ほんとうのあたしって……何
「五歳の誕生日、おめでとう、リエ」
目の前のテーブルの上に、すごいご馳走。
お父さまもお母さまも優しい笑顔。
メイドのばあやが豪華なケーキを作ってくれた。クリームの白い薔薇の花でいっぱい飾られた、令和の世に出しても十万円ぐらいの値がつきそうな、立派な手作りケーキ──
たまらずスマホで記念撮影しようとして、そんなもののない世界だとまた気づく。
だめだなぁ……
この異世界にやって来て五年にもなるのに、たまに……というかよく、手がスマホを探してしまう。
そんなものなくても、この世界のあたしは満たされてるっていうのに──
優しい両親、家の使用人たちはみんなあったかくて、一人娘のあたしを愛してくれる。
あたしは今、幸せだ。
陰キャだった小早川リエはもうどこにもいなくて、光り輝くように幸せな幼女、辺境伯家に産まれた待望の子ども、リエ・フォンティーヌとしてここで笑ってる。
でも、不満もあった。
「お母さま」
あたしはケーキで口のまわりに白いおひげを生やしながら、母に言った。
「リエももう五歳です」
「そうね。……そうよ? それで?」
お母さまが優しい笑顔で話を聞いてくださる。
令和の世界ではヒロアキと齋藤ちゃん以外には、あたしの話をまともに聞いてくれるひとなんて、いなかった。家族からも『できそこない』みたいに見られて、あたしが何かを言い出しても無視されてた。
学校から帰っても「おかえり」の言葉もなかった。
小学生の頃はそれでも話を聞いてくれることもあった。
「ネットでこう言ってたよ」「マニアックなサイト見つけたよ」「そんな流行りのくだらないゲームやってるの? それよりも誰も知らないけどこっちのゲームのほうが」──そんな話題ばかり持ち出すあたしを、まるで宇宙人でも見るような目で遠ざけた。
それで自分からは何も話さなくなってしまったあたしが、この世界で少しずつ変化していた。
「リエは学校に行きたいです」
そう言い出すと、両親の顔に、困ったような色が浮かんだ。
あたしはこの幸せな生活の中で、ひとつだけ、とてもおおきな不満があった。
外の世界に出させてもらえないのだ。決まりきった顔ぶれの中でだけ生きている。
この世界では四歳から学校に通う子もいると聞く。でもあたしは家庭教師のジージさんや両親から知識を教わり、遊び相手として雇われてる子としか遊ばせてもらえない。
国境沿いの山の中に住んでいるとはいえ、少し馬車を走らせれば街があるというのに──
まるであたしの存在を広く知られることを恐れているようだった。
元々SNSで世界に自分を発信してたあたしだ。こんな幽閉みたいな環境に耐えられるわけがない。自分からひきこもることには慣れてたけれど、この軟禁状態みたいなのには慣れることなんてできない。
このかわいい自分を全世界に向けて発信できないなんて、あたしの存在価値がまったくないじゃない!
学校なんて好きな場所じゃなかったけれど、今は行きたい気持ちがいっぱいだ。両親から愛されることを覚え、自分の思いを堂々と口に出せるようになった今、むしろ行きたい。行ってみたい。自分がどんな人間に生まれ変わったのか、試してみたくて仕方がなかった。
「リエ……」
お母さまがあたしの頭を撫で、あたしの中を覗き込むような優しい目をして、お聞きになる。
「ずっと聞かなかったけど……あなた、もしかして前世の記憶があるのではなくって?」
お父さまもケーキを食べる手を止めて、あたしの答えを待っている。
「前世……なのでしょうか」
あたしはしどろもどろになりながら、その質問に答えた。
「確かに……私は産まれた時から自分の思考を言語化することができていました。この国の言語ではありませんでしたが──。産まれた時には既に17歳の娘だったように……」
「リエ……」
お母さまが重大なことを知らせるようにかしこまり、仰った。
「あなたは『転生者』なの。あまりにも私たちと──見た目が違う」
横に置いてある姿見を、あたしは見た。
栗色の髪、それはお母さまと同じ色だ。元の世界で自分で染めた色とも同じだけど──
顔はだんだんと、元の自分そっくりになってきている。
元々二重の目はぱっちりで、鼻は日本人としては高く、整った顔はしていたけれど、それでもこの国の人間とは明らかに作りが違う。お母さまみたいには肌も白くはなく、少し黄色っぽい。
「なんで……転生したのに、この国の人間みたいな外見に産まれなかったんだろう……」
産まれて初めて、正直なその思いを口に出した。
「お母さまもお父さまも……私が転生者と知っていて、それでもあんなに愛してくださったのですね」
「私がお腹を痛めて産んだ子ですもの。あなたは私たちの娘よ」
お母さまの胸に抱きしめられた。
「守りたいの、あなたを。転生者だという噂が外に伝わって、魔王ヴンに知られたら、大変なことになるのよ」
「魔王ヴン?」
初めて聞く固有名詞だった。
「大変なこと?」
「恐ろしいことだから、あなたは知らないほうがいい。見た目で転生者だと簡単にわかってしまうあなたを……だから外の世界に知られるわけにいかないの」
なるほど。
よくはわからんけど、なんかわかった。
転生者だとバレたらなんだか危険なことがあるわけか。でも、それなら──
聞いてみた。
「私の見た目を──お父さまの魔法で変えることはできないのでしょうか?」
「変身魔法や幻影魔法でおまえの姿を変えることはできる。……しかし、私から一定距離を離れると、変身が解けてしまうのだ。何より──」
お父さまが身をくねらせて、言った。
「リエちゃん、かわいいんだもん! 東洋の神秘なんだもん! その顔を整形しちゃうなんて、逆整形になっちゃう! そんなのもったいないよ!」
令和の世でいえばオタク外国人みたいな父だった。




