99話 クランキー・キッド
「おらおら、もう終わりかァ!?」
「くそったれっ」
「そんな攻撃当たらないよ~」
「ちょこまかとすばしっこいでわね」
ラドクリフ・ベルンツベルン対【爆弾魔】クランキー・キッド。
ルマンド・カッツェ対【操り人形】ミルキー・チェダーチーズ。
最上級魔術師の戦いは苛烈を極めていた。
残っていた「帝国十師」の二人は既に戦闘不能に陥り、ラドクリフとルマンドは終始押されている。
ラドクリフはクランキーの爆発魔術を氷魔術で防ぎながらカウンターを狙っているが、未だにクリーンヒットがない。
ルマンドは植物魔術で捉えようとするが、ミルキーは飛行能力のある人形に抱えられて中々補足できない。加え、隙を見ては他の人形が襲ってくるので一瞬も気を緩められない。
((これが幹部の力か))
ラドクリフもルマンドも、国内屈指の魔術師。一度戦場に出れば一騎当千の実力を誇る。
そんな二人であっても、【純血使徒】の幹部とは明確な地力の差があった。
だが、力の優劣で勝敗が決まる訳ではない。
国を守り続けてきた大貴族はその事をよく知っている。
「ファイアード・ボムズ!」
「アイシェード・ウォール!」
クランキーが両手を突き出し、拳サイズの爆発弾を放ち続ける。ラドクリフは前面に氷の壁を出現させて防御するが、ズドドドッ! と連続爆撃に耐えきれず氷の壁が削られていく。
「しつけ~野郎だな! いい加減落ちろよ!」
「……」
氷魔術は、攻撃と防御のどちらが優れているといえば防御寄りだろう。
クランキーの激しい爆撃を浴び続けてまだ生き残っていられるのは、ラドクリフが防御力の高い氷魔術の使い手だからである。
他の魔術師ならば、爆撃に耐えきれずとうに爆散していたはずだ。
「フレファディア・エクスプロージョン!」
じれったくなったのか、クランキーは最上級魔術を発動する。
ラドクリフを中心に大爆発が巻き起こり、氷の壁ごと一帯を消し飛ばした。
「はっはっはァ! ようやく消し飛んだか!」
「この時を待っていたぜ」
「はっ――うごっ!?」
狼狽するクランキー。
大爆発により灰となったはずのラドクリフが、突然背後に現れぶん殴ってきたからだ。
(くそ、何をしやがった!?)
クランキーは分からないだろう。
ラドクリフが氷魔術で自分の分身となる氷像を作っていたことなど。
彼はクランキーと戦ってすぐ、真正面から勝つことは難しいと判断した。防御を主体とした持久戦に切り替え、クランキーが隙を作るまで耐え我慢する。
痺れを切らしたクランキーが強力な魔術を発動する気配を察知したラドクリフは、ここぞばかりに氷の分身を作って離脱。
背後に周り、大爆発によって自分を殺したと勘違いしたクランキーに奇襲を仕掛けたのだ。
「アイスベルン・アルミューレ!」
「何っ!?」
「おおおおおお!」
「が、ぐ、ごは!?」
ラドクリフは、最上級魔術である氷の鎧を身に纏う。
攻撃の手を緩めず、鍛えた上げた肉体で何度もクランキーを殴打する。彼は魔術師でもあるが、体術にも長けている。
【魔術師殺し】のギンガナムほどではないが、氷の鎧を身に纏った上で、身体強化の強度を上げるために鍛えた肉体から繰り出される猛攻は、まさに【氷獣】と呼ばれるほど苛烈だった。
「おらぁぁあああ!」
「がっ!」
殴る、殴る、殴る。
止まらない怒涛のラッシュ。
チャンスは一度きり。ここで仕留め切らないと二度とチャンスは巡って来ない。ラドクリフは全てを出し切り、クランキーの息の根を止めようとした。
だが――、
「調子に乗ってんじゃ、ねぇよ!」
「っ!?」
――一つ誤算があるとすれば、クランキーもただの魔術師ではなかったことだ。
ラドクリフが放った拳を受け止められる。
さらにクランキーは肘を爆発させ、推進力を得たスピードとパワーによる拳打を喰らわせた。
「ぐぉ」
「やられた分残らずやり返してやっからなぁ!」
