100話 クーデター
「はぁ、はぁ……やっぱ撫子の剣術は凄いなぁ」
「なんのなんの。カイト殿こそ、この短期間で凄まじく成長しているでござるよ。花鳥風月の風も会得してしまったしの」
肩で息をするカイトと、腕を組む大和撫子。
今まで二人は剣の鍛錬を行っていた。
というのも、砂の国アメンに滞在している彼等は、いずれ襲ってくる【純血使徒】を待ち構えているのだが、その時まで強くなりたいとカイトが剣の指導を撫子に頼んだのだ。
長期夏季休暇の合宿で仙亀の玄と修行したり、その後も鍛錬を続けたことで大分上達したが、剣術を極めている侍と比べてはまだまだ荒い所が見える。
魔術を使えない自分が今よりも強くなるには剣術を磨くしかないと、撫子に指導を頼んだ次第だった。
「ぷは~、オアシスの水は美味いな~」
(それにしてもカイト殿の成長には驚かされるでござるな)
余程喉が渇いたのか、ぐびぐびと水筒から水を飲むカイトを見つめる。
魔術大会で戦った時のカイトは凄まじかった。剣に荒さはあったものの、膂力と剣速が尋常ではない。
一緒に鍛錬を始めてから剣術もメキメキと研ぎ澄まされ、大和家の技である花鳥風月の一つも会得してしまった。素直なのか教えた事をすぐに吸収するし、才能もある。
恐らく今のカイトと戦ったら勝つのは難しいだろう。
(いや、拙者も強くなっているでござるよ)
同等の力を持つカイトと日々鍛錬したことで、撫子も実力を伸ばした。
今の自分なら、母の仇である森永明治とやり合えるはずだ。もう、魔術大会の時のように無様な姿は晒さない。それに、リオンとの戦いで森永明治も無敵ではないと改めて確認できた。
(リオン殿……強かったでござるな)
魔術大会の時、リオンは【純血使徒】の幹部四人を圧倒してみせた。その時撫子は気絶しており直接は見られなかったが、投影魔術を録画していた魔道具を借りて確認している。
凄まじいの一言だった。
あの森永明治と一対一で剣を重ねても全く引けを取らない。さらに魔術を併用して使うことで翻弄し、容易に斬り伏せてみせた。
共闘して鬼を斬ったことや、伝説の八岐大蛇を倒したことでリオンがどれほど強いか分かっているつもりだったが、改めてあの戦いを知ると魔術どうこうより純粋な剣技が素晴らしかった。
侍の型とは違うが、リオンの剣は既に極致に達している。
身体の使い方、呼吸、間合い、判断力。全てにおいて文句がなく、一剣士として見惚れてしまう。一体、どれほどの鍛錬を行えばあの若さで極致に至れるのだろうか。
自分が目指すべきは、リオンの剣だった。
「お~い、撫子、どうしたんだ?」
「おっとすまぬ、考え事をしていたでござるよ」
「そっか。そろそろ休憩しよう」
「うむ」
「「――っ!?」」
カイトに促されて王宮に戻ろうとしたその時。
強大な魔力を感じ取った二人が後ろを振り返ると、遠くからスフィンクス像が飛んでくるのを目にした。
「カイト殿」
「ああ……いよいよだな」
「王様! 闇の魔術師が来ました! 恐らくグリコです!」
「うむ、ついに来たか」
臣下から報告を受けたオシリス王は、厳しい表情で頷いた。
イシスの予言で【純血使徒】が国を滅ぼそうとするのは事前に分かっていた。奴等を撃退するための準備は万全。
闇に堕ちた弟にこの国は決して渡さない。
「皆の者、時が来たぞ! 戦争準備に入れ! 市民を地下に避難させ、カイト殿やアズマの者達にも伝えるのだ!」
「「はっ!」」
オシリス王の命令により、臣下が王宮を駆け回る。
場内が慌ただしくなる中、一人の臣下がオシリス王に近付く。
「王様、もう一つご報告がございます!」
