102話 暴走
「行くぞ皆!」
「ええ!」
「おうよ!」
「うん!」
「遊んであげましょう」
大和撫子たちが【人斬り】森永明治と戦いを始めていた頃、カイトたちも【純血使徒】幹部、【生首】グリコ・ファヤージュと対峙していた。
「花鳥風月――疾風!」
「おっと」
カイトは剣を横薙ぎに振り、消滅波を放出する。消滅波は風のように吹き荒れ、グリコが乗っているスフィンクス像を吹き飛ばした。
今の攻撃は魔術を消す能力であるが、原理は撫子の技と同じである。撫子と特訓をしたカイトは、彼女の技を自分流にアレンジしたのだ。
「今だ、皆!」
「フレイム・バレット!」
「ゲイルカッター!」
「ウォーターボール!」
カイトの合図で、ユイとガイとディックが一斉に魔術を発動する。消滅したスフィンクス像から落ちて無防備なグリコに襲い掛かった。
「デザートウォール」
グリコは防御魔術を発動し、自身を覆うように球状の砂の盾を作る。火弾、風刃、水球を防いだ。
三つの中級魔術に対し、グリコの防御魔術も中級。本来なら打ち破れるはずなのだが、術者の技量によって魔術の練度に差が出てしまう。
「狙いはいいです。ですが、肝心の攻撃がこれではね」
ニヤリと口角を上げるグリコ。
作戦は良い。カイトの魔術を消す力でこちらを丸裸にし、その隙に仲間の一斉攻撃。攻撃速度が上級魔術だったら危なかっただろう。
しかし、まだ魔術師になりたての子供の魔術程度では恐るるに足らず。
「へっ、こっからだぜ!」
「はぁぁああ!」
「何っ!?」
目の前まで肉薄するカイトに驚愕するグリコ。
かなり距離が離れていたはずなのに、いつの間に接近していたのだろうか。
(なるほど、そういう事ですか)
カイトが魔術を消して仲間の一斉攻撃が本命だと思っていたが、どうやら違ったらしい。実際は仲間の攻撃が、カイトを敵に接近させるための陽動だったのだ。
魔術師の天敵であるカイトと戦うには、距離を取って攻撃するのがベスト。カイトを接近させてはならないのが攻略手段であろう。
それを打破するために、仲間の陽動が必要だったのだ。
「花鳥風月――花乱舞!」
「ぐぉ!?」
カイトの連続斬りが直撃し、グリコの巨躯が細切れになる。
「「決まった!」」とユイたちが手を叩くも、カイトの表情は浮かばない。斬った時の手応えがなかったからだ。
「ふぅ……危ない危ない」
「分身か……」
細切れになったグリコの身体はサラサラと砂のように崩れ落ち、他の場所からグリコが現れた。
これは恐らく、魔術大会でウラエウスと戦った時に使われた砂の分身を作る魔術だろう。
「「サハラバダ・ウェーブ」」
「疾風!」
遊びは終わりだと言わんばかりに最上級魔術を放つグリコ。だが、カイトの前ではどんな強力な魔術だろうと無意味。
剣を振って消滅波を放つと、砂の津波が跡形もなく消え去った。
「あの野郎、どこに行った!?」
「皆、注意するんだ!」
砂の津波によってグリコの姿を見失ってしまった。
カイトたちは前後左右と上方を警戒したが、敵を発見できない。
「残念、下ですよ」
「なっ!?」
砂地の中から野太い手が生え、カイトの足首を掴んだ。
「サハラバダ・ブリアド・アライブ」
「うわっ!?」
「カイト!」
掴まれた足首を引っ張られ、一気に地中に引きずり込まれるカイト。彼の身体は、首から下が砂の中に埋もれてしまった。
「はぁぁああ!」
即座に能力を発動し、砂を消し飛ばそうとするカイト。だが、能力を使っても砂は消滅するどころか何も起こらない。
「な、何で!?」
「無駄ですよ。その砂は私の魔術ではなく、自然の砂ですからね。君が消そうとしても消すことはできないんです」
「くっ!」
グリコが使ったのは、いわゆる“魔術モドキ”だった。
自分の魔力で生成した砂ではなく、自然の砂を利用した魔術。どれだけカイトが能力を使おうと自然の砂には効果がない。
砂漠という地の利を使ったからこそ、カイトを生き埋めにすることができたのだ。
「こんなもの、力付くで抜け出してやる!」
「さて、それはどうですかね」
「ぐ、くそっ!」
強引に抜け出そうとするが、びくともしない。
