俺の名はヒロアキ、死んだ恋人を懐かしむ者だ
「み、ミレーディアさん……」
ヒミカが膝に手をついて、立ち止まった。
「きゅ……、休憩しましょうよ」
村を離れてから、ほんの3キロぐらい歩いたところだった。ヒミカがもうバテた。一時間も歩いてない。俺もママもまだまだこれから歩く気満々なところだったので、「えぇっ……?」と振り返った。
「お母さん、大丈夫?」
七歳のミィリヤのほうがまだ元気だ。
「ふぅん……? スタミナ、ないのね」
ママが『弱点、見つけた』みたいにニヤリと笑う。
「しょうがないよ、ママ。ヒミカはか弱い女の子なんだよ」
俺がフォローした。
そういえばヒミカは剣士なのに、いつも白いローブ姿だ。鎧とか重たくて着られないのだろうか……かわいいな。
「行くわよ」
構わず歩き続けようとしたママを、俺が引き止めた。
「俺も休憩したい。ちょっと座って行こうよ」
俺は美少女の味方なのだ。
ヒミカが岩の上にへたり込み、息を整えてる。
あたりは見晴らしのよい街道で、遠くに森が見えている。
その森の手前を、何か黒い小さな点が、こっちへ向かってやって来るのが見えた。
「あ、馬車だわ」
ミィリヤが言った。
「へ?」
俺は思わずツッコんだ。
「あんな遠いのに、馬車だってわかるの? おまえ──」
「おまえって言うな」
殴られた。
「アレクシアが迎えを寄越してくれたのね」
ママが誰かの心を読んだみたいに、そう言った。
俺たちが座って見ていると、だんだんとそれが近づいてきた。ミィリヤが言った通り、それは四人が余裕で乗れるぐらいの大きさの、馬車だった。
「ミレーディア・アースガルドさまの御一行ですね?」
馬車は俺たちの前で止まり、初老の御者が聞いてきた。
「辺境伯さまの使いの者でございます。お迎えにあがりました」
「た…、助かりましたぁ……!」
ふにゃけた顔で笑うヒミカがかわいい。
俺とママが並んで座り、向かいにヒミカとミィリヤが並ぶ。
目には見えないが、ママとヒミカの間にはずっと殺気のようなものが漂っている。
ヒミカはずっとニコニコしているけど、腰に差した剣の束をずっと握ってる。ミレーディアもいつでもムチムチ・ソードを抜ける脱力姿勢で、ずっと警戒するように睨んでいる。俺はただハラハラドキドキしながら座っていた。
「あら? 火事でもあったの?」
ミィリヤがふいに遠くを眺めて言った。
「はい。昨夜、大規模な山火事がありまして……」
御者が振り向いて答えた。
「旦那さまがいらっしゃらなければ大事になるところでした」
窓の外を見たけど、そんなものは見えなかった。緑の森が何事もなく続いているだけだ。
不思議そうにしている俺に、ヒミカがかわいい声で教えてくれる。
「ふふ……。ミィリヤはね、『遠見』の能力もちなんですよ」
俺はヒミカの顔を見つめてそれを聞き、すぐに目をそらした。だめだ、かわいすぎて正視していられない。
でも、そうか……。転生者は大抵、チート能力を授かっているものだと聞く。ミィリヤのそれは遠くのものが見える能力なんだな。
あれ……?
そういえば……俺の能力って、何?
尻に紋章をもつ勇者の俺なのに、今のところ俺には特別な能力があるようには思えなかった。大器晩成ってやつなのかな? ミレーディアのムチムチ・ソードを見切れたほどの俺だ、きっとそのうち恐ろしいほどの剣の才能が開花するのだろう。
「そんな風にヒロアキを見つめるな」
ママがヒミカを睨み、守るように俺を抱き寄せた。
「キサマの心は読めん。油断はせんぞ」
チラッと横目で確認すると、ヒミカはまるでステージ上のアイドルのように、俺を見つめて微笑んでいる。まるで俺に恋するように──
あ、と思い当たることがあった。
ママは俺を溺愛している。保護者というより守護者という感じなほどに。
俺のチート能力って、もしかしたら『女性から愛される能力』なんじゃないだろうか。俺もママのことを愛しているが、ママは俺を愛しすぎだ。
そういえば前世からそんな能力を自分の中に感じてはいた。実の両親からは6人兄弟のうちの一人ぐらいにしか扱われてなかったが、あの美少女にしてスマホ中毒患者の小早川リエと恋仲になっていたのだ。俺は美女から愛される天才なのかもしれない。
まぁ……でも、リエは死んでしまった。
死んじまってるんだよな、たぶん……
俺の脳裏に懐かしい美少女の顔が甦った。
自分が大好きで、それでいて自己評価の激しく低い、矛盾した女の子の顔が。
芸能界にいてもよさそうなのに、オーディションとか受けて落ちたら傷つくと言って頑なにSNS配信だけをやっていた。友達は幼馴染の齋藤さんとスマホだけ。誰にも心を開かないようでいて心の奥はとても優しい──そんなミステリアスな美少女と俺は恋人同士だったんだ。
しかし、アイツはもう、いない──
俺を愛したあの美少女は、もう、どこにもいないんだ──
仕方がない、これからはヒミカに愛されることにしよう。
これからきっと、俺は目の前に座るこの美少女と、感動的な恋愛ドラマを繰り広げることになるんだ。この、俺の、女性から愛されるチート能力で。
「ヒロアキちゃん……」
俺の考えてることを読んで、ママが言った。
「あなたにそんな能力があったら、ミィリヤちゃんにも……」
うん。ミィリヤからはなんか俺、嫌われてるようだ。
たぶん『転生者にはチート能力が通用しない』とか、そういう設定なんだよ、たぶん。うん。
そのミィリヤが数分前に言った通り、馬車の窓の外には山火事の跡が見えていた。
「あ、すごい立派な建物──。お城みたい」
ミィリヤがそう言った数分後、丘の上に、まるで城のように立派な、辺境伯の邸が見えてきた。
中はまるで写真でしか見たことのない、ヨーロッパの城の中みたいだった。
俺たちはしばらくロビーで待たされていたが、やがて上の階からへんなヒゲをたくわえた、ひょろりとした紳士が降りてきた。それに引き続いて綺麗なご婦人と、女の子も降りてくる。
ミレーディアが嬉しそうに立ち上がった。
「アレクシア! 久しぶりね!」
アレクシアと呼ばれたのは中年男性の後ろについて降りてきた綺麗なご婦人だ。このひとがママの昔のパーティー仲間、白魔導師のアレクシア・ホーリーらしい。精悍なタイプのママとは対照的にふくよかで、大人しくてか弱い感じのひとだ。中年女性二人がまるで少女みたいに笑顔で手を振り合う様子は見ていてかわいらしかった。
「どうも、お待たせしました」
へんなヒゲのオッサンが言った。
「私が辺境伯、アンドレアス・ド・ラ・フォンティーヌです。こちらが妻のアレクシア……」
三人並んだところで、みんなを紹介してくれた。
「そして娘のリエです」
リエ──?
その名前に反応して、俺はその娘を勢いよく見つめた。
違った。金髪で、そばかすだらけの、あんまりかわいくはない、俺と同い年ぐらいの女の子だった。
まぁ、リエって名前、ありふれてるらしいもんな……。
「あらあら」
俺の隣で、ヒミカが言った。
「リエさん……かわいい娘さんですね」
そして何かを見透かしたように、なんだかクスクスと笑った。