「何だ」
「それは、お前が死ぬことだよ!」
「ぐぉ!?」
予想だにしない不意打ちだった。
突如、近づいてきた臣下がナイフでオシリス王の腹を突き刺した。狼狽するオシリス王は臣下に問いかける。
「何故、こんな真似を……」
「へっ、当たり前だろ! 貴族を蔑ろにして平民なんかに富を与えやがってよ! 俺達貴族はグリコ様に王になってもらう。アンタはお役目ごめんなんだよ」
「なんと愚かな……」
国の貴族がオシリス王に反感を抱いているのは重々承知していた。
貧しい平民の生活を良くしようとした反面、貴族は今までのように贅沢をすることができなくなってしまったからだ。
しかし、貴族が闇の魔術師に寝返りグリコとクーデターを起こすなんて予想だにしなかった。
「死んでくれ、王様」
「私を……舐めるな!」
「う、うわぁぁああああ!」
オシリス王は砂魔術を使い、臣下であった者の首を絞め殺す。腹に刺さったナイフを取り去り、傷口を炎魔術で焼く。これで出血は抑えられるだろう。
「お父様、貴族がクーデターを――お父様!?」
「「王様!」」
ウラエウス王子、それとセトとバステト兄妹が負傷しているオシリス王を目にして驚愕する。慌てて駆け寄り、安否を確認した。
「どうされたのですか!?」
「心配ない。それより、外の状況はどうなっている」
「もうヤバいんですよ~! グリコが来たと報告を受けて迎え撃ちに行こうとしたら、突然味方が襲いかかってきたんです!」
「今、城内はグリコ派の貴族と混戦しています。奇襲されたので部は悪いですが、ホルス様とイシスが抑えております」
「何て事だ……」
嘆くオシリス王。
セトとバステトの言う通り、城内のあちこちで戦闘音が聞こえてくる。近衛兵も踏ん張っているが、突然仲間から攻撃され困惑し後手に回ってしまっている。
ホルスとイシスが戦況を立て直しているが、二人では対応しきれないだろう。
「グリコはどうなっている」
「カイト達やアズマの者が向かっています。幸いなことに、彼等は場外にいましたので」
「そうか……ならばまず、我等はホルスの援護に向かい城内を制圧する。三人共、力を借りるぞ」
「「はい!」」
「グリコ、貴様にこの国は渡さんぞ」
反オシリス派のクーデターにより王宮がゴタゴタになっている時、【純血使徒】の幹部二人も現地に到着しようとしていた。
「増援が出て来ないでござるな。グリコ殿の策が見事に嵌ったようでござる」
「ふふ、当然ですよ。この日の為に根回しをしておきましたからね」
空を飛ぶスフィンクス像の頭に乗っている【人斬り】森永明治が感心するように言うと、【生首】グリコ・ファヤージュは得意気に笑みを浮かべた。
オシリス王の政策に不満を抱いていた貴族を抱き込むのは容易だった。砂の国に潜入させている闇の魔術師を通して、グリコが新しい王になった暁には元の贅沢な生活をさせると約束させたのだ。
砂の国アメンだけではない。闇の魔術師は世界各国で暗躍している。
魔術が使える貴族だけの世界を作るという組織の考えに賛同している者は多かった。
潜入できないのは帝国だけだろう。大陸随一の軍事力を誇る絶対王政で、元々世界征服を企む帝国は【純血使徒】の教えに聞く耳を持たない。まぁ、だから真っ先に滅ぼされるのだが。
「だが、邪魔者もいるようでござるな。拙者の同郷も居る……どういう事でござるか?」
不思議そうに首を傾げる森永。
防壁の外には、カイト、ユイ、ガイ、ディック。アズマの徳田徳之助、大和猛、大和撫子の七人が居た。
何故砂の国に関係ない者たちがいるのか疑問を抱いていると、グリコがと説明する。
