101 天を仰ぐ
「「花鳥風月――疾風!」」
「風斬り」
「火柱!」
「火斬り」
撫子と猛が同時に放った真空刃を、森永はその場から一歩も動かず真っ二つに切り裂く。間髪入れずに徳之助が放った火炎すら切り裂いた。
森永は妖刀「村上」で肩をトントンと叩くと、つまらなそうに呟く。
「そんな小細工が拙者に通じると本気で思っているでござるか? 先に言っておくが、拙者に斬れぬものなどない。風も、火も、土も、人も、鬼も、神でさえ斬ったでござるよ」
「「……」」
彼の話は嘘でも誇張でもない。
これまで森永は、あらゆる物を斬ってきた。風、火、水、雷といった自然。鬼のような物の怪や、神と畏れられる存在すら斬っている。
それは単に、この世で己が斬れないものなどあってはならないと信じ、鍛錬と研鑽に励んだからである。
惜しむらくは、正道を歩めば伝説の剣豪と讃えられたはずの森永が、人間を斬ることに魅入られてしまったことだろう。
そんな彼の狂気に引き付けられ、妖刀『村上』と出会ったことで大犯罪人【人斬り】森永明治が誕生してしまったのだ。
『おい明治、今度こそあいつ等をたたっ斬れよ! 血が足りねぇんだよ!』
「安心しろ。今度はたっぷり血を吸わせてやるでござる」
『うひょ~! マジかよ! 愛してるぜ~!』
「剣が喋った……だと」
「なんと面妖な」
森永が持っている刀が突然喋り出したことで驚く撫子たち。
妖刀「村上」は元々ただの刀だったが、人間の血と怨念を浴び過ぎて呪物と化してしまった戦国時代の負の遺産である。
「村上」を手にした人間は精神を犯され廃人になってしまう。だが、森永の狂気は「村上」の怨念にも染まることはなかった。
そして、自分をまともに扱える森永のことを気に入った「村上」は彼を主人と認めたのだ。
さらに「村上」にはある能力が備わっている。
人間の血を吸うことで使い手の身体能力を強化することだった。【鮮血姫】ベッキー・ウィットバンナーの能力と似ているだろう。
「臆するなよ、撫子」
「笑止でござるよ、父上。拙者はこの日の為に剣を磨いてきたでござる」
「二人共、一斉にかかるぞ!」
徳之助の指示を受け、三人はそれぞれの方向から斬りかかる。いくら森永とはいえ、三方向からの同時攻撃には対応しきれまい。
しかし、その作戦は余りに浅はかだった。
「遅い」
「ぐぁ!」
「ぐぅ!」
目にも止まらぬ斬撃。
先に仕掛けたにも関わらず、己の刃が届く前に反撃を喰らい、猛と徳之助が跳ね返されてしまった。
だが――、
「ぐ、ぐ……」
「ほう、拙者の一太刀を受けきったでござるか」
唯一撫子だけは、森永の太刀筋に反応して受けきってみせた。
感心する森永は、続けて撫子へと斬りかかる。まぐれではなかったのか、撫子は全ての攻撃を受けきった。
「天晴れ、あの小娘がよくこの短期間で成長したでござるな」
(見える! 見えるぞ!)
