93話 婚約指輪
「中々動きを見せませんね」
「そうだな」
難しい顔を浮かべるレイラの言葉に同意する。
帝都に到着してから暫く経っているが、闇の魔術師はまだ攻めてきていない。念のため帝都の街中を見回りしているが、怪しい気配すらなかった。
このままだと毎日レイラとデートしているだけだ。
帝都の店はあらかた回ったし、今だってカフェでコーヒーブレイクをしている。
俺としては彼女と楽しいひと時を過ごせるから構わないんだが……。
(まさか、帝国に攻めて来ないのか?)
物語ではデモルト率いる闇の魔術師が帝国を滅ぼすことになっている。
だが、リオンが魔術大会に介入し、デモルトをぶっ飛ばして幹部をボコったことで、物語が変わってしまったというのは大いにあり得る話だ。
それならそれで構わない。罪なき大勢の人間が死ぬのを回避できるんだからな。
(さて、そろそろ渡すか)
覚悟を決めた俺は、懐に入れていた小さな箱を取り出しレイラに渡す。
「レイラ。これを貰ってくれないか」
「ありがとうございます。開けてみてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
了承すると、彼女はゆっくりと箱を開けた。箱の中身を見たレイラは驚いた表情を浮かべて、
「これは……指輪ですか?」
「ああ。さっきの魔道具屋でいい物を見つけたんだ。この指輪は二つあって、指輪をつけている者同士で念話できる。それと、相手に危機が迫っていると赤に変色する仕様になっているんだ」
「凄い性能ですね」
「この指輪さえあれば、レイラの危機にすぐ駆けつけられる」
「リオン様……」
「それと、なんだ……まだ婚約指輪を渡していなかったからな」
俺とレイラは互いに気持ちを伝えあい、本当の意味で婚約者になれた。その証として、レイラに婚約指輪を送りたいとずっと思っていたんだ。
何かいい物がないかと考えていた時、先程入った魔道具屋でこの指輪を見つける。これならレイラが窮地の時にいつでも駆けつけられるってな。
「ただ、婚約指輪が魔道具なのが申し訳ないがな」
「そんな事ありません! リオン様といつも繋がっていられるならとても嬉しいです。リオン様、お願いがあるのですが……」
「何だ」
「指輪をつけていただいてもよろしいでしょうか」
「あ、ああ……そうだな」
白い顔を真っ赤に染めて頼んでくるレイラに、俺もたじたじになりながら指輪を左手の薬指につけた。レイラにも俺の左手薬指に指輪をつけてもらう。
おお……凄く嬉しいけどめっちゃ恥ずかしいな。周りに人もいるし。
(ありがとうございます、リオン様)
(喜んでもらえて何よりだよ)
早速指輪の念話を使って声をかけてきたレイラに、俺も念話で返す。幸せそうな顔を浮かべる彼女を見ると、渡せて良かったって改めて思った。
かなり良い雰囲気になっていると、突然レイラが真剣な顔つきで念話を使ってきた。
(リオン様、怪し気な人物が二人、こちらに近付いてきています)
(分かった)
「リオン・エルファルドだな」
「そうだが、そちらは誰だ」
背中越しに声をかけてくる人物に尋ねると、そいつ等はフードを外して、
「久しぶりだな、リオン」
「相変わらず仲が良さそうですね」
「オレオ、ココア……」
なんと俺達に声をかけてきたのは、帝国の第五王子のオレオと第三王女のココアだった。まさかの人物に驚いた俺は、レイラを俺の席に移動させ二人を反対側に座らせる。
この兄妹とは刺客の件で面識があるし、レイラも交流会で挨拶を交わしている。改めて自己紹介をする必要はなかった。
「こんな所に王子と王女が揃ってどうしたんだ」
「実はリアーナ王国の使者を探していたんだ。そしたら見覚えのある顔を見つけたのでな。窓越しにリオンを見つけた時は二度見してしまったぞ」
ふふ、その時のオレオの顔を見てみたかったな。
「貴方達こそ、何で帝国にいるの?」
「ここだけの話だが、俺は闇の魔術師の幹部だったんだ」
「何ですって!?」
「ココア、声が大きいぞ」
「あっ、ごめんなさい……」
大声を上げる妹を窘める兄。
幹部だと聞いてもオレオは冷静だな。
「あの場に居た者なら薄々分かることだ。それと、リオンが組織は裏切ったこともな。そうだろう?」
「厳密には裏切ったのではなく、俺はある目的のために潜入していたんだ」
「そうだったのか。それで、幹部だからどうしたんだ?」
話しを促してくるオレオに情報を伝える。
「幹部にいた時、魔術大会後に【純血使徒】が帝国を攻め滅ぼす計画があった。だから俺はすぐにこの国へ訪れ、危機を報せようとしたんだ」
「という事は、リアーナ王国からの使者はリオンだったのか」
「そうだ。だが使者は俺ではなくレイラの父と、カスティアの母だ。エルファルド家は帝国と因縁があるから俺は顔を出さなかった」
