初めての戦闘?
人間の領地に侵入してきた魔物はその場で即刻、殺処分してもいいことになっている。
まだ生きているものに対して打ったことはないけど、あたしは結構強力な攻撃魔法も会得していた。
……でも
あたしは二匹並んでぷるんぷるんしているスライムさんたちを見つめた。
おおきな目をくるんくるん動かして、珍しそうにあたしを見つめ返してる。
「見逃してあげるね」
微笑みながら、話しかけた。
「だって……転生者のあたしが魔王さんに差し出されてないのに、そんなあたしがあなたたちを退治なんかしちゃうのは、フェアじゃないもん」
言葉はまったく通じてないみたいで、スライムさんたちはキョトンとしてる。
初めて見るスライムさんを写真に収めようとして、スマホがないことに気づいて、あたしはただ手を虚空に動かした。
「人間世界へ遊びに来たの?」
にっこり微笑みながら、聞いた。
「よかったら一緒に遊ばない? プロレスごっこして……」
びよん!
ゴムみたいな音を立てて、スライムさんたちが襲いかかってきた。
プロレスごっこが始まるものだと思って手を伸ばし、笑顔でハグしようとしてたあたしの顔に向かって、触手みたいなもので攻撃してくる。すっかり油断していたあたしは──
無傷だった。
ノーダメージ──
咄嗟に頭をガードしていた手をゆるめ、瞑ってしまっていた目を開けると、あたしを守るように、ハリウスが前に立っていた。いつもの鎧は着けてなくて、黒い忍者装束みたいなのを纏って──
「ハリウス……?」
あたしが名を呼ぶと、ゆっくり振り向いた。三日月の浮かぶ夜空の下、黒い髪の下の、端正だけどどよーんと暗いその顔が、窪んだ目が、あたしを見つめた。
「いつからいたの?」
あたしが聞くと、やっと口を開け、喋った。聞き取りにくい、小さな声で──
「……ずっと」
あぁ……。そうか……
ハリウスはとんでもなく影が薄い。あたしは彼のことを頭の中では『カゲウス』って呼んでいる。
転生者がやって来ることを話していたあの夕食の席に、彼もいた。何も喋らないし、何より影が薄いから、みんなほぼ気づいてないような状態だったけど。
「もしかして……今まであたしがこっそり外出するたび、一緒にいた?」
ハリウスがこっくりとうなずいた。
ちっとも気がつかなかった。
夜は自由になれるあたし一人の世界だと思ってた。
まさかいつも側にボディーガードがいたなんて!
「いけないよ、リエ」
ハリウスが言う。
「領地に侵入してきた魔物はやっつけないと」
グミキャンディーみたいになって散らばったスライムさんを見ながら、あたしはひとつ学習した。そうか、どれだけ見た目が弱そうで、かわいく見えても、魔物は人間を襲う存在なんだ。
「でも──だったら……」
あたしは頭に浮かんだことをハリウスに言った。
「不公平だよね? この世に転生してきたあたしは、魔王さんに食べられないと……」
「ばか」
珍しくハリウスが顔に感情を表した。
「きみはぼくの婚約者だぞ。食べさせてたまるか」
あー……、そうか。
忘れてたけど、あたし、このひとと婚約してるんだった。
先の魔王討伐パーティーのメンバーの一人、ニンジャのデヴィッド・ニンニンの次男、ハリウス・ニンニン──
あたしより三つ年上の15歳。お父さんと二人でこの家に仕えて、ボディーガードをやっている。
その真面目で物静かな性格と、意外にキレ者なところをお父さまに買われ、男の子に恵まれなかった辺境伯家の跡継ぎに選ばれたのだ。
つまり、このひとが次期辺境伯になるんだな。
娘ラヴなお父さまも、ハリウスにだったらあたしをあげてもいいらしい。
お父さまのお気に入りの子だから、あたしも了承したけど、はっきり言ってこのひと、退屈だ。何も喋らないし……
それよりも……なんだったっけ。前世で付き合ってた……名前、なんだったっけ……
そうそう。えーと……ヒロアキだったっけ?
もう12年も前のことだから、よくは覚えてないけど、ヒロアキはよかったな。うん、遊ぶならヒロアキとがよかった。
一緒にいて、楽しかった。あたしがスマホで見せるものをいちいち面白がってくれて──
まぁ、あいつにしろ、あたしは彼氏と彼女みたいなつもりはなかった。気の合う友達って感じ。
あたしは恋愛に興味がない。
あたしが好きなのは、あたしなのだ。
ハリウスがいつものように何も喋らなくなったので、あたしは間が持たなくなって、話しかけた。
「……帰る?」
ぴくっ! と、ハリウスが肩を震わせた。
守るようにあたしの前に背を向けて立つと、次の瞬間には地面に耳をつけて、またすぐに立ち上がると、小声で言った。
「来る……。また……魔物……いや、魔族だ」
「え……」
ちょっと耳を疑った。
「それって……弱っちぃモンスターじゃなくて、大物ってこと?」
「隠れよう」
樹皮の模様の描かれたシートみたいなものを、どこからともなく取り出すと、ハリウスがあたしの手を握って、近くの樹木の幹と同化した。どうやら外から見たらあたしたち、松の樹にしか見えない状態らしい。
馬だ──
蹄の音が近づいてきた。しかも一頭や二頭じゃない。
柄にもなく、ハリウスに手を握られていてドキドキした。吊り橋効果なのこれ?
一体どんなやつらがやって来るのか──
あたしはハリウスに小声で聞いてみた。
「どうするの? やり過ごすの? 魔物はやっつけないといけないんじゃ……」
「数が多いし……強い」
それだけ言ってハリウスは黙った。
馬の走る音が大きくなってくる。
すぐ近くまでやって来て、止まった。
「と……、止まったよ?」
「──しっ」
「人間の匂いがするぞ」
そんなことを言う女性の声が聞こえた。
「そこの松の樹か」
小声でハリウスがあたしに言う。
「移動魔法で逃げて」
あたしは答えた。
「それじゃハリウスが──。あたしの魔法はあたし一人しか移動させられない。ハリウスも忍術で逃げるなら──」
ハリウスが手の甲から光の剣を出現させた。闘う気だ──
それならあたしも、魔法で加勢する!
あたしがバッ! と、保護色シートをめくって姿を見せると、横でハリウスがびくっ! と体を震わせた。
「あらあら……。こんなところで夜のおデート?」
あたしをたちを見て、牙のある口が、笑った。
あたしたちの前にいたのは、魔族の女性の集団だった。みんなが馬にまたがり、魔族特有の凶悪な笑いを浮かべている。
「アマゾネスだ」
ハリウスが呟いた。
「人間の男を狩って喰らう」
「これはこれは──かわいい坊やとかわいらしい金髪のお嬢ちゃん、こんばんは」
リーダーらしき、色の黒い女のひとが、獲物を見つけた黒豹みたいに、嬉しそうに牙を見せて笑った。
「どうする? 闘るかい?」




