俺の名はヒロアキ、未来の大剣士さまだ
俺は七歳になった。
この七年で逞しく成長した俺をリエに見せたいものだ。
何しろ元魔王征伐パーティーの切り込み隊長だったというミレーディアに手取り足取り教わって育ってきたのだ。オムツも丁寧に取り替えてもらった。ママには心から感謝している。
むこうに残してきた実の親たちはどうしてるだろう。あの後、俺を失って悲しんだだろうか。
まぁ、うちは6人兄弟だから、一人ぐらいいなくなったところで立ち直りは早いかもな。親より先に死んでしまった俺としても気が楽だ。
教会にやって来るひとたちの、俺は人気者になった。
教会の前を掃除していると、いつものおばさんたちがやって来て、笑顔で話しかけてくる。
「あら、ヒーローちゃん。お掃除えらいわねぇ」
「いつもかわいいわねぇ。ちっちゃい子がおおきなホウキを持って……」
「でも、ちょっとだけでいいから、お顔が見たいわぁ」
「すまん。この仮面ははずすわけにいかないんだ」
俺はミレーディアが作ってくれた虎の仮面をギュッとかぶり直す。
それでみんな諦めてくれた。俺は幼い時に顔を火傷し、醜いことになっているということにしてある。誰も俺が転生者特有の、この国の人間とは違った顔をしていることは知らない。
みんな俺のことを『ヒーローちゃん』とか『ヘロちゃん』とか呼ぶ。ヒロアキという語は発音しにくいようだ。
『ヒロアキ』
教会の中にいるミレーディアが、俺の頭の中に話しかけてきた。
『明日のミサの準備をするの。手伝ってちょうだい』
明日は安息日。教会ではミサが行われる。大勢の信者さんたちが集まり、俺とミレーディアでパンとワインを振る舞うのだ。
『わかった、ママ』
俺も頭の中で返事をすると、掃き取ったゴミを片付け、中へ入った。
厨房に入ると長い髪を束ねてエプロンをつけたミレーディアが、困った顔をしていた。いつもながら美人のママだ。歳はもう40を超えているが。
「うーん……。困った、困った」
心から困ったような顔でそう呟いている。
「どうした、ママ?」
虎のマスクをつけたまま俺が聞くと、こっちを見て辛そうな顔をした。
「だめよ、ヒロアキ。私と二人だけの時には仮面を取ってちょうだい」
そう言って傍らに立てかけてあったムチを取ると、ヒョオッ! という風切り音とともにその切っ先が俺めがけ飛んできた。見事に仮面だけを絡め取り、一瞬で剥がされた。
「それでいいわ」
現れた俺の素顔を眺め、満足そうに笑う。
「相変わらずかわいいわよ、私のヒロアキちゃん」
俺は傍らの姿見に映る自分を見た。
ブサイクだ。掘りの深い美人のママと並ぶと特にそう見える。黒いボサボサの髪に平べったい顔、足も短めで、いいところが見当たらない。日本人としてはまぁ、ふつうレベルだと思うが、アーストントンテンプル人にはあり得ない地味さだ。でも、いいんだ。ママがかわいいと言ってくれるから。
ミレーディアだけは俺の名前をネイティブ並みに発音できる。俺が教え、訓練したからだ。
それにやはり精神感応能力があるというのも大きいらしい。思えば初めて会った時から俺たちは会話ができていた。テレパシーで俺の考えたことを読む。俺が『加瀬ヒロアキ』と心の中で名乗れば、その言葉がそのままミレーディアに伝わる。ゆえに口では発音できずとも、思考での会話の中では正確に『ヒロアキ』と発音できていたのだ。
「ところで何を困ってるんだ?」
俺が聞くと、ミレーディアは我に返ったように口を開けた。
「そうだ、あなたに見とれていて忘れていたわ。明日のミサで振る舞うパンが足りないのよ。確かたくさんあったと思ったのに……」
「なんだって? あんなの二週間ぐらいもつんだろ?」
この世界のパンはカチカチに硬い。石のような硬さだ。スープにつけなければ硬すぎて食えたもんじゃないが、その代わりにめちゃめちゃ日持ちがする。
「ええ……。それで食糧庫に保存してあったと思ったから安心してたんだけど……。いくつかなくなってるみたいなのよ。ヒロアキちゃん、知らない?」
「あっ」
思い出した。
俺はミレーディアに剣を教わり、自分一人で練習もしている。
そういえば、カチカチのパンを一刀で両断できるかどうか試したくて、教会の裏庭の切り株の上にパンを置いて、剣技の訓練に使ったんだった。
まだ木刀しか持たせてもらえないので、包丁を剣代わりに使った。あまりにも綺麗に斬れて、自分がカッコよくなった気分だったので、調子に乗って5個斬っちまった。粉々になるまで斬りまくって、集ってきた小鳥にぜんぶ食わせちまった。
「そうだったのね」
ミレーディアが俺の思考を読んで、呆れた顔をした。
「しょうがないイタズラ坊主ねぇ……。でも、かわいいから許すしかないわ」
「食べ物を粗末にしてごめんなさい」
たくさんあったからこのぐらいいいだろうと思ってた。罪悪感もなかったから、剣技の訓練に使ったことも忘れてた。
「忘れてたのね。元気すぎるわんぱくさん。それぐらいのほうが男の子はかわいい……。でも、パンはなんとかしなくちゃ……。共同のパン焼き窯は予約してないと使えないし……。どうしましょう」
「ミレーディア」
俺は思いついたことを口にした。
「街へ行かないか? パンを買いに行こう」
産まれてからずっと、教会のあるこの小さな村から出たことがなかった。俺は街へ行ってみたくてウズウズしていた。
「だめよ。いつも言ってるように、あなたが転生者だってバレたら危ないのよ。行くなら私一人で行くわ」
そう言いながら、ミレーディアもウズウズしているように見える。
「仮面をかぶって行けばいいじゃないか」
「だめだめ。村の人たちはみんなあなたのことを知ってるけど、虎の仮面をかぶったあなたを知らない人が見たらモンスターかと勘違いして警察に通報されかねないわ」
「じゃあ素顔さらして行こうぜ」
「だ……、だめよっ! そんなことをしたら、あなたのかわいさに注目が集まってしまうわ」
わかってる。
ほんとうはミレーディアは自慢の息子を広い世界に見せびらかしたいのだ。
でも転生者だとバレたら魔王が喰らいにやって来るから、そのジレンマに身悶えしている。
「なんか顔を隠せる服とかないのかよ」
俺が聞くと、ミレーディアがハッと何かを思い出した顔をした。
「そうか! そうよ! ここは教会! 修道士の服装があるじゃない! フードをかぶれば顔は隠せる。……あぁ、でも! それじゃあなたのかわいさがみんなに見せびらかせない!」
身悶えしながらミレーディアがムチを振り回しはじめた。周囲のものを次々と破壊していく。鍋が真っ二つになり、調理台に亀裂が入る。いつものことだ、慣れている。俺はサッとかわして見守った。
やがてミレーディアが動きを止め、嵐のような息を吐きながら、言った。
「……わかったわ! 一緒に街へ行きましょう」
わぁい♪
街へ行けるぞ、初めてだ。




