信用と覚悟
しばらくダラダラと汗をお垂らしになっていたお父さまが、ようやく重い口をお開きになった。
「確かに……転生者のことを──そして転生者の子をもつ親のことを考えれば、現状は心苦しい有様だと思っておった」
ヒミカちゃんが期待に顔をあかるくして、お父さまの言葉の続きを待つ。
「魔王討伐は20年前、謎の勇者『ああああ』の登場に期待を託し、実行され、しかし失敗に終わった。闘争が終わってからも、討てるものならば魔王を討ちたいという気持ちは、正直、人間族の多くの者がもっていた」
「討ちましょう」
ヒミカちゃんが、真剣な顔で申し出た。
「私は魔王城への抜け道を知っています。魔王や四機神の弱点も……。私がいる今ならば、魔王を討つことができます」
「しかし問題は……」
お父さまのお顔が厳しくなった。
「キミが信用できるかどうかだ」
「そうですよね」
気を悪くした様子もなくヒミカちゃんがうなずく。
「どうすれば信頼してもらえるでしょう?」
「腕を二本、もらえるか?」
「腕を?」
「妻の白魔法でキミを滅することができる。しかし、そこまではもちろん、しない。その代わり、両腕を捧げてもらおうか。どうだ? できるかね?」
「そんな……っ!」
覆面ヒーローくんが声をあげた。
「そんなことしたら……っ! おおきな戦力を失うことになるじゃないかっ! ヒミカはこんなにかわいいのに鬼のように強いんだぞっ!」
「その強さが恐ろしいのだ。剣を振れないようにしておかねば安心して眠れもせん」
「ヒミカは大丈夫だっ! 信用していいっ! 俺が保証するっ!」
「キミの保証にどのような価値が──?」
「ママっ!」
ヒーローくんがミレーディアさんに助けを求める。
「ママも見ただろっ? ヒミカは味方だ! だってママの危ないところを──ヘビの頭を斬り落として……!」
この男の子、やっぱり言動が不審だ。わけがわからない。
仲良くはなれそうにないなと、あたしは改めて思った。
四人のお客さまの中で唯一信頼できそうなのはミレーディアさんだけだった。その彼女が、息子くんの言葉を受けて、言った。
「正直、ヒミカはわけがわからない。何を考えているのかも……信用していいのかどうかも……」
発言するひとたちのほうを順々に見ながらただ黙っていたヒミカちゃんが、にっこりと笑うと、うなずいた。
「構いません。私の両腕、あなた方のために差し出しましょう」
「お母さんっ!?」
金髪の娘が驚いて声をあげた。
「だめ! 白魔法で受けた傷は元通りにならないんだよ!? 私、二度とお母さんの腕に抱いてもらえなくなるんだよ!?」
「ごめんね。あなたを守るためなの」
ヒミカちゃんはそう言うと、前へ進み出た。
「私の腕二本で魔王討伐が行なっていただけるなら安いものです」
「……よし」
お父さまが、お母さまに仰る。
「アレクシア、両腕を消去しなさい」
ヒミカちゃんがお母さまの前で立ち止まり、その両腕を差し出した。
「どうぞ」
その表情は落ち着いていて、微笑みを湛えている。
でも、あたしにはどこか悲しそうで、残念そうに見えた。
「もうっ! どうしてわかってくれないの!?」
金髪の娘がヤケクソ気味に叫ぶ。
「お母さんは魔族だけど、人間の……転生者の私を守って、ここまで育ててくれたのよ!?」
お母さまを見ると、かつての敵を見るお顔をしてらっしゃる。いつものお優しいお母さまのお顔ではなかった。白魔導師アレクシア・ホーリーと呼ばれた冒険者はいつもこんな険しい顔をしていたのかと思わされた。
金髪の娘ちゃんとヒーローくんが揃って駆けてきて、ヒミカちゃんの前に立ち塞がった。守るように二人で両手を広げる。
それを見て、お母さまの険しかったお顔が、少し緩んだ。
「邪魔しちゃだめです、ミィリヤ、ヒーローくん」
優しい手つきで二人を下がらせると、ヒミカちゃんが言う。
「これは信用していただくためなんです。そして私には覚悟があります」
金髪の娘──ミィリヤちゃんが怒りだした。
「なんでわかってくれないんだ、このバカ異世界人ども!」
ヒーローくんが泣きわめく。
「ヒミカは……! もう、仲間を一人殺してるんだぞっ! それだけで信用できるだろ!」
ミレーディアさんがヒーローくんの手を繋いで下がらせた。
ミィリヤちゃんのほうはハリウスが下がらせた。そういえば気づかなかったけど、ハリウスもずっとこの部屋にいたんだっけ。
ヒミカちゃんが目を瞑った。
両腕を、お母さまの白魔法の前に捧げながら──
「もう……いいでしょ? お母さま」
あたしはお母さまの背中にそっと手を触れて、言った。
「私だったらもうとっくに信用してるわ」
「そうよね、リエ……」
お母さまが身体から力を抜き、涙をぽろっと一粒、お零しになった。
「子を思う母親の心は人間も魔族も同じだわ。我が子が平和に、自由に暮らせるようになることを願っての、母親の覚悟──。こんなの見せられては私、とてもその両腕を滅するなんて……できませんわ!」
「お父さま」
あたしはゆっくり近づいていって、お父さまに抱きついた。
「リエは争いごとは嫌い。信じ合うことでしか私たちはひとつになれないのよ? ヒミカさんは覚悟を見せてくれたわ。これで信じてあげないのはスライムと同じ臆病さよ。ね? 彼女を信じてあげましょう」
「甘っ……」
お父さまがそう言いながら、涙をぽろっとお零しになった。
「でも……私も……甘いな」
「お嬢さま、好き!」
そう言いながらミィリヤちゃんがものすごいスピードで抱きついてきた。ケホ……なんだ、この子のダッシュ力──
「いいやつだな!」
ヒーローくんが遠巻きにあたしのことを全身で褒めた。
「おまえ、いいやつだ! リエって名前も好きだ!」
「……いいのですか?」
ヒミカちゃんがホッとした表情で、腕を引っ込めた。
「……では、魔王討伐の件、協力していただけるのですね?」
「それは国王に伺いを立ててからだが……」
お父さまがいつもの甘いお顔に戻って仰る。
「しかし、本当に勝機はあるのかね?」
「もちろんです」
ヒミカちゃんがにっこり笑った。
「私がいることもありますが……転生者の力を合わせれば、必ず討つことができます。何より、お尻に紋章をもつ『伝説の勇者』の存在があれば──」
お父さまが「うっ?」と声を詰まらせた。
お母さまが「ひっ?」と悲鳴をあげかけた。
ヒーローくんがなんだか偉そうにのけぞった。腕を組んで、必要以上に胸を張る。意味不明だ。
ヒミカちゃんが、意味ありげにあたしのほうを見てくる。
あたしはただ、思った。
『伝説の……。あー、庭師のマルクの言ってた、でんぶに紋章あるっていう……』
そして、ため息を吐いて、背中の後ろで手を組んだ。
『めんどくさ……。血なまぐさい戦いなんかしないで、スマホゲームで決着つけたらいいのに』




