俺の名はヒロアキ、居場所をなくした者だ
ヒミカが俺たちを旅に誘ってきた。
ヒミカと一緒に旅ができる!
「お断りするわ」
ママが即答で断った。
「あんたのことを信用してない。あんたが何を考えているか、私は読めない」
「大きな声では言えないんですけど──」
ヒミカがニコニコしながら声を潜めた。
「私は魔王さまを倒すつもりです。そのために仲間を集めたいんです。世界じゅうの転生者さんたちを集めて軍隊を作るというのはどうでしょう? 転生者というものは大抵、何か特別な力をもってらっしゃるも聞きますので──」
「勝手にすればいいわ」
ミレーディアがまた即答した。
「そこにうちのヒロアキちゃんを巻き込まないでちょうだい。そんな危険な話に──」
「でもさー……、ママ」
俺は我慢しきれず口を開いた。
「俺、見つかったら喰われちまうんだろ? 災いの元はこっちから取り除くっての、アリだと思う」
「戦争になるわよ」
ママがまた少しも考えてはくれずに即答した。
「あなたは私が守る。安心してちょうだい」
ついさっき、守りきれずに、ヒミカに助けられたくせに──とは思ったけど、口には出さなかった。
「残念です」
そう言いながら、ヒミカは微笑む。
「あなたが一緒に来てくれたら百人力だったのに……」
「あのぅ……」
いつの間にかそこにいた村長が、横から言った。
「『出て行ってほしい』と言いましたが……それはミレーディアさんのことではなく、ヒーローさんだけのことですじゃ」
「はあっ!?」
「ミレーディアさんは教会に必要なお方ですじゃ。物騒なのは転生者──ヒーローさんだけ村を出て行ってもらえれば……」
「そんなこと、できるわけないでしょう!?」
「ですが……お二人で村を出られるにしても、どこか行くあてがおありで?」
ミレーディアがようやく考え込んだ。
ブツブツ呟きながら考えて、ようやく口を開いた。
「あるわ」
「あるの?」
思わず俺が聞く。
「ここから北──そう遠くはないところに辺境伯さまの領地がある。そこに旧友の白魔導師アレクシア・ホーリーが嫁いでいるの。彼女を頼ってみるわ」
「辺境伯?」
楽しそうに、横からヒミカが言った。
「そんな権力ある人間が転生者を匿っていると知れたら、それこそ戦争になりかねませんよ?」
「……しまった。魔族のあんたがいること忘れてた」
ミレーディアが舌打ちした。
「仕方がない。あんたを信用してないからには、そんなあんたに話を聞かれたからには──」
なんかママから殺気を感じた。
まさか、今からここで、ヒミカと闘いを始める気じゃ……
そう思って身を固くしていると、壊れた扉の外からオッサンの声がした。
「み、ミレーディアさん! これは一体? 外のでっかい蛇みたいなのは……?」
神父さまだった。
ミレーディアに教会を任せっきりにして遊び歩いているものぐさ神父だ。そういえば三ヶ月にいっぺんぐらい戻ってくる。
「一緒に旅に出る話、受けるわ」
神父さまのことは無視して、ヒミカにママが言う。
「白魔導師アレクシアのところへ──一緒に来れるかしら? あんたの……アンデッドの作り物の生命を消し去れる力の持ち主よ? そんな覚悟、見せられる?」
「いいですね」
ヒミカがにっこりと笑い、うなずいた。
「行きましょう。辺境伯さまが転生者を受け入れてくださるかどうかはわかりませんけど──人間族の長のようなものなのですよね? 魔王討伐の話をもちかけてみるのは意味がありそうです」
「神父さま」
睨みつけるように、ミレーディアがようやく神父さまのほうを向いた。
「私、しばらく旅に出ますが、真面目に教会のお仕事、できますわよね?」
「ええっ!?」
神父さまがたじろぐ。
「ひえぇっ!?」