魔術大会の際、森永に完膚なきまで敗北を喫した。
やっとの思いで母の仇を見つけられたのに、仇を取るどころか手も足も出なかった。
悔しかった。弱い自分に心底腹が立った。
しかし、撫子は森永との力の差を感じて諦める女ではない。砂の国を訪れてから、毎日カイトと鍛錬を行っていたのだ。
カイトの剣技は一般の侍よりはマシ程度だったが、膂力と剣速が人並み外れている。魔術大会で戦った時も剣技というよりは力で押し負けてしまった。
そんなカイトと鍛錬を行うことで剣速に反応する目と、膂力を受け流す技術を身に着けた。
だからこそ、森永の攻撃にも対応できているのだ。
「これほどの剣客の相手をするのは久方ぶりでござるな。血が騒いできたでござるよ!」
『早くその女の血を吸わせろ!』
「ぐっ!」
それでも、彼奴の腕には届かない。
怒涛の攻めに耐えきれず、撫子の柔肌に幾つもの切り傷が生まれ血飛沫が舞った。
「私を忘れるな!」
「はぁあああ!!」
「今良い所でござる! 弱者如きが邪魔をするな!」
「「ぐぁぁああ!」」
撫子の援護をしようとした猛と徳之助を一蹴する。
残念ながら、彼等では本気を出した森永の相手は務まらない。
『美味ぇ血だな~。それにしてもこの血、どっかで味わったことがあるな~。思い出したぜ、あの時斬った女の味だ!』
「あの時?」
『ほら、母娘のことだよ。母親の方が結構強かったじゃねぇか』
「ああ、思い出したでござる。拙者がアズマを出る前、強き女を斬ったな」
撫子の血を覚えていた「村上」が話すと、森永はふと思い出した。
ただの人間では物足りなくなり、強者を求めて異国に向かおうとした森永。船でアズマから出る道中で母娘とバッタリ出くわし、気まぐれで斬ろうとしたが中々の手練れだった。
「仇だなんだと吠えていたが……そうか、小娘はあの時の子供でござったか」
『いや~、あの女の血は極上だったな~! またあの味が味わえるなんてラッキーだぜ!』
「縁とは恐ろいでござるな。それが悪縁であっても」
「許さん、絶対に許さんぞ貴様等ぁぁああ!」
母を侮辱され、鬼の如き表情で森永に斬りかかる撫子。
だが、怒りや雑念は技を鈍らせてしまう。その上三人の血を吸って強化していく森永に対し、剣を振れば振るほど消耗していく撫子では戦況が悪化していくだけだった。
「はぁ、はぁ……」
「久方ぶりに血肉が湧き立つ戦いでござった。母の居るあの世に送ってやろう」
(拙者は、ここで終わるのでござるか……)
母の仇を討つために、必死に剣を磨いてきた。
なのに、殺されてしまうのか? 母の仇も討てずに憎き奴の手で殺されてしまうのか?
『魔術師は魔術を過信し過ぎている』
「――っ!」
諦めそうになった時、ふと“彼”の言葉が脳裏に過った。
「この一刀で終わらせよう、鬼斬り!」
強烈な斬撃が繰り出される。
森永が放った斬撃によって、撫子の身体から頭から真っ二つに斬り落とされる――ことはなかった。
「ふぅ、ふぅ……」
「馬鹿な、躱したでござるか!?」
トドメの一撃を躱されたことで驚愕する森永。
いや、躱し切ってはいない。撫子の左肩から血が流れている。どうやら半身にすることで直撃を免れたようだ。
「悪足掻きは興醒めでござるよ。さっさと死ね」
「……」
(また躱された!? どうなっている!?)
今度こそ息の根を止めようとした攻撃だったが、今度は完璧に躱されてしまった。今まで一度も見切っていなかったというのに、一体どうなっているのか。
森永が困惑している間、撫子は刀を構える。
しかしその構えは今までの構えとは違った。
(雰囲気が変わった……何を企んでいるでござる)
「はぁ、はぁ……」
「きぇぇえい!」
裂帛の叫びを上げ、森永が斬りかかる。
が、さっきまで防ぐので精一杯だった彼女が、太刀筋を見切っているかのように躱し続けている。
その上、躱しつつ隙を見ては反撃を仕掛けてくる。これまで一度も届かなかった切っ先が、森永の頬に触れた。
(雰囲気だけではない。太刀筋も別人のようにガラリと変わっているでござる!?)
『魔術だけでは対応できない敵に勝つには、他の技術も必要になってくる。それは体術や……』
「はっ!」
「甘い!」
『剣術もそうだ』
「やぁぁあああ!」
「がっ!? (刀を捨てて、蹴りだと!?)」
真上から振り下ろされた一太刀を森永は刀で受け止めるが、次の行動に驚かされる。なんと撫子は、侍の命である刀から手を離してがら空きの森永の腹に正拳を突いてきたのだ。
撫子は手放した刀が地面に落ち切る前に手に持ち、吹っ飛ぶ森永を追いかけて追撃を仕掛けた。
森永も反撃するが、先程とは真逆の展開になる。こちらの攻撃はギリギリ通らず、撫子の攻撃は通ってしまう。
(何故拙者の攻撃が通らない!?)
