紋章
ヒマだ……
あたしは自室のベッドの上で、ドレス姿のまま、ただ右に左に寝返りを打っていた。
新しい住人さんたちがやって来た。しかもいっぺんに四人も。
魔王討伐とかどうでもいいけど、なんだか楽しくなってきた。スマホゲームでいえば新しいクエストに突入したみたい。
でも、スマホゲームだったらこんな無為な時間なんてない。サクサクと、ヒマな時間なんてスキップして、楽しいところだけを味わえる。
そうだ。ミィリヤちゃんは転生者、スマホのことを話題にしてお喋りできるんだ。
彼女とお話したいな。今、何してるんだろう。
扉が外からノックされた。
「お嬢さま」
メイドのマリーが紅茶をもって入ってきた。
「お茶のお時間でございます」
マリーが用意してくれるのを見ながら、聞いてみた。
「お客さまたちは今、何をされてるの? 邸の案内かしら?」
「皆さまで大浴場のほうへ行かれたようでございます」
大浴場……
みんなでお風呂!
うちのお風呂はだだっ広い。まるで温泉旅館の岩風呂だ。
あの広いお風呂で、あたしはいつも侍女二人と寂しく入浴してる。みんな黙ってあたしの身体を洗ってくれるだけだ。
大浴場の醍醐味といえば、やっぱりアレじゃない?
知らないひとに、あたしを見てもらって、『わぁ……、かわいい娘』とか注目を集めて、あとからそのことを『呟きX』に、「温泉行ってきましたー。なんかみんなにジロジロ見られちゃったけど、もしかして芸能人だと思われた?」とか書くことだよね。
あたしはインドア派だが、温泉は好きなのだ。
あの、あたしはなんにもしなくても、一方的にみんなから見られて、お風呂の気持ちよさが五倍ぐらいになるのが好きなのだ。
「あたしも行く!」
そう言って勢いよく立ち上がるとマリーがびくっとした。
「侍女はいらないわ。お客さまたちと裸の付き合いで親睦を深めたいの」
あたしがそのまま部屋を飛び出ようとすると、マリーに引き止められた。
「お嬢さま、変身魔法をお纏いください」
その通り、あたしは変身してなかった。素顔のままだ。
「えー……? だってお客さまたちに素のあたしを見てもらいたいじゃん」
「旦那さまと奥方さまより仰せつかっております。お嬢さまが転生者だということは、お客さま方には明かさないようにと」
心配性だなぁ……、二人とも。
あたしが転生者だってバレたところで、魔王があたしを喰らいに来るわけじゃないだろうに。
魔族のあの娘だって、透視能力があるっていうし、きっととっくにあたしの素顔はバレてるよ。
でも、まぁ、マリーが叱られないように気遣って、金髪白ブタちゃんに変身すると、あたしは大浴場へ向かった。
かぽーん……
脱衣所に入ると、大浴場のほうからは『かぽーん』という音しか聞こえてこなかった。話し声はまったくしない。
静かだ……。ほんとうにお客さまたち、中に──?
いた。
あたしが木の扉を開けると、だだっ広い浴槽の中に、湯けむりを通して三人の影が見えた。
「あら!」
ヒミカちゃんのあかるい声が、浴場に響いた。
「リエお嬢さま、いらっしゃい」
ヒミカちゃんとミィリヤちゃんがくっついてお湯に浸かっていた。そこから一番遠いところにミレーディアさんが、一人でお湯に入って放心してるのが見えた。
「リエお嬢さま!」
ミィリヤちゃんがあたしに気づいて嬉しそうに立ち上がった。
「さっきはありがとう! おかげでお母さまの腕がなくならずに済みました!」
いい子だな。
同じ転生者どうし、仲良くなれそう。
あたしも前世と違って愛されることを覚えたし、いい友達になれるかな。
「当然のことをしたまでですよ」
あたしは母娘の隣にお邪魔して浸かると、早速したかった話を彼女に振った。
「転生者なんだよね? こっちの世界、スマホがないから不便じゃない?」
するとミィリヤちゃんが、信じられないことを言いだした。
「えっ? 私はスマホのない世界に転生できて、せいせいしてるよ?」
真顔でとても同意できないことを言う。
「だって友達と集まっても、彼氏とデートしてても、みんなスマホに夢中になってて、会話がないんだもの。スマホなんかないこっちの世界のほうが健全だわ」
「あ……、あははは……。そ、そうだよね」