村長が露骨に嫌そうな顔をする。
「頑張れ!」
俺はノリノリで応援した。
ヒミカと旅ができる。
おまけになんだかいいものが食えそうなところへ行ける。
この村での平和な暮らしも楽しかったけど、新しい暮らしはもっと楽しそうな気がした。
まぁ、辺境伯さまが俺たちを受け入れてくれるかは、わからんけど。
「チッピちゃん、お願いね」
ミレーディアが手に抱いた白い鳩に、キスをした。
「私たちが行くことをアレクシアに伝えて。返事、待ってるって」
手を離すと、鳩は空高く舞い上がり、青い空にあっという間に見えなくなった。
「準備をしたら、出発します」
お辞儀をするミレーディアと、初めて目にする素顔の俺を交互に見ながら、神父さまは固まって何も言えないようだった。
自分の部屋へ行って、荷物をまとめた。
荷物といっても着替えぐらいのものだが──
俺にはオモチャも勉強道具も必要なかった。剣の練習と教会の手伝いが遊びみたいなものだったし、学問は令和の高校生レベルが既にあった。この国の歴史や常識は、ママが話して聞かせてくれた。
この国の言語の読み書きを覚えるためにミレーディアが作ってくれた練習帳ももう、必要はない。置いて行くのは少し寂しいけどな。
「入っていい?」
後ろから女の子の声がしたので、振り向くと、ミィリヤだった。ヒミカの娘──
「ふぅん……。いい部屋ね」
俺の部屋を見回して、あまり面白くはなさそうに言う。
「あんた、ママに愛されてんのね」
「ちょうどよかった」
俺は気さくにミィリヤに話しかけた。
「おまえと話、してみたかったんだ」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ──ヒミカと仲良くなるにはまずコイツと仲良くならなければと思っていた。そう、リエと仲良くなった時も、まずアイツのスマホ『スマッピー』と仲良くなったように。
「『おまえ』って言うな」
しかしミィリヤは嫌そうに顔をしかめた。
「あんたのこと『クソガキ』って呼ぶぞ」
「ご、ごめんごめん」
めげずに笑顔で返す。
「と、ところでさ。おまえ何歳?」
ヒュッと、すさまじい速さで接近してきて、胸ぐらを掴まれた。
「この次『おまえ』って言ったら……」
殺される勢いで睨まれた。
「すみません」
自分よりちっちゃい子に丁寧に謝った。
「七歳だ」
手を離すと、ミィリヤが言う。
「しかし現世では享年29歳だった。足して36歳だ」
年上だった。
俺は享年17足す12の29歳だ。
「あ……。ところでさ」
一番聞きたかったことを、聞いてみた。
「俺と同じ東洋人の転生者がいるのを知らないか?」
「東洋人はみんな顔を隠してるでしょ」
俺の練習帳をパラパラとめくりながら、ミィリヤが不機嫌そうに答える。
「何? 一緒に死んだひとでもいるの? そのひとを探してるとか?」
「恋人だったんだ」
過去形で言うしかないのを許してくれと思いながら、言った。
「リエって名前なんだけど……知らないか?」
「転生してたとしても名前は変わってるかもしれないでしょ? 私だってマリヤだったのがミィリヤになってるし」
あんまり変わってないだろと思いながら、一応うなずいた。
「それに『リエ』なんて名前はこっちの世界でもありふれてるわ。いくらでもいるでしょ」
「そ、そうなのか?」
初耳だった。
「ソフィー、アリスに次いで三番目よ」
「そ、そうなんだ!?」
「とりあえず私は知らないわね」
木刀をシュッ、シュッと素振りしながら、ミィリヤが言う。
「辺境伯さまのところで何か情報が得られたらいいわね」
なんか生意気なガキだ──まぁ、年上だけど。
しかしヒミカと仲良くなるためには、なんとしてもコイツと仲良くならなければ!