立場が逆転して狼狽する森永は、激しい剣戟の中撫子を観察する。
すると、ある事実が判明した。
(小娘の身体に、風が纏っているでござる!)
そう――撫子は目に見えない風を全身に纏っていた。
さっきまで届いていた斬撃が当たらなくなったのは、身体を纏う風によって僅かに軌道をズラされていたから。
トドメを刺そうと放った鬼斬りの致命傷を避けられたのも同じ原理だろう。
(魔術に体術……この“戦い方”、見に覚えがあるでござる)
「はぁぁあああ!」
(思い出したぞ、これはリオン殿の戦い方でござる!)
魔術大会襲撃の際、裏切り者であるリオンを殺そうとしたが返り討ちに遭ってしまった。
敗北を喫した大きな要因としては、リオンの戦い方に対応できなかったからである。
森永はこれまで、数多の猛者を斬ってきた。
侍だろうが、魔術師だろうが、誰であろうと斬り伏せてきた。
だが、魔術と剣術を同レベルで極めた者は今まで一人もいなかった。
あらゆる戦い方を高いレベルで繰り出してくるリオンに対応できなかったのだ。
(拙者は間違っていた)
リオンと森永の凄まじい剣戟を目にして、撫子はリオンの剣が極致であると信じて目指すことにした。
“だが、そうではなかった”。
侍としてリオンの剣技にばかり目を奪われていたが、彼の本質はそこではない。リオンはあらゆる手段を用いり、幹部の四人を圧倒した。“そこ”に気付くべきだったのだ。
己の剣術が通用しないなら、違う何かで補えばいい。
彼もそう言っていたではないか。
『魔術、体術、剣術、戦術、あらゆる全てを兼ね備えた者が最強となる』
持てる全てを駆使して、勝てない敵を倒す。
「はぁぁあああ!」
「ぐぬっ!」
今の撫子は極限の集中状態に入っていた。
だからこそ、何度も見返したリオンの剣技と戦い方の模倣を成し得ている。
『おいおいやべぇぞ明治! このままじゃあのガキに負けんぞ!』
「五月蠅いでござる! 二度も同じ相手に負ける拙者ではござらん! 増してや、劣化版などにはなぁ! 鎌鼬!」
「っ!?」
今まで純粋な剣技だけで戦っていた森永が、初めて魔術を使った。巻き起こる刃の嵐を避けるため、撫子は大きく後退する。
すると、森永から膨大な魔力を感じ取った。
恐らく必殺の一撃を繰り出すために力を溜めているのだろう。
ならばこちらも残る魔力を練り上げる。
刀を鞘に仕舞い、深く腰を落とした。
次の一撃で勝負が決まる。
「奥義――神ぎ――」
「やっと隙を見せたな森永!」
「この時を待っていたぞ!」
「なにぃ!?」
必殺技を放とうとした刹那、左右から猛と徳之助が森永に斬りかかる。
リオンが言っていたあらゆる全ての要素とは、“仲間”も含まれる。森永が大技を発動しようと隙を作るこの時を、虎視眈々と二人は狙っていたのだ。
「邪魔をするなぁ!」
「「ぐぁぁああ!」」
憤怒の雄叫びを上げる森永は、徳之助を斬り払い猛の左腕を斬り落とした。だが彼等の決死の援護のお蔭で、彼奴に大きな隙が生まれる。
――ここだ。
「花鳥風月――月花風鳥ッ!!」
――刹那、一陣の風が奔った。
風の如き速さで距離を詰めた撫子は、渾身の居合切りを放つ。
森永の胴体を一刀両断に伏した。
「はぁ、はぁ……」
「ふっ……見事で、ござ……た……」
敵に賛辞を送り、【純血使徒】幹部、【人斬り】森永明治は絶命する。
撫子は刀を地面に突き刺し、母がいる天を仰いだ。
「やったでござるよ、母上」
彼女の瞼から、一筋の涙が零れ落ちた。




