俺の名はヒロアキ、世界を救う勇者だ
「ヒロアキたん」
ミレーディアがほっぺたを俺にくっつけてきた。
「ヒロアキたん、ヒロアキたん。あなたは私のかわいい赤ちゃん」
「やめろ」
思わず俺はツッコんだ。
「アニメキャラみたいな緑色の髪の美女にベタベタされるのは至福なはずだが……こうも一日じゅうベタベタされたのではかなわん」
「おっぱい飲む?」
「……飲む」
ミレーディアが革の鎧を脱ぎ、その下に着ていたシャツをまくりあげた。形のいいおっぱいが現れる。俺はむしゃぶりついた。
「いい子ねー、ヒロアキたん」
ミレーディアが俺の後頭部を愛おしそうに撫でながら、語りかける。
「あなたは子どもを産めない私のところへやって来てくれた天使。……中身が17歳のスケベな男の子でも、トコトン愛してあげる」
俺は舌で乳首をしごいてミルクを出しながら、思っていた。
こんな世界に来たくて来たんじゃない。俺はあっちの世界で満たされていた。おっぱいも、飲むのが俺のような赤ちゃんでは、ちっともエロくない。ただの食事だ。元の世界ではこんなエロさのないシチュエーションではなく、ネットでエロエロ動画に満たされていた。
何より小早川リエ──
ずっと好きだったあの美少女と仲良くなれていたのだ。
俺は知っていた。俺だけが知っていた。彼女が外見がいいだけの、わけのわからない、スマホだけが友達の超絶陰キャなどではないということを──
彼女はそのことを身をもって示してくれた。車道の黒猫を助けようと飛び出して、トラックに轢かれた。自分の身の危険もかえりみずに猫を助ける──俺が思っていた通りのやつだった。
それを助けようとした俺まで轢かれてしまった。畜生、あんなことになるならもっと脚力を鍛えておけばよかった。運動の苦手な帰宅部だったが、無理して陸上部にでも入っておけばよかった。
それでなんだか白い光に包まれて、目を開けたら俺は赤ちゃんになっていて、小さな教会らしき建物の前に全裸で横たわっていた。
「何者だ!」
トゲのついたムチを手に、教会の扉を開けて、ミレーディアが姿を現した。緑色の長い髪のすごい美人だが、俺の好みより15歳ぐらい年齢が上にずれていた。
「ばぶー」
俺は赤ちゃんのフリをして、かわいいポーズをしてみせた。
「きゃあっ!」
俺を見たミレーディアが少女のような声をあげ、その場で跳びはねた。
「天使? 天使なの? 不妊の私のために、天使が天使を連れてきてくれたの?」
「ここはどこだ」
俺は、喋った。
「赤ちゃんが……喋った!」
ミレーディアは怖がることなく、それどころかかえってさらに興奮しはじめた。
「喋れる赤ちゃんなんて最高! あなたを私の最愛のベビーにするから! 決めたから!」
「俺の名前はヒロアキ。加瀬ヒロアキだ」
名乗ってみた。
「どうやら異世界に転生してしまったようだ。言葉が通じるのは助かる。頼む、俺を育ててくれないか」
「言われるまでもなく」
ミレーディアが宝物に触れるように俺を抱き上げた。
「あなたを最高のマザコン息子に育ててあげるわ」
そして今に至る。
ミレーディアは教会で奉仕をしているが、戦士だ。いや、元戦士だと言っていた。
牧師さんだか神父さんだかはいつも留守だ。聞いたところによるとアル中で、みんなからの信頼がなく、いつも町をふらついているようだ。
なんだか聖職者としての能力もミレーディアのほうがズバ抜けて高いらしく、実質彼女がこの教会を切り盛りしているらしい。
まぁ、そんなことは俺にはどうでもいい。
リエのことが心配で仕方がない。
あいつ……もしかしたらあいつも、この異世界に転生してきていて、スマホがないから禁断症状を起こしたりしてないんだろうか。それとももしかしたら、あいつは転生せず、あのまま天国へ……
いや、それよりも──
「俺の他に、この世界に転生してきたやつはいないのか?」と、おっぱいを飲みながらミレーディアに聞いてみたことがあった。
答えはこうだった。
「このアーストントンテンプル王国に転生して来る異世界人はたまにいるのよ、愛しい私のベイビーたん」
「たまによくあることなのか……。そいつらは今、どうしてる? どこにいる?」
「みんなもうこの世にはいないわ」
「な……? なぜ?」
聞くところによると、この世界には『魔王』がいるらしい。まぁ、いかにもな異世界だ。
そして異世界転生者は魔王によって皆、食われているのだという。
「異世界転生者の臓物を喰らうと魔力が倍増すると言われてるのよ、ベイビーたん」
ミレーディアが教えてくれた。
「だから転生者の噂を聞きつけるたび、魔王がそれを殺して食べにやって来る。そのわりに魔王の魔力は大して上がってないけどね」
「なんだ……。それじゃそんなの嘘情報じゃないか。迷信かよ」
「ところがね」
ミレーディアの表情が急に不安そうに曇った。
「千年に一人、ほんとうにそんな栄養をもった転生者が現れるらしいの」
「それもガセなんじゃね?」
「いいえ」
俺を守るように、ミレーディアの手がぎゅっと俺を抱きしめる。
「大賢者さまが代々伝承してきたこととして、その転生者のお尻には勇者の紋章があるの」
「え……」
ミレーディアの撫でる指の感触を自分の尻に感じながら、俺は聞いた。
「もしかして……」
「そうなのよ、ヒロアキ」
心配そうな緑色の瞳が、俺の顔を覗き込んだ。
「あなたのお尻に、それがあるの。勇者の紋章よ」
「まじか」
それを聞いた時、俺は不安になると同時に心が昂ぶった。
俺は勇者なのだ。世界を救う勇者──
きっとチート能力とかも授かっているはずだ。それを駆使して魔王を倒し、この国を、世界を救う存在──
いやそれよりも──
リエを救える力を授かって産まれたのだ、俺は、たぶん!
リエも転生しているなら、魔王に狙われることだろう。リエの臓物を魔王に食われてたまるか!
俺が救うのだ!
あぁ……早く成長して、闘える歳になって、さっさとチート能力で魔王を倒し、リエを探しに行かねば! そのために今、栄養をたっぷりと、ミレーディアのおっぱいから吸収しているところなのだ。けっしてこれはエロい場面ではないぞ。
「転生者であることは簡単にわかってしまうわ。特にあなたのような、黒い髪の転生者は──」
ミレーディアが愛しそうに俺の鼻を指で撫でる。
「こんなに鼻が低くて、髪が真っ黒で……何よりかわいいぐらいにブサイクなんですもの」
そう……。それだ。
それが心配だった。
ミレーディアに鏡を見せてもらったところ、西洋のようなこの国なのに、俺の容姿は東洋人のままだった。俺が赤ちゃんだった時の姿そのまんまだ。
リエも同じだとしたら──
あっという間に魔王に見つかってしまう!
早く──!
その前にリエを見つけ出さないと──!