「大方、予言の巫女が呼んだのでしょう」
「予言の巫女でござるか?」
「はい。イシスという名の女子がいるのですが、彼女には未来を視通す力が備わっていましてね、私達の襲撃を予測して他国に協力を求めたのでしょう」
「成程、それは稀有な能力でござるな。しかし、ならば何故クーデターを見抜けなかったでござるか?」
森永の疑問は尤もだ。
イシスが未来を視通せるというのなら、予めクーデターを予想して防げたはずではないか。
「未来視の力も万能ではないんですよ。本人の話では、“大きな災い”や“運命の流れを変える”時にしか視られないようです」
「そうでござるか」
「さて、お喋りもここまでにしましょうか」
「確かに。拙者は同郷の相手をしよう」
「では私は子供達と遊んであげますよ」
カイト達と距離が近づいた森永は、スフィンクス像の頭から飛び降りて砂地に着地する。すると、アズマの三人が取り囲むように近づいてきた。
「お主等も懲りぬでござるな。拙者の相手にならぬことは以前教えたでござろう。折角見逃してやったのに、余程あの世に行きたいと見えるでござる」
「【人斬り】、死ぬのは貴様の方だ」
「お前だけは我々の手で決着をつける」
「あの時と同じだと思うなでござるよ。母上の仇、今度こそ取らせてもらうぞ!」
徳之助、猛、撫子の三人は抜刀する。
戦う姿勢を見せる同郷に、森永は小さなため息を吐くと妖刀を抜き放った。
「ならば全員、愛刀の錆にしてやるでござるよ」
アズマの因縁が交差する間、カイト達もグリコと対峙していた。
「お前に聞きたいことがある!」
「確か君は……我が君に歯向かった魔術を消す子供でしたか。何でしょう、わざわざこの国に来たご褒美に一度だけなら答えてあげますよ」
「お前達は何でこんな事をするんだ! どうして平気な顔で人を傷つけられるんだ!」
「う~ん、そうですね、価値観の違いですね」
「価値観……だと?」
「力を持つ人間は生きるために鳥や豚を食べるでしょう? それと同じ事ですよ。神に選ばれ、魔術を使える私達魔術師にとって魔術を使えない人間は鳥や豚のような家畜です。なれば、家畜の人間は私達が優雅に生きる糧となるのは当然のことでしょう」
「家畜……だと!」
グリコの話を聞いたカイトの額に青筋が浮かび上がる。彼だけではない、ガイとディックも怒りを抑えられず拳を握りしめる。
そんな中、ユイが物申した。
「アンタの考えは間違っているわ! 力を持つ者こそ、民を守らなくてはならないのよ!」
「よくわかりませんね。何故、人間が家畜に気を使わなければいけないのですか?」
「あんの野郎!」
「何を言っても無駄だよ。あいつの言う通り、僕達とは価値観が違い過ぎるんだ」
ユイの話を、こいつは何を言っているんだ? と言わんばかりに首を捻るグリコに対し、ガイとディックが怒りを抱く。
純血派の貴族とカイト達では考え方が完全に異なっていた。
「残念ですね、貴方達も貴族側だったら私の考えを理解していただろうに」
「そんな事はない! 例え貴族であっても、お前達のようにはならない!」
「そうですか。別に理解しろとは言いませんよ。最初に言ったように、貴方達とは価値観が違いますからね」
話しは終わった。
口で言って伝わらない以上、戦って答えを出すしかない。
「行くぞ皆、あいつだけは絶対に倒す!」
「ええ!」
「おう!」
「うん!」
「さて、国を盗る前の前座といきましょうか」
【人斬り】森永明治対撫子、猛、徳之助。
【生首】グリコ・ファヤージュ対カイト、ユイ、ガイ、ディック。
今、【純血使徒】の幹部との激闘が始まろうとしていた。




