに言う。
「どうして仲間を……? どうしてヒロアキのことをかばってくれるの? そしてその娘は、何?」
「ふふふ。いっぺんに三つの質問、ありがとうございます」
ヒミカが肉じゃがを頬張りながら、嬉しそうに微笑む。
「では、まず、この子のことから説明しますね」
ヒミカの娘──ミィリヤが、スプーンを置いて、姿勢を正した。
「この子は転生者です」
ヒミカの言葉に、俺は驚き、ミレーディアはうなずいた。
「やっぱりね。アンデッドのあんたが子どもなんて産めるわけがないもんね」
俺はミィリヤをしげしげと観察した。
金髪だ、西洋人だ──。この世界の住人たちと見た目は変わらない。
でも、なんだか気になるような香りが漂っているのを感じてはいた。転生者特有の、『現代臭』というか──
「ミィリヤ・ルネージュです」
見た目の幼さに似合わない、大人のような喋り方で、ミィリヤが俺たちに挨拶した。
「元の世界での名前はマリヤ・ユーリエヴナ・クズネツォワ。ロシア人です。向こうの世界で車に轢かれ、気がついたら全裸の赤ん坊の姿でこの世界に落とされていました」
「何を間違ったか、魔族の領地の、私の家の前にいたんです」
ヒミカが肉じゃがを食べる手は止めずに、話を引き継いだ。
「子どもの産めない私のところへ来てくれた、天使なんですよっ」
「……それだけ聞いて、わかったわ」
ミレーディアが初めて警戒を解いて、うなずいた。
「つまり──あんたは自分の娘を──転生者を守りたくて、魔王を裏切る気満々ってことかしら?」
「魔王さまのやり方には以前から反感をもっていました」
ヒミカが声を潜めて、言う。
「そんなところへこの子が──。私は母親として、この子を守りたいのです」
思わず感動してしまった。
やっぱり彼女は俺が思ったような、愛に満ち溢れた、優しい美少女なのだと確信した。たとえ魔族でも、たとえ死体でも──
母親だけじゃ不安だろう、父親として、俺もミィリヤを守りたいと思ったが、口には出さなかった。
「ミレーディアさん……」
扉の壊れた入口から、村のひとたちがぞろぞろと中へ入ってきた。
「ヒーローちゃんて、転生者だったの?」
「顔に火傷なんて、ないじゃないか」
「……通報するの?」
ミレーディアが今度は村のひとたちに対する警戒を見せる。
転生者を魔王に差し出した者にはなんか、褒美が与えられるという話を聞いたことがあった。
「いや……。ちっちゃい頃から知ってるヒーローちゃんだもの。そんなことはしないけどさ……」
「でも、物騒でかなわないよ。みんなでさっき話し合ったんだけど……」
「悪いけど……村を出て行ってはもらえないかね?」
ふー……と、ミレーディアが長い息を吐いた。
「仕方がないわね」
「ミレーディアさん、ヒーローさん」
ヒミカが言い出した。
「私たちと──旅に出ませんか?」




