夜はあたしの自由な世界
「転生者だって?」
夕食の席で、旧友が訪ねてくることをお母さまがお話しになると、お父さまが小難しい顔をされた。
「私のお友達の息子さんなのよ」
お母さまが必死になってお父さまを説得なさってる。
「うちのリエとおんなじ境遇でしょ? 彼女にとっては大切な息子さんなの。村に居場所をなくして私を頼ってきたのよ。ね? お願い、受け入れてあげて?」
「……しかし、その子、変身はできるのか?」
仔牛のステーキをお口に運びながら、お父さまは嫌そうだ。
「リエはもう、魔王に見つかっても転生者だとは気づかれないほどだから問題ないのだ。私が転生者を匿っていることがもし向こうにバレてみなさい。大問題になるよ?」
「覆面をつけてるんですって。幼い頃に顔に火傷を負って、醜い痕があることにして……」
あたしはお母さまに加勢して、言った。
「いざとなったらあたしが魔法で姿を変えてあげるわ。大丈夫よ」
あたしは新しいものに飢えていた。
なんでもいいから新しいものが、この平和すぎる生活に入ってくるのは歓迎すべきことだった。
何より産まれて初めて出会う、自分以外の転生者だ。興味の津々がとまらなかった。
「うーん……」
お父さまはいつもお母さまとあたしに対してはとっても甘い。
「まぁ……。そこまで言うなら──」
「もうひとつ、じつはお話が……」
言いにくそうなご様子で、お母さまが切り出した。
お母さまがその話をされると、さすがにびっくりしてお父さまが大声をあげた。
「ま、魔族だって!? 魔族がもうひとり、転生者を連れて来る!? ど……、どういうことだい!?」
「私は母親ですから、よくわかりますわ」
お母さまが魔族を弁護する。
「たとえ魔族でも、自分の子どもが転生者なら、守ろうとするものですわ。その気持ち、よくわかります。何よりその魔族の女性──ヒミカ・ルネージュは、私の旧友同様、子どもの産めない身体だったのです。そんな彼女が恵まれた子宝……どれほど大事に思ってることでしょう」
「しかし……キミの昔の敵だったんじゃないのかい?」
「昔の敵は今日の友、と申しましてよ。大体、戦争はとっくに終結して、今はお互いの国を観光しあっている仲じゃないですか」
そう、今は人間も魔族も争い合ってはいない。正規の通行手形さえ持っていれば、互いの国を生き来できる。
不法に国境を越えてくる魔物はその場で処刑していいのと、転生者が産まれたら魔王が喰ってもいいということを除いては、平和なものだ。
まぁ、その転生者であるあたしは、差し出されることなく、今こうやって平和に仔牛のステーキを食べてたりするんだけど……。
転生者は魔族を滅ぼすものだそうだ。危険だから差し出せということらしいけど、滅ぼさなかったらべつにいてもいいじゃん? あたし、現に滅ぼす気なんて、まったくないし。
「うーん……。うーん……」
お父さまが遂に頭を抱えられた。
「転生者を二人も……? 私が三人も転生者を匿っていることがもし外部にでも漏れたら……」
「大丈夫ですよ」
お母さまはあくまでも楽観的だ。
「領地の方たち、みんなリエが転生者だってご存知なのに、外に漏らすひとなんて一人もいないでしょう?」
「キミは人を信用しすぎる!」
お父さまが泣きそうな顔で仰る。
「まぁ……、そんなところが……、好きなんだけど」
「受け入れてくださるのね?」
嬉しそうにお母さまが立ち上がり、お父さまの席まで小走りで近寄ると、ハグしてこめかみにキスをされた。
「私もそんなあなただから大好きなんですよっ!」
ついでにあたしも立ち上がった。
「私もお父さま、大好き!」
反対側から抱きつき、ほっぺたにチューしてあげた。
ふにゃふにゃになって笑顔でとろけてるお父さまに、お母さまが言う。
「それにね、ミレーディア──私の旧友は、凄腕の剣士だったんです。その息子さんなら、きっと剣の腕が立つはずですわ。その子と仲良くなれれば、みんなで街へ遊びに行くことができるでしょ?」
「ほんとだ!」
思わずあたしは声をあげた。
「街へ行ける! 街へ遊びに行けるんだ! わあっ!」
「ウム……」
心配そうな顔になりながらも、お父さまがうなずく。
「リエを籠の鳥みたいに領地内に閉じ込めているのは、私も不本意ではあった。しかし……焦ってはいかん」
「もちろん、仲良くなれたらのお話ですわ」
お母さまの言葉に、あたしもうなずいた。
どんな子なのかは会ってみないとわからない。もしかしたらものすごく嫌なやつかもしれないし……
「まぁ、とりあえず会ってみよう」
お父さまが仰った。
「その子らを受け入れるかどうか、決めるのはそれからだ」
「到着されるのは明日の朝だそうですわ」
お母さまがそう仰いながら、お父さまのこめかみにまたキスをした。
「楽しみ!」
あたしも反対側からほっぺたにチューをした。
夜になると、あたしはいつも、広すぎる自分の部屋で暇を持て余す。
ベッドに入り、魔具の灯りを消して、すぐにまたベッドから出る。
パジャマを遊び着に替えて、窓の外に浮かぶ三日月を見つめると、いつものように移動魔法を唱えた。
「廊下」
一瞬で廊下の赤い絨毯の上に立つと、そろりそろりと歩きだす。あまり大きな魔法を使うとお父さまに察知されてしまう。まずはエントランスまでは自分の足で、足音を消して歩くのだ。
「外」
扉をすり抜けて外へ出た。
また足音を消す簡単な魔法を使いながら、前庭を歩いて進む。
眼下に森の見渡せる丘まで来た。見下ろす森は夜に黒く塗られて海のよう。あぁ……、海なんてもう12年以上、この異世界では一度も見てないけど。
ここまで来ればもう、お父さまにも気づかれない。
あたしは長距離移動の魔法を唱えた。
「森の上」
あっという間に森の木々が足の下に現れる。そこからは浮遊魔法で地面に降りた。
指先に光魔法を灯すと、周辺があかるく照らし出される。リスたちがびっくりして木に駆け登っていくのが見えた。
夜はあたしの自由な世界、今夜は何をして遊ぼうかな。
そう思っていると、見慣れないものを見つけてしまった。
水色の、ぷよぷよした生き物らしきものが、こちらを見て驚いたような二つの目玉をくるくるさせてる。
なんだっけ、これ……
もしかして、スライムってやつ? 魔族の領地から侵入してきてる?




