これってテロリズム?
『テロだ……』
ヒミカちゃんの話を聞いて、あたしの頭にその言葉が浮かんだ。
『これってテロリズムだ。イスラム原理主義ってやつだ。……いや、学校で習ったところによると、イスラム原理主義は元来穏健な、単に西洋的なものを排して昔ながらの生活を守るみたいなものだったはず。過激派と呼ばれるひとたちがムチャなことをするだけで……って、あれ? これ、学校で習ったんだっけ? あぁ……、違う! 自分でスマホで調べたんだった!』
あたしが頭の中でそんなことをゴチャゴチャ思っているうちにも、ヒミカちゃんとお父さまの間で会話が続いていた。
「この魔族め! そんな厄介な話を私の元へ持ってくるんじゃない!」
「辺境伯さまだからこそ、ご相談に上がったのです。人間族の長に次いで二番目に権力をもつという、辺境伯さまだからこそ」
ヒミカちゃんの態度はあくまでも堂々としてる。
「どうかご一考を──」
「今は今のままで平和なのだ! キミは平和を壊したいのかね? キミが平和に飽きて暴れたいだけではないのか?」
「確かに平和です」
ヒミカちゃんの顔は真剣だ。
「ですが──、その平和は転生者の犠牲の上に成り立っています。いえ、正確に申し上げるなら、人間族は素直に転生者が産まれても差し出してはいないので、ズルをしている格好になっています。魔王に喰われても文句を言わないというだけで──」
みんなが黙ってしまった。
ヒミカちゃんの言う通りだからだ。
「自分の子を魔王に食べられても心から納得している親なんていないと私は信じます。私だって、この子がもし、食べられたら……」
金髪の子の頭を愛しそうに撫でながら、ヒミカちゃんが続ける。
「そんな現状が、果たして本当に平和だなどと、言えるでしょうか?」
うーん……。
あたしは考え込んだ。
はっきり言って、自分が約束通り、魔王さんに差し出されてないことには罪悪感を覚えていた。
でも、だからといって、食べられたいかといえば、嫌だし──
そうか。
魔王さんをやっつけちゃえば、すべては丸く収まるんじゃない? 魔王さんには悪いけど。
この世は弱肉強食だって、社会評論家の増永さんもスマホニュースの中で言ってた。強いほうが弱いほうを喰らうんだ。それならあたしが魔王を喰ってしまえばいいんじゃない?
「魔王を打ち倒せば、転生者たちも自由になって、堂々と素顔をさらして街を歩けます」
ヒミカちゃんの言葉に、あたしは思わず「おぉっ……!」と声を漏らした。
「転生者の子をもつ親たちも、いつ魔王に見つかるかという不安から解き放たれます。それでこそ本当に平和だと言えるのではないでしょうか?」
お父さまが「ウーン」と唸って、苦しみはじめた。
あたしは心中を察し、そっと寄り添ってあげた。
無理もない。こんな話、軽く受けて、テロ行為をやって、もし失敗したら、すべてはお父さまの責任になるのだ。
国王さまに相談しても、国王さまの答えは予想できる。『すべておまえに任せる』──うわ、過酷! それなら……
「わかりました」
あたしは手を上げた。
「このテロ計画、あたしが全責任を負いましょう」
ぱしっ! と後頭部をはたかれた。
そのままその手をあたしの頭の上に置いて、あたたかい体温を伝えながら、お父さまが言う。
「確かに──。転生者を子にもつ親の気持ちは、私もわかるつもりだ」
あくまであたしが転生者だということは隠したいらしい。
「私だって……魔王ヴンがこの世からいなくなればいいと何度思ったことか……」
「ならばご決断を」
ヒミカちゃんがお父さまに迫る。
「同じことですよ、20年前の、魔王討伐を少数精鋭で秘密裡に遂行しようとしたのと──」
「しかし……あの時、魔王のあまりの強大さに、勇者パーティーは敗北したのだ」
ふと見ると、お母さまとミレーディアさんが、悔しそうに下を向いていた。
「私は行けなかったが、人間族随一の力をもつ六人をもってしても、魔王一人に敵わなかったと聞く」
「魔王一人ではありませんでした」
ヒミカちゃんがにっこり笑う。
「魔王の側近──『四機神』が魔王さまをお守りしていました。そのうちの一人の私、四機神三席であり『殺戮機械』と呼ばれる私が、今はあなた方の仲間です。そして、四機神四席──『ドラゴニュート』のヴァルキュロスは悲しいことに、つい先日、不慮の事故により命を落としており、不在です」
ヒミカちゃんが仲間の死を悼むように顔を伏せた。
優しそうな子だ。いくらこれから反旗を翻そうとしていても、かつての仲間の死は悲しいのだろう。あたしも思わずもらい泣きしてしまいそうになった。
「四機神のあと二人は健在なんだろう?」
ミレーディアさんが、なんだかヒミカちゃんのことを怖い目で見ながら、言った。
「私たちパーティーが敗北したのは、あの二人がいたからと言っても過言ではなかった」
「健在ですよ」
顔を上げるとヒミカちゃんは笑っていた。
「ですけど、大丈夫です。私は彼らの弱点を知っています」
「やろうよ、ママ!」
ミレーディアさんの息子──覆面不審者少年が急に大声を上げた。
「すべてヒミカの言う通りだ! 魔王さえやっつければ、俺たち素顔をさらして堂々と街を歩けるんだよ!」
「あなたは黙ってなさい、ヒーローちゃん」
ミレーディアさんがその子の名前らしきものを呼んだ。
「こんな話、まずはこのクソ魔族のことが信用できるかどうかだわ」
ヒーローちゃんか……
その名前を聞いて、思わずあたしはプッと吹き出してしまった。
なんだ、その名前。恥ずかしすぎる。
「私は転生者である自分の娘を守りたい」
ヒミカちゃんがミレーディアさんにそう言い、次いでお父さまのほうを見て、言った。
「そして国じゅうの転生者さんたちに自由をあげたいのです。辺境伯さま、ご決断を──」
あたしはお父さまの顔を見た。
汗をダラダラ垂らしてらっしゃる。
お母さまの顔も見た。
お父さまにすべてを託すように、ただまっすぐ立ってらっしゃる。