早速、共通の話題をなくしてしまった。
「健全……。そっかぁ……。そういう考え方もあるんだね」
「私にはわからない話題ですね?」
そう言いながら、ヒミカちゃんが微笑んで聞いてくれた。
「なんなのですか? その『スマホ』って?」
「よくぞ聞いてくれました!」
あたしは盛大に語った。
人間は何かをしていないとヒマで死んでしまうということ、そのために色々な必要もない職業があって、ヒマを潰すためにそんな仕事をしている人間がたくさんいること、そんなヒマを潰すために、スマホという素晴らしいアイテムが転生前の世界にはあったこと、それは誰にでも使えて、誰にも迷惑をかけることなくヒマが潰せて、おまけに勉強も、他人とのコミュニケーションも、自己承認欲求を満たすことさえもでしてしまう万能ツールだということを──
語り終えると、ヒミカちゃんが明らかに引いていた。
あぁ……。またやっちゃった。
あたし、自分の好きなことを語ると、他人から引かれてしまうの、ちっとも変わってない……。
「リエお嬢さま──」
遠いところからミレーディアさんが言った。
「お好きなことは、胸を張って、堂々と、好きとお言いください。残念なことに私にはわかりませんが、好きなものを語る者を見ているのは、こちらまで嬉しくなるものです」
そして片目を開けて、厳しい声を出す。
「そうだろう、ヒミカ?」
「そうですね」
ヒミカちゃんが、にっこり笑ってくれた。
「私も……私がどれだけミィリヤのことを愛しているかを語ったところで、他人にとってはこの子はただのかわいい子でしかありません。好きなものを語るのって、難しいですよね」
「ところであんた……」
ミィリヤちゃんが、あたしの顔をまじまじと見ながら言う。
「あんたも転生者なの? スマホのことを知ってるって……」
あっ。
しまった……。バラすなって言われてたのに、自分からバラしてしまった。
……まぁ、いっか。ヒミカちゃんはとっくに見透かしてるみたいだし。
「あぁ……。ちょっと浸かりすぎてしまいました」
そう言いながら、ヒミカちゃんが立ち上がった。
「ふー……。ちょっと涼ませてもらいますね」
うっ……?
お湯から上がった彼女の身体を見て、あたしは思わず息が止まりかけた。
ツギハギだらけだった。
色の違う肉片が繋ぎ合わされたように、彼女の裸体はグロテスクだった。
いけない、いけない。
見た目でキモいとか思ってはいけない。彼女にはなんかの事情があるんだ。そうに違いない。
「ところでリエお嬢さま」
岩の上にぺたんとその身を座らせて、ヒミカちゃんが言う。
「私に透視能力があることはもう、ご存知ですよね? 見えてますよ? うふふ……」
「あー……」
あたしは変身魔法を解いて、素顔を見せようとした。でも、マリーや両親の顔がちらついて、できなかった。
「お父さまたちから、バラすなって言われてるから……」
「お顔も確かにおかわいいですけど……」
ヒミカちゃんが、あたしの顔を覗き込んできた。
「あなたのお尻にある、その赤い立派な紋章を、みんなに見せてほしいのです。それはみんなの士気を高める大切なものですから」
「なんだって……?」
向こうでミレーディアさんがざばっと水音を立てた。
「まさか……?」
「うーん……」
あたしは変身魔法を、解いた。お尻のそれだけを──
「つまらないものですが」
真っ赤なイレズミみたいなあたしの紋章が、みんなの前にさらされた。
「うそ……!」
ミィリヤちゃんが声をあげた。
「あんたが伝説の勇者だったの?」
「そんな……! まさか……」
ミレーディアさんがざばざばと近づいてきて、あたしのお尻を食い入るように見た。
「どういうことだ、これは!? 伝説の勇者は二人も産まれるというのか!?」
「二人?」
お話を聞いてみた。
「や……。取り乱して失礼しました。じつは、うちの息子にもあるのです。お尻に、青い紋章が──」
「もしかして……。ミレーディアさんの息子って、ヒーローくんて、東洋人? 平べったい顔に、黒い髪、黒い瞳?」
「その通りですが……」
あたしはとても言えなかった。
『それ、きっと東洋人なら誰でも産まれてからはしばらくある、蒙古斑だよ』なんて──




