辺境伯アンドレアス・ド・ラ・フォンティーヌ
「すげーな、リエ!」
チビにゃんが楽しそうに叫んだ。
「か、火事ッスーー!」
チョロさんが泣き叫んだ。
「こ、こんなもの!」
巨人さんが炎を振り払った。
ハリウスはどこかへ飛んでいったままだ。
炎を見て、二頭の馬たちがパニックになってる。
「まぁ、でも、やりすぎだ」
チビにゃんが真顔になって、あたしに言う。
「消してくれ」
「そ……、そう言われても……」
火炎魔法は結構得意だけど、水魔法には苦手意識があった。だってあたし、カナヅチだし──
メラメラと炎が燃え広がり、黒い煙が空へ──
その時、あたしたちの前に、ひょろりと背の高い男性の後ろ姿が、突然現れた。
あたしは叫んだ。
「お父さま!」
寝間着姿だった。
お父さまがサッと空に向かって片手を上げると、みるみる黒い雲がそこに集まる。
「ゲリラ豪雨」
お父さまの詠唱と同時に、滝のような雨が地面をどかーん! と叩き、あたしたちは押し潰されるように倒れた。
山火事はあっという間に収まっていた。
お父さまがこちらを振り返る。
あたしたちは豪雨をモロに浴びたのに、ちっとも濡れてらっしゃらない。
三日月の下、その形相が鬼みたいだった。いつものヘラヘラしたお父さまじゃない──。
「アンドレアス・ド・ラ・フォンティーヌ辺境伯……」
チビにゃんが緊張した声でその名を呼んだ。
「まさか……そっちからリエを迎えに来てくれるとは……」
お父さまがてのひらをチビにゃんに向けた。
「消えろ」
「待って!」
咄嗟にあたしはその前に立ち塞がった。
「この子、あたしの友達なの!」
「ゴアアアア!」
棍棒を振り上げて、後ろから巨人ガンガロスがお父さまに襲いかかった。
振り返りもせず、お父さまがそっちに手をかざすと、巨人さんは氷漬けになって動きを止めた。
「リエ……。火事はおまえの仕業か」
お父さまがいつもと違う。
「どうしてこんなに魔族の者がいるんだ」
「う……、噂は本当だったみたいッス!」
後ろのほうで完全再生したチョロさんが叫んだ。
「コイツが魔王討伐パーティーに加わっていれば、魔王討伐は成功し、魔族領は人間に占領されていただろうって、あの噂は──!」
チョロさんに向かって手をかざそうとしたお父さまの前に、あたしは移動魔法で手を広げて立ち塞がった。
「なぜ──、魔族の者を庇う?」
「友達なのっ!」
チビにゃんが後ろで立ち上がり、びしょ濡れの頭をぺこりと下げた。
「クロ・チビと申します。魔族でありながら転生者です。お嬢さんには前世で命を助けられかけました。結果的には死んで、こちらに転生しましたが──」
「て……、転生者だと……?」
その単語を聞いて、途端にお父さまがオロオロしはじめた。
「リエの異世界での友達だったのかい? まさか……リエ、その魔族の女も私に匿えというのではないだろうね? リエはいいとして、アレクシアの友達が連れて来るという二人を合わせて、四人も……? む、無理……」
ガクガク震えながら、チョロさんのほうも見て、聞く。
「ま……、まさか……そっちの魔族の女も?」
チョロさんが明るい声で答えた。
「あっ! アタシはただのアマゾネスですんで、大丈夫ッス!」
「ご迷惑はおかけしません」
チビにゃんが礼儀正しく頭を下げる。
「私たちは魔族ですが、流浪の民──。人間に危害は加えません。ただ、美味しいおやつをみんなに届けようと、魔族領と人間領を股にかけて旅しております」
「通行手形は持っているのかね?」
「持っておりません」
「それじゃ、不法侵入者だな」
「待って! お父さま!」
あたしが間に割って入った。
「チビにゃんのおやつ、本当に美味しいの! チューるるっていうの! お父さまも召し上がったらきっと虜になるわ」
チビにゃんが腰につけていた革袋から、モンブラン色のそれをにゅるるっと出した。あたしは指でそれをすくってペロッと舐めると、にっこり笑い、お父さまにも差し出した。
ふつうならお父さまは警戒して、けっして舐めてみたりはしないところだろう。でも、あたしの人差し指についたそれを見ると、厳しいお顔をゆるめて、ペロッと舐めてくださった。
お父さまの笑顔が、とろけた。
「ね、美味しいでしょ? あたしに免じて、特別にチビにゃんに通行手形を発行してあげて」
「し、しかしだなぁ〜……」
身も心もとろけかけていたお父さまが、シャキッと背を伸ばし直した。
「通行手形は私の一存で発行してやれるものではない。それに……チビにゃんとやら、危険ではないのかね? 外見的に異質なところのない転生者が、それでも転生者だとバレるのは、この世界にはないものを持ち込むからだ。こんな、この世のものとも思えないような、とろけるスウィーツをみんなに配って回っていては、そのうち魔王ヴンに捕まるのではないかね?」
「たとえ魔王に捕まって喰われても、私はこの世にチューるるを広めたいのです」
堂々と言い切ったチビにゃんに、お父さまが胸を打たれたような顔をした。
「ね? 私のお友達は、愛と夢と希望にあふれたひとなの! けっして悪いひとではないの! 見逃してあげて!」
「り……、リエがそう言うなら……」
「ありがとう!」
やっぱり娘には甘いお父さまに、抱きついて、ほっぺたにキスをした。
「しかしリエ……。この山火事の責任はとりなさい。再生魔法を習得し、何年かかってもよいから森を元通りにするのだ」
「はい!」
あたしは元気よく返事をした。
楽しそうだ、面白そうだ。いい暇つぶしになりそうだ。
「では……邸に帰るぞ。こっちだ」
お父さまが歩きだした。その背中をあたしはついて行った。
振り返って、チビにゃんに手を振ると、彼女も手を振り返してくれた。
「困ったことがあったらいつでもこの森に向かって叫んでくれ。オレは耳がいい。いつでもオマエのために駆けつける」
目を猫みたいに笑わせて、チビにゃんが言った。
「オマエは恩人だからな、リエ」
お父さまの腕につかまって、帰り道を歩いた。気がつくといつの間にかハリウスも並んで歩いていた。
なんか今夜はハチャメチャだったけど、楽しかった。
スマホゲームの中の世界に入り込んだみたいだった。
明日はもっと楽しみだ。
初めて他の転生者さんに会える。
スマホの話ができるかも!