一部の隙間もなくがっちがちに埋められた状況から人間が地力で脱出するのは不可能である。それは怪物染みたカイトの膂力を持ってしても同じだった。
相手を生き埋めにする魔術、サハラバダ・ブリアド・アライブ。
千人の民を生き埋めにして残虐に殺した恐ろしい魔術は、グリコが【生首】と呼ばれるようになった所以の魔術であった。
「圧殺できないのが残念ですが、楽しみは後にとっておきますか。君はそこで、お友達が殺される様をゆっくり見ていなさい」
「お前っ!」
下卑た笑みを浮かべながらカイトを見下ろすグリコ。
本来なら生き埋めにしてから砂で圧殺するのだが、自然の砂に魔力を込めた瞬間、カイトの能力によって消し飛ばされてしまう。
だから今は放置して、子供たちを片付けた後に鈍器か何かで頭をかちわれば終わりだ。それまではゆっくりと狩りを愉しませてもらおう。
「カイト、今助けるわ!」
「待っろよ!」
「絶対に助けるから!」
生き埋めにされたカイトを助けようとするユイたち。しかし、カイトというジョーカーを失った今、超一級の最上級魔術を相手にどうこうできるレベルではない。
「サンディゴ・サズヴァイパー」
砂の大蛇が三対現れ、ユイ、ガイ、ディックの三人に襲い掛かる。三人は魔術で応戦するも、強力な上級魔術に跳ね返されてしまった。
ユイとガイはなんとか回避できたが、動きがトロいディックはまともに喰らってしまう。
「ぐぁ!」
「「ディック!」」
「くくく、まず一人」
「この野郎! ゲイルカッター!」
「その程度の攻撃、魔術を使うまでもありませんね」
怒るガイが風の刃を放つが、グリコは魔術モドキを用いて砂の盾でガードする。自分の攻撃では歯が立たないと察したガイは、ユイに強力な攻撃を頼んだ。
「ユイ、上級魔術だ!」
「できないのよ!」
「何でだよ!?」
「カイトにも当たってしまうからよ!」
「っ!?」
悔し気な表情を浮かべながら、ガイの提案を断るユイ。
自分だって上級魔術を使いたい。しかしグリコの側には生き埋めになっているカイトがいて巻き込んでしまうのだ。
上級魔術は強力ではあるが、攻撃範囲も広い。グリコはそれを分かっていて、身動きができないカイトの側にいた。
「じゃあどうすんだよ!?」
「なんとかしてアイツをカイトから離れさせるしかないわ……」
「わかった。ユイ、俺が囮になる」
ユイとガイが聞こえない声音で作戦を立てる。
その間大人しく待っていたグリコは、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて尋ねた。
「作戦会議は終わりましたか?」
「行くぞユイ!」
「ええ! フレイム・バレット!」
カイトを巻き込まないように、ユイは火弾を放つ。グリコはその場から一歩も動かず、砂の盾で防いだ。
防がれるのは承知の上。ユイは構わず火弾を打ち続け、その間にガイが詰め寄っていた。
「おらぁ!」
砲声を上げ、ガイは渾身の拳打をグリコの横っ腹に放つ。
ガイは魔術師であるが、魔術は余り得意ではない。どちらかというと、同期のバッカス・ディスチーノのように身体強化を用いた近接タイプだ。
化物染みたカイトには劣るが、仙亀の玄による修行のお蔭で身体強化なら学園の中でも上位に位置する。
まともに当たれば、大抵の魔術師なら一発で昏倒できた。
しかし――、
「今、何かしましたか?」
「固ぇ……」
ガイの拳をまとに喰らっても、グリコはケロッとしていた。
大きな身体は、はち切れんばかりの筋肉で覆われている。グリコは魔術師としても超一級だが、肉体も強靭に鍛え抜かれていた。
いや、彼だけではない。
【純血使徒】の幹部は、近接タイプの敵に対しても何かしらの手段を持っているのだ。
「だったら、これでどうだ!」
ガイはタックルをかますが、やはるグリコの足は一歩も動かない。それでも捕まえることはできた。
「今だ、ユイ!」
「男に抱き付かれる趣味はありません。デザート・ハリーセン」
「ぐぁああ!」
「ガイ!」
グリコは自身を中心に砂の棘を発現する。串刺しになったガイは血反吐を吐いて悲鳴を上げたが、時間を稼ぐことはできた。
(この位置なら!)
