自分で自分を守れるように
のどかな木漏れ日の中で、穏やかに日々が流れていく。
自分のことを、外界のひとたちは誰も知らないままに──
SNS発信者のあたしがそんな生活に耐えられているのは、主にみんながつけてくれる稽古のおかげだった。
「リエ、おまえには魔法の才能がある」
お父さまにそう言ってもらえた。
「魔力は微々たるものだが、それを補って余りあるほどの頭の良さがある」
たぶん、令和人なら誰でももってる程度のそれだと思うけど、確かにこの世界のひとたちが知らない知識をあたしは持っていた。
「何よりおまえの優しさこそが武器だ。巣から落ちた雛鳥を戻すため、苦手な木登りに果敢に挑戦し、途中で落っこちたおまえを見ていて、気づいたのだ」
な、何に気づいたというのだろう……
「地べたに尻餅をついて、相当痛かっただろうに、おまえは手の中の雛鳥の心配ばかりして、無事だとわかると嬉しそうに笑っていた」
隣で紅茶を飲んでらしたお母さまが立ち上がり、ピシッとお父さまにツッコミをお入れになった。
「あの時、見てらっしゃったのなら、そんな危ないこと、止めてくださいまし!」
小鳥がからかうようにさえずった。
平和な領地内の林の中で、向かい合って紅茶に付き合っていた家庭教師のジージが、お父さまをフォローするように言った。
「まぁまぁ奥さま、アンドレさまはリエさまの自発性を育てようとなさっておられるのですよ」
「そうだ。強くなりなさい、リエ」
お母さまにツッコまれた左頬をちょっと赤くして、真剣な表情でお父さまが仰る。
「自分の身を自分で守れるようになりなさい。そのために、私はおまえに魔法を教える。自分で変身魔法が使えるようになれば、外の世界へも出ていける」
「はい、お父さま!」
それは私も願ってもないことだった。
ここは平和で、とても居心地がいい。けれど、あたしは元SNS発信者、承認欲求が半端ないのだ。
高度な魔法が使えるようになったら、この世界を旅して回りたい。
それに、もし物質生成魔法が使えるようになったら、もしかしたらスマホを作ることができるかもしれない。
そうだ。転生者といえば何かチート能力をもっていて、異世界に新しい何かをもたらすものだ。
もしかしたらあたしは、この世界にスマホをもたらすために転生したんじゃないだろうか。
神さまは私に、この世界の人たちにあの万能すぎる板を与えよと、そんな使命をくださったのではないだろうか。
端末を作って、SIMカードを発明して、電波を飛ばして、キャリアを自分で設立して──
なんか考えはじめると、途方もない計画のような気がしてきた。
っていうかあたし、またスマホのこと考えてる。
スマホのことは忘れよう。今はとにかく自分で自分の身を守れるよう、魔法を極めることに努めるべきだ。
今のあたしは、お父さまの言うとおり、魔力なんて微々たるものしかもってない。
「よし、では早速、今日も稽古をはじめるぞ」
向かい合って立つお父さまが、姿勢を正した。
「どの属性でも構わん。何か最下級魔法を使ってみなさい」
ちゃんと自習はやってきた。
自然の精霊の力を借りて、自分の力としてそれを行使する──理屈はわかっている。
でも、頭でわかっているのと実際に行使することは全然べつのことだ。
「ファイヤ!」
あたしは自分の指を見つめ、そこに周囲から酸素を集め、凝縮させ、精神力で発火させた。
ちいさな炎がぽっと尽き、あたしの人差し指はヤケドした。
「あちちちち……!」
「あなたっ!」
すかさずお母さまが駆け寄ってきて、治癒魔法の光を当ててくださった。
「リエはまだ6歳ですよ! あんまり危ないことはさせないで!」
「才能はあるんだ。開花させるなら早いほうがいい」
「はい、お父さま!」
あたしは笑ってみせた。
「リエも早くお父さまみたいに派手な魔法が使えるようになりたいです」
魔法の稽古が終わると、次は剣の稽古だ。
「よろしいですかな、リエさま」
家庭教師のジージが剣の稽古をつけてくれる。
さまざまな学問に詳しいだけでなく、剣の腕もそこそこだなんて、ジージはすごいおじいちゃんだ。
木刀を構えるジージはあたしよりも二倍背が高い。
でも64歳だ。6歳のあたしでも……勝てるはずだ。中身は17+6で23歳なんだから──
「やはり……毎回痛感しますが、リエさまに剣の才能はまったくないですな」
地べたに這いつくばってハァハァ息を荒くするあたしに背を向けて、ジージが言った。
「しかし魔法だけでは不安だ」
お父さまが深刻な顔で腕組みする。
「魔法の効かないモンスターなどもいる。物理攻撃も身につけておかないと……」
「物理攻撃が得意な者と組めばよいのではないですかな」
「相棒か……。しかし、そのような女性に心当たりはないな」
「男ではいけませんか? 男のほうが腕力もあるし、頼りになりますぞ」
「だめだな。男にしてもそのような者に心当たりはないし、何より──」
姿勢正しく立ってらしたお父さまが、急に女の子みたいにくねくねと身をよじらせはじめた。
「うちのかわいいリエたんに、そんな危ない虫をくっつけるわけにはいかないよっ!」
地べたに這いつくばって息を整えながら二人の話を聞きながら、あたしは思ってた。
べつに相棒とかいらんし。あたし、一人大好きだし──
何よりよくよく考えたら、変身魔法とか使えなくても、変装すりゃよくね?
あたし、コスプレ得意だったし!
そうだ。自分で変装用のウィッグと仮面を作って……今はまだ無理だけど、もう少し大きくなったら外へ出てみよう。変装してれば魔王さんとやらに見つかっても大丈夫なはずだ。移動魔法を習得したら、ぱっと街まで飛んで、ぱっと帰ってこられるはず。
お父さまもお母さまも、あたしが街に行ってみたいってお願いしても、心配して絶対に連れ出してくれない。変装してもだめだって言うに決まってる。
二人とも心配しすぎだよ……
とりあえず、あたしは広い外の世界が見てみたくて、ウズウズしてた。
みんなにあたしのこのかわいさを拡散したいんだ!




