97話 アルフォート・ロッテ
「いったい、何が起こっているのだ」
床に臥せっていた皇帝は、鳴み止まらない爆発音に戸惑っていた。
まさか、息子のグリードが言っていたように闇の魔術師が帝国を滅ぼそうと襲撃してきたのか、と。
そんな皇帝の考えは的中していた。
「誰か、誰かおらんのか!?」
「呼んだところで誰も来ないぞ」
「お、お前は……!?」
皇帝の眼前に忽然と侵入者が現れる。
侵入者の顔を目にした皇帝は目を見開いて驚愕する。滑稽な元主の姿に、侵入者は呆れたように口角を上げた。
「おや、もう私の顔を忘れたのか?」
「ア、アルフォートか……」
「まだ覚えていたとはな。久しぶりだな、皇帝」
侵入者の正体は【純血使徒】幹部、アルフォート・ロッテであった。元配下に、皇帝は怒りを抱いて吐き捨てる。
「貴様、突然姿を消したと思えば闇の魔術師なぞに裏切りおって。何故私の元を去った。何が不満だったのだ」
「不満……というより、お前の元では世界征服を果たすなど絶対に不可能だと悟ったからだ」
「何だと!? 大陸随一の軍事力を誇る我が帝国が不可能だと言いたいのか!」
「ふん。隣国のリアーナはおろか、エルファルドという一貴族ですら滅ぼせていない程度の器でよく言えるな」
可笑しそうにアルフォートが煽ると、図星だったのか皇帝はさらに激怒する。
「貴様如きが私を侮辱するな!」
「侮辱ではない。哀れんでいるんだ」
「哀れむだと? ならば聞くが、【純血使徒】とやらで世界征服が出来ると思っているのか」
「勿論だ。我が君、【最悪】の魔術師デモルト・ブラックロードならばやり遂げる」
「は~っはっは! あの死にぞこないが世界征服だと!? 片腹痛いわ。子供一人にやられていた奴が何をほざく」
「貴様は我が君の力を知らないだけだ……」
アルフォートは昔を思い出す。
帝国で「最強の魔術師」の称号を冠していた時、ラウルという怪しげな男が近づいてきた。
「何者だ」
「私はラウルと言います。怪しい者ではありません。アルフォート様、貴方に是非会わせたい御方がいます」
「そう言われてのこのこついて行く愚か者ではないぞ」
「いいのですか? 世界征服という貴方の野望を叶えなくても」
「……いいだろう、会ってやる」
「ふふ、貴方ならそう言うと思っておりました」
ラウルの話に唆された訳ではないが、アルフォートは“御方”とやらに会う事にした。それは、彼自身が帝国に限界を感じていたかもしれない。
帝国は強い。
周辺国を次々と飲み込み、大陸随一の強国となった。だが環境が厳しい砂の国や、エルフや獣人など様々な種族が集まった亜人国、エルファルドがいるリアーナ王国などを一向に落とせず世界征服の野望は停滞してしまった。
最強を自負するアルフォートは、この世を手に入れられると信じていた。
しかし今、その野望に手が届かなくなろうとしている。だから彼はラウルの話に興味を抱いたのだった。
「お前がアルフォートか」
(――っ!? な、なんだこいつは!?)
デモルトと邂逅したアルフォートは、圧倒的な存在感を前に身体が勝手にひれ伏してしまった。
恐らく戦えば自分が勝てる。だが、“倒せはしないだろう”。魔術師としての本能が目の前にいる化物に抗うなと警告をしていた。
「私はいずれ世界を獲り、魔術師だけの世界を作る。お前の力を私に貸してはくれないか」
「喜んで、我が君」
こうしてアルフォートは帝国を抜け、闇の魔術師になりデモルトの配下となったのだ。
「考え直せアルフォート、今ならまだ間に合うぞ」
「くだらん戯言だな」
「この愚か者が、死ぬのは貴様の方だ! おい、誰かいないのか!? こいつを殺せ!」
皇帝が叫んでも、誰一人として駆けつける者はいない。
いったいどうなっているのかと困惑する皇帝を哀れむようにアルフォートは口を開く。
「助けを呼んでも来る者はいないぞ。お前の配下は私が殺した」
「ば、馬鹿な……「帝国十師」も、「最強の魔術師」も殺ったというのか?」
「ああ。私の部下だった「帝国十師」は五人殺した。「最強の魔術師」は……ふっ、あの程度の魔術師が私の後釜だとはな。逆に驚いたぞ」
「そんな……」
「ついでと言ってはなんだが、お前の思想を継ぐガリア王子や他の王族も殺しておいてやったぞ」
アルフォートは直接皇帝の前に来ることもできたが、敢えて正面から侵入した。皇帝を守る「帝国十師」と「最強の魔術師」が束にかかってきたが纏めて鏖にした。