反撃が始まる。
クランキーは身体の至る所を爆発させ、推進力を上乗せした打撃を与えていく。不規則な攻撃にラドクリフは対応できず、成すがままに殴られ続けた。
「死ねや」
「がはっ!」
最後に殴られた腹が爆発し、ラドクリフは煙を吐きながら白目を剥く。バタリと、力尽きるように背中から地面に倒れた。
「はぁ、はぁ……ぺっ。手こずらせやがって」
気絶して倒れるラドクリフを見下ろし、口に溜まった血を吐き捨てる。
「帝国十師」の連中よりは歯応えがあったが、自分を負かすほどではなかった。
「おいミルキー、こっちは終わったぜ。お前も遊んでないで早くしろよ」
「え~、だってこの人私と相性悪いんだも~ん。手伝ってよ~」
「うっせぇ、自分の敵ぐらい自分でやれや」
(ラドクリフ……)
倒れている仲間を見つめるルマンド。
ラドクリフが強いことは誰よりも知っている。そんな彼でさえ、幹部に敗れてしまったのか。
これで戦況は二対一、圧倒的に不利な状況に陥ってしまった。
目の前のミルキー一人でさえ倒せないのに、相性が悪い爆発魔術を使うクランキーが参戦してきたら絶対に勝てない。
ラドクリフの生死は不明だが、ここはもう撤退するしかない。
ルマンドがそう判断を下した、その時だった。
一筋の雷が戦場に降り立つ。
「おいおい、お前も帝国に来てたのかよ!」
その姿を目にしたクランキーは、心底嬉しそうに彼の名を呼んだ。
「リオン・エルファルド! やっとテメエをぶっ殺せるぜ!」
リオン・エルファルドが、レイラ・ベルンツベルンを抱えて現れた。
◇◆◇
(クランキーにミルキーのコンビか。結構ヤバい状況だな)
レイラを連れて爆発が起きた所に来てみれば、まさかクランキーとミルキーが来ていたとはな。どうやら幹部はあの二人だけで他はいないらしい。
そしてミルキーはルマンドと戦っている最中で、ラドクリフは地面に倒れている。まさか……死んでしまったのか?
俺はまた間に合わなかったのか?
「お父様!」
倒れている父にレイラが慌てて駆け寄る。呼吸を確認する彼女は目を見開き、
「息を……していません!」
「なっ」
「いえ、必ず回復させます! 死んでは駄目です、お父様!」
諦めず、レイラは治療魔術でラドクリフの蘇生を試みる。
頼むぞレイラ。もう大切な人を失いたくないんだ。どうにかラドクリフを助けてくれ。その間に、俺は敵を片付けるから。
「お~お~、良い顔じゃねぇか。仲間が殺られて怒ったか? オレはテメエのスカした顔にムカついてたんだよ。やっと思い描いていた顔が見れて嬉しいぜ」
「言いたいことはそれだけか? 貴様はもう死ぬのだぞ」
「はっ! その言葉、そっくりテメエに返してやるぜ!」
吠えるクランキーが爆発を利用した速度で突っ込んでくる。怒涛の連撃を見極め溢さず捌いていく。
(どうやらラドクリフとの戦いで消耗しているようだな。まぁ、それは俺も同じだが)
魔力に余裕はあるが、エルファルド・ウル・ボルテックスの反動が大きい。あの魔術は最強の切り札だが、身体に負担が大き過ぎる。
連発は不可能。他の魔術を駆使して倒すしかない。
助かったのは、ラドクリフとの戦闘でクランキーも大分消耗していることだ。十八番の爆発魔術を使わず突っ込んできたのは、こいつも魔力が残っていないということだからな。
「オレはずっと、テメエの面をぶん殴りたかったんだよぉ!」
「残念だったな。お前の願いは一生叶わない」
「がはっ!?」
肘で顎をかち上げる。体勢を崩したところで攻守交替。今度は俺が殴り続ける番だ。
「喧嘩の延長戦で俺に触れられると思ったのか?」
「ぐ、ご、が」
「貴様とは二度戦っているが、何も学んでいないんだな。だから貴様は弱いんだ」
確かに爆発魔術を応用したクランキーの体術は恐ろしい。
拳や脚を出す瞬間に爆発させることで、攻撃の認識をズラすことができる。
当たらないと思ったのに当たった!?