ガイがグリコにタックルした瞬間から、ユイは火弾を止めて魔力を練りながら接近していた。近づいてしまえば、カイトを巻き込む恐れはない。
「クリムゾン・フレイム!」
超至近距離から真紅の豪炎が解き放たれる。
いくらグリコが超一級の魔術師だろうが、この至近距離で防御もせず上級魔術を喰らえば一溜りもないだろう。
豪炎を直撃したグリコの上半身は丸焦げになった。
が、残念ながら二人の作戦は無駄に終わった。焼け焦げたグリコの身体が弾け飛び、砂の礫がユイに襲い掛かる。
「きゃぁあああ!」
「ユイ!」
「愚かですね。作戦を立てていると分かっているというのに、私が何もしないと思っていましたか?」
「こいつも……分身だったのか」
全く気がつかなかった。ユイが攻撃したグリコはいつの間にか砂の分身と入れ替わっていたのだ。
本体は今、ガイの首をぐっと持ち上げていた。
「やめろぉぉおお!」
「これで、二人目」
「あがっ」
「ガイィィィイイイ!」
グリコは砂の棘でガイの腹を突き刺し、ゴミのように投げ捨てる。
その光景を見て絶叫を上げるカイト。
「ディック、ガイ、ユイ……」
倒れている仲間を目にして怒りに震える。
大切な仲間が次々とやられていく中、自分は何もできずただ見ているだけ。
腹の底から憎悪が煮え滾っているカイトの反応を、グリコは愉しそうに見物していた。
「絶望するのはまだ早いですよ。次がメインディッシュですからね」
「絶対に、カイトを、助けるんだから!」
倒れていたユイが、ボロボロの身体で立ち上がろうとする。
彼女は諦めなかった。今まで何度もカイトに助けてもらった。なら今度は、命を懸けて自分がカイトを守る番だ。
そんなユイの心を踏みにじるかのように、グリコが砂の弾丸を放つ。一撃で終わらせず、致命傷を裂けていたぶった。
「がっ……」
「さて、トドメを刺しましょう」
「ユイーーーーー!」
『殺せ』
――刹那、カイトの“血”が暴走した。
「な、何ですかこの魔力は!?」
狼狽えるグリコ。
生き埋めになっているはずのカイトから膨大な魔力が迸る。不気味でおどろおどろしく、重苦しい魔力。
その魔力の質は、“デモルト・ブラックロードと酷似していた”。
「許さない……絶対に許さないぞぉおお!」
直後、カイトを埋めていた砂地が爆散した。
近くにいたグリコは砂の盾でガードするも、衝撃波に耐えきれず吹っ飛ばされてしまう。
なんとか体勢を整えて状況を確認すると、カイトの身体が少しずつ変化していく。
胸から中心に肌の色が漆黒に覆われ、瞳の色がどす黒い赤に染まる。背中がボコボコと膨れあがり、服を破いて翼が生える。
「ゴアアアアアアアアッ!!」
獣のように雄叫びを上げる悍ましい姿はまるで、悪魔のようだった。
「驚きましたね。まさか彼の正体は――」
グリコはカイトの姿に見覚えがあった。
アレは恐らく、組織で飼い殺しにしている“アレ”と同じだろう。
「ガァ!」
「がはっ!?」
一瞬の出来事だった。
悪魔に変貌したカイトは、ひゅんと空を飛んで肉薄し、グリコの腹を殴り飛ばしたのだ。否、それだけでは終わらない。
カイトはボールを追いかける犬のように、何度も何度も吹っ飛ぶグリコに暴力を与える。
(に、逃げなければ!)
なんとか意識を保っていたグリコは、砂の分身を囮にして自身は砂の中に隠れる。グリコの姿を見失ったカイトは、キョロキョロと周りを見渡した後、目一杯空気を吸い込んだ。
(な、何をするつもりだ!?)
「ガアアアアアアアアッ!」
「おおおお!?」
溜め込んだ空気を一気に放出するカイト。その吐息は波濤となって辺り一帯の砂地を吹き飛ばし、砂の中にいるグリコを強引にあぶり出した。
「ば、化物め……」
グリコは残った魔力で歩み寄ってくるカイトを砂で捕まえようとするのだが、歯牙にもかけない。尋常ではない膂力で振りほどかれてしまった。
そしてカイトは、膝をついているグリコを見下ろすと顔面を蹴り飛ばす。
「がは!」
「ガアアアアア!」
「ごほっ!」
何度も何度も殴り続ける。
その光景はまるで、グリコがユイたちをいたぶっていた姿と重なっていた。現に、悪魔に変貌したカイトはニヤリと嗤っている。
心優しいカイトには程遠い、暴力を楽しむ貌だった。
「っ……」
蹂躙によって、【生首】グリコ・ファヤージュは絶命する。
しかしカイトは止まらず、グリコの死体を弄びかのように暴力を振るった。
そんな恐ろしくて悲しい光景を見ていたユイは、カイトに向かって叫ぶ。
「お願い……戻ってきて…カイトォォオオオオオオ!」
「ガ……ァ……」
ユイの声が届いたのか、暴走していたカイトの手が止まる。
彼は苦しむように頭を抱えて呻き声をあげると、徐々に翼が背中に戻り、漆黒の肌と赤い瞳が元に戻っていく。
その後、力尽きたように倒れてしまった。
「カイト殿!?」
「ユイ君!」
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
丁度その時、森永明治を倒した撫子たちがカイトたちのもとへ駆けつける。
彼等は酷い惨状になっている地形に驚愕しつつ、重傷を負って瀕死のガイやディックの治療を急いだのだった。