元部下達は自分が抜けた後から全く成長しておらず、後釜に至っては弱過ぎて呆れてしまったほどだ。
さらにその場にいた第二王子のガリアを含めた何人かの王族も始末している。
配下と子供を殺され、助けが来ないと分かり絶望する皇帝は、力のない声音でアルフォートに尋ねる。
「何故、なぜ帝国なのだ……」
「見せしめだ。我が君、そして【純血使徒】の恐ろしさを世界に知らしめるのに帝国が丁度良かった。後はそうだな、私の手でお前に引導を渡してやろうと思っただけだ」
そう言って、アルフォートは右手を皇帝に向ける。
殺されると察した皇帝は、慌てて懇願した。
「待て、待ってくれ! 下る、帝国は【純血使徒】に下ろう! お前達にも悪くない話だ! だから助けてくれ!」
「残念だが皇帝。弱りきった帝国など必要ない。この国と共に消え去れ」
「待ってく――」
皇帝は最後まで言葉を告げられなかった。
告げる前に、アルフォートの魔術によって皇帝の顔が消滅してしまったからである。
「この国は、こんなにもあっけないものだったのか」
皇帝の部屋から外の様子を覗くアルフォートは、燃え上がる帝都の光景を目にして哀愁の言葉を放ったのだった。
◇◆◇
「おらおら、次に死ぬのは誰だぁ!?」
「ぐぁぁあああ!」
「帝国の魔術師って弱いね、チョコちゃ~ん」
「きゃあああ!」
【純血使徒】の幹部と「帝国十師」の戦いは一方的だった。クランキーとミルキーの二人に対して帝国は五人がかりで相手をしているのに手も足も出ない。既に三人も殺されてしまっていた。
それも仕方ないのだろう。幹部の二人は最上級魔術師の中でも超一級。「帝国十師」も同じ最上級魔術師ではあるが、実力は大きくかけ離れていた。
「これで終わりだ!」
「死んじゃえ~」
「「くっ!」」
クランキーが爆発のエネルギー弾を放ち、ミルキーが二体の人形を操り襲わせる。これで全員仕留めたかと思われたが、
「殺らせはしねぇよ、闇の魔術師!」
「ああん?」
「どうやら間に合わなかったようですわね」
「あれ~?」
クランキーの攻撃はラドクリフが氷の壁で防ぎ、ミルキーの人形はルマンドの木によって防いでいた。
見知らぬ邪魔者に、クランキーとミルキーが苛立ちながら問いかける。
「誰だテメエ」
「何なのよも~アンタ誰よ~」
「俺はラドクリフ・ベルンツベルン。リアーナ王国の貴族だ」
「同じくリアーナ王国の貴族、ルマンド・カッツェよ」
「リアーナだぁ? ああ、リオンの国のとこか」
憎きリオンがいる国だと思い出したクランキー。
しかし解せない。リアーナ王国の人間が何故帝国にいるのだろうか。
(リオンの野郎か)
裏切り者のリオンは【純血使徒】の幹部だった。
帝国を滅ぼす計画を立てたのはリオンが居なくなってからだが、こちらの考えを予想していてもおかしくはない。
だが、この展開はクランキーにとっては好都合だ。この手でリオンを殺せるのだから。
「リオンの野郎はどこにいる。殺してやるから今すぐ居場所を教えろや」
「バーカ、誰がテメエなんかに教えるかよ」
「……いいぜ、テメエを半殺しにして吐かせてやるからよぉ!」
◇◆◇
「アイシェード・ブリザード!」
結界に向けてレイラが上級魔術を放つが効果はない。悔しそうに歯噛みをしている彼女は肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ……リオン様!」
リオンは敵の魔術によって結界の中に囚われてしまった。
結界の中にいるのは闇の魔術師二人と、リオンと第一王女のキャリーサ。この四人は今、正方形の結界の中にいる。
しかも結界は闇に包まれていて中の様子を確認することができない。
レイラは結界を壊そうと何度も上級魔術を放っているがビクともしなかった。その上、そこら中で爆発が起きている。【純血使徒】が襲撃してきたのは間違いないだろう。
一刻も早くリオンを助け出さなければならないのだが……。
「指輪が……赤く光っている」
と、その時。
レイラの薬指にはめられている指輪が赤く光っている。この指輪はリオンから貰った婚約指輪で、対となっている指輪を持っている人、つまりはリオンの命に危機が陥ると赤く光る魔道具でもあった。
この指輪が赤く光り出したという事は、リオンは今窮地に立たされている。
(リオン様、お願いします。お返事をください! リオン様!)
レイラは指輪の効果である念話で、必死にリオンへ呼びかけたのだった。