受けたと思ったのに受け切れなかった!? という具合でな。
並みの人間だったら対処できないだろうが、体術を極めている者であれば防ぐのは難しくない。
直線的な攻撃。バレバレの視線。誘導や組み立てもない、ごろつきの喧嘩殺法。感覚をズラされることを予測すれば容易に対処できる。
「クソがァァ!」
(上に逃げたか)
クランキーは両足を爆発させ、上空へと離脱する。宙に留まり、呼吸を整えながら憤怒の表情で俺を見下ろしていた。
「はぁ、はぁ……つくづくムカつく野郎だぜ! いつもいつもこのオレをゴミみたいに見やがってよぉ! 許さねぇ、絶対に殺してやる!」
(残りの魔力を溜め始めたか)
「この魔術でくたばりやがれ! 逃げらんねぇぞ! テメエの仲間ごとぶっ飛ばしてやるからなぁ!」
「ちょっとクランキー! 私まで巻き添えにする気!?」
「へへ、悪いなミルキー。自分で何とかしてくれや!」
考えたな。俺が手を出せない上空で魔力を溜めて、俺が回避できないようレイラ達を巻き込むほどの強力な魔術を放つつもりか。
だがなクランキー。
お前は勘違いしている。空は雷魔術師の領域だぞ。
「くたばりやが――」
「ジャッジメント・ジオボルテックス」
「――ギャアアアアアアア!?!?」
クランキーが魔術を発動する間際に、幾つもの落雷が奴に降り注ぐ。
さらに落雷によって発動しようとした爆発魔術が暴発したのか、クランキーの身体を中心に大爆発が起きた。
汚い花火だな。
最後は自分の爆発で死ねなんて、お前に相応しい最後だよ。
さて、やっと一人片付けた。
残りはあと一人。
「クランキーちゃん! リオン、よくも殺ってくれたわねぇ!」
「次はお前の番だぞ、ミルキー」
「おい、これはどういう事だ」
「「っ!?」」
ミルキーを倒そうとしたら、突如乱入者が現れた。
そうだよな……帝国なんだからお前が来ない訳ないよな。
「アルフォート・ロッテ」
「リオンか……お前が来ていたとはな」
【純血使徒】幹部にして、デモルト・ブラックロードに次ぐ魔術師、【黄昏】アルフォート・ロッテ。
幹部の中でもこいつだけは、俺も集中を研ぎ澄ませて死力を尽くさなければ勝てない相手だ。それに加え、今は連続戦闘でかなり消耗しているからな。
「ミルキー、クランキーはどこにいる」
「たった今、リオンに殺されたところよ」
「そうか……」
仲間が殺されたと聞いても微塵も動揺しない。こいつにとって他の幹部はどうでもいい駒に過ぎないのだろう。
「ならば退くぞ」
「ちょっと待ってよ! ここでリオンを殺さなくていいの!? あの子は裏切り者で、クランキーを殺したんだよ!?」
「我々の目的は十分に果たした。これ以上ここに留まる意味はない。それにリオンは……」
「……」
「“あの御方”の得物だ。邪魔をするなら排除するが、今はその時ではない。退くぞ」
「も~、分かったわよ~」
アルフォートには逆らえないのか、ミルキーは怒りを堪えて姿を消した。恐らく俺も持っている転移能力がある魔道具を使ったのだろう。
「リオン、お前はいずれ絶望するだろう。その時が来るまで精々足掻くといい」
最後にそう言い残して、アルフォートも姿を消した。
ふぅ……終わったか。素直に退いてくれたのはありがたかったな。俺もこの状態でアルフォートと戦いたくはなかった。
そうだ、ラドクリフはどうなった?
俺はレイラに駆け寄り、ラドクリフの状態を尋ねる。
「どうだレイラ」
「以前危ない状態ですが、息を吹き返しました」
「そうか! よくやったな、レイラ」
「はい」
瀕死の状態からよく生還させたものだ。
ここに来て、レイラの治療魔術も開花してきたのだろうか? 何にせよ、今回は彼女に凄く助けられたな。
「助かったわ、リオン」
「いえ、遅れて申し訳ありません」
お礼を言ってくるルマンドに、俺は申し訳なく返す。
俺が闇の魔術師の幻術になんかにかからなければ、もっと早く助けに来られたのに。
「奴等はもう行ったの?」
「そのようです。ただ……」
「ええ、目的は果たしたって言っていたわね」
アルフォートはそう言っていた。
それはつまり、帝国は壊滅したという意味。
折角物語を変えようとしたのに、結局俺は帝国を守り切れなかったんだ。
「くそ……」
炎上する帝都を眺め、俺は自分の不甲斐なさに怒りを抱いたのだった。




