スマホの生る樹
幸せに生きている。
平和に生きている。
人はなぜ、それだけでは満足できないのだろう。
今朝、夢にスマッピーが出てきた。
かわいいブルーの、あたしのスマホだ。
あたしに会えなくて寂しいと待ち受け画面が語っていた。
いつものように暇を持て余し、広大な庭をあてもなく散歩しながら、あたしは思った。どうして神さまは、自然界に元々あるものとして、スマホを作らなかったのだろう──と。
庭にはリンゴの樹が植えてある。
そろそろ実も赤くなりはじめていて、もう少ししたら使用人たちが笑顔で収穫をはじめるだろう。毎年恒例の行事だ。
リンゴなんかより、スマホのほうがいいのに──
この樹にぶら下がっているリンゴの実が、すべてスマホだったら、どれだけみんなは喜ぶだろう。
スマホは人間にとって必要不可欠なものなのに、なぜこの世界にはスマホがないのだろう。
わからない──
どうしてスマホの生る樹が存在しないのだろう──
あたしは庭を散歩しながら思索する。
まるで後世になって偉人と呼ばれる思想家のように。
人間はすべからく、スマホを片手に持ち、下を向いて歩くべきものなのではないのか──
ごはんは使用人が作ってくれる、身の回りの世話も使用人がすべてしてくれる。
あたしは暇なのだ。
暇を持て余しているのだ。
幼い頃はまだ、よかった。
あたしも身体がちっちゃくて、落ち着きがなくて、元気が有り余っていたから、遊び相手の使用人の子たちと一緒に外を走り回るだけで暇を潰せていた。
あたしは12歳になった。
もうひとつ歳をとったら、いわゆるティーンエイジャーだ。
実年齢は16足す12で28歳──今年じゅうには29歳になる。いくら精神は肉体に影響されるものだとはいえ、いいトシをした女がいつまでも走り回るだけで退屈を紛らわせるわけがない。
あたしは転生者──
この異世界に何か新しいものをもたらすものとして召喚されたものだと、ずっと思っていた。
しかしいつまで経ってもそんな目的なんて見えてこない。
あたしは一体、この異世界で何をすればいいの?
ひとつだけ──
あたしはもう、結構高度なものでも、魔法が使えるようになった。
変身魔法も移動魔法も完璧、お父さまのお墨付きだ。
でも、世界は平和だ。
一体、どこでこれ、使えっていうの?
庭を散歩しながら、飛翔の魔法を使い、あたしは浮き上がった。暇だったからだ。
地上数十メートルを飛びながら、景色を眺める。
高い壁が長く続いている。あの壁の向こうは魔族の領地だ。
暇つぶしに越えてみようかな、とちょっとだけ思ったけど、怖いのでやっぱりやめた。
反対方向には森が広がっている。
あの森の向こうには村があると聞いている。
今のあたしはまだ、移動魔法でそんな遠くまで飛ぶことはできない。
でも、少しずつ、冒険を試みてはいる。
両親に内緒で、みんなが寝静まったあと、森の中へ出かけてる。
移動魔法で少しずつ、少しずつ行動範囲を広げてる。
初めて樹の中に移動してしまった時は焦った。でも瞬時にまた移動魔法を発動できたから無事だった。
でも、脱出した先にまた障害物があったら──
それからはさすがに慎重になった。
死にかけるような体験をすると、人は臆病になるものだ。上っ調子になりがちなあたしはそれぐらいがちょうどいいと知った。
羽音が聞こえた。
空をふわふわと飛ぶあたしを獲物だと思ったのか、鷹が怖い目をして迫ってきた。
「ぶたになれ」
あたしが唱えると、翼の生えたぶたさんになって、自分の姿にびっくりしてる。
あははと笑って元に戻してあげると、恐れをなしたみたいに逃げていった。
空を飛ぶのにも飽きたので、狙いを定めて移動魔法を発動させた。
「地面ギリギリ」
数十メートル規模の移動魔法。今のあたしなら百メートルまでなら可能だけど、慎重に──
空から地面ギリギリのところへ移動する。
距離が足りなかったら、移動した空中から地面に落ちて、尻もちをつく。移動しすぎたら地面の中へめり込んで、軽くてもあたしは両足が地面と同化してしまって動けなくなる。
──とん。
地面から数センチのところへ瞬間移動し、着地した。
まぁ、上出来。
本当は着地する必要もないほどの正確さで地面に立つイメージをしていたけど、めり込むよりはよっぽどいい。
魔法を使うのは楽しい。
色んなことができるようになった。
でも、スマホほどには色んなことはできない。
何よりあたしの承認欲求を満たしてくれるひとが少ない。少なすぎる。魔法を使ってみせても、褒めてくれるのが身内だけだなんて──
昔は──いくらフォロワー数が少なめだったとはいえ、世界じゅうにあたしを見てくれるひとがいた。
これだけスマホから離れて生きてきたというのに、どんどん禁断症状が出はじめている。一日の終わりにベッドの中で、スマッピーを探して手が動いてしまう。思春期が来たのだろうか。
ふと頭上を見ると、白い鳩が飛んでいった。
しまったな。
もうちょっとあたしも飛んでれば、こんにちはできて、あの子もこぶたさんに変えて遊んであげることができたのに。
あたしが邸に向かって帰っていると、またあの白い鳩が飛んでいった。家の中から飛び立っていった。伝書鳩だろうか。
「リエ!」
窓からあたしを見つけて、お母さまが階段を駆け下りてきた。
「お客さまが来られるのよ。私の懐かしいお友達──あぁ、楽しみだわ!」
だ、誰がこんな辺鄙なところへ遊びに来るのだろう?
少なくともあたしが産まれてから、外からこの領地へ遊びに来たひとなんて、記憶にない。
「前に話したことがあったでしょう?」
まるで少女のように笑顔を輝かせながら、お母さまが仰る。
「昔の冒険仲間のミレーディア・アースガルドさんよ。とても強い剣士だったの。あなたのお友達を連れて来るそうよ」
お友達……?
なんのことだかよくわからないけど、なんか楽しそうだと思った。