「懸命な判断だ。俺達の世代はエルファルド家をどうも思っていないが、父上やその上の世代は未だに根に持っているからな」
(でしょうね~)
帝国とリアーナ王国との国境を守っているエルファルド家は宿敵と言っても過言ではない。
遥か昔、第三代皇帝ゲオルグが直接侵略してきた際、ご先祖様が返り討ちにした。
そこから帝国とエルファルド家の因縁が始まり、今でもちょくちょく小競り合いが起こっているが、【氷血の魔女】と恐れられる伯母のエリザベスが赤子の手を捻るが如くあしらっている。
夏に攻めてきた時も、死霊魔術師によって復活した皇帝ゲオルグや死兵達は、「エルファルド家は絶対ぶっ殺してやる!」って勢いだったしな。
最早リアーナ王国を取るというより憎きエルファルド家を滅ぼすことが目的になっている感じだ。
(でも、オレオ達のような若い世代はエルファルドを恨んでいないんだな)
てっきり、野球ファンの親が「ライバル球団は敵よ」と子供に言い聞かせるように、帝国も「エルファルドは敵だ」と教育しているのかと思っていた。
やっぱ恨んでいるのはおっさん世代なんだな……。
帝国に対して呆れていると、オレオが真剣な顔で俺に頼んでくる。
「リオン、お前に会って欲しい人がいる。俺達についてきてくれないか」
「いいだろう」
「そうか!」
「リオン様、よろしいのですか?」
「ああ」
オレオが言う、会って欲しい人というのは大体予想がつく。
王族である彼の上の立場で、兄妹が頼りにしているのはただ一人、穏健派の第一王子だからな。
俺も兄妹と会って話がしたいと思っていたし、丁度良い。
「その変わり、レイラも同席して構わないか」
「ああ、いいだろう。ついてきてくれ」
兄妹に誘われてカフェを出る。
因みにコーヒー代はオレオが払ってくれた。ラッキー。
「ここか」
「ああ」
VIP御用達って感じのカフェに連れてこられた。
店内に入ると密室に通され、そこには既に男が一人コーヒーを飲んでいる。席に着くと、オレオが俺達を紹介する。
「お兄様、リアーナ王国の使者を連れて参りました」
「アルカディア帝国、第一王子グリードだ」
「リオン・エルファルドです」
「レイラ・ベルンツベルンです」
「エルファルド?」
名を告げると、グリードの眉がピクリと動いた。
あれ、やっぱエルファルドは駄目な感じ?
「オレオ、エルファルドが使者なのか」
「はい。リオンはエルファルド家の者ですが、ガリア兄様が送った刺客から俺達を助けてくれました。それに、帝国の未来を案じて自ら出向いてくれた信頼のおける人物です」
「そうだったのか。オレオとココアが世話になった。二人の兄として礼を言う」
「いえ、当たり前のことをしたまでです」
よかった、グリードはエルファルド家に対して恨みとかないようだな。また門前払いを喰らうかと冷や冷やしたよ。
「時間も限られている。早速ですまないが話を聞かせてくれないか」
「はい」
俺はグリードに色々と話した。
目的のために【純血使徒】に潜入したこと。その際、【純血使徒】が帝国を滅ぼす計画を立てていたこと。
帝国に関わりのある【黄昏】アルフォート・ロッテやその他の幹部について。
あらかた話終えると、グリードは神妙な顔を浮かべて、
「やはり【純血使徒】は攻めてくるのか」
「恐らく。グリード王子、帝国は同盟を結ばないおつもりですか」
「ない、な。私も父上に提言しているのだが、聞く耳持たずだ」
やっぱダメか~。そうだろうとは思ったけどさ~。
「リオン様、帝国の軍事力は私も知っています。同盟を結ばずとも、帝国なら撃退できるのではないですか?」
「不可能だ」
レイラの問いに即答する。
確かに帝国は大陸随一の戦力を兼ね備えている。だがそれでも……。
「完全復活したデモルトが相手では、帝国でも敵わない」
「そこまでの敵なのか? 魔術大会の映像は私も見ている。確かに奴と【最高】の魔術師と謳われているダニエル・ゴッドヴァルトの戦いは凄まじいものだった。が、リオンは奴を倒しているではないか」
「あれは不意打ちでしたし、校長との戦いで疲弊してしました。それにあの時のデモルトは完全とはいえない。肉体を取り戻し完全復活した奴の力は、あの時の倍以上だとお考えください」
「「なっ!?」」
衝撃の事実に目を見開く一同。
言葉を失うのも無理はない。ダニエルと戦っていた時だってめちゃくちゃ強いんだからな。その倍以上だとしたら勝てる者などこの世に居ないだろう。
まぁ腐っても物語のラスボスだからな。
幹部と戦いさらに強くなったカイトと、大勢の魔術師が束になってようやく倒せる相手なんだ。
デモルトの話を聞いたグリードは、身体を戦慄かせながら口を開く。
「なら、帝国は滅びゆく運命というのか……」
「そうはなりません」
「何故だ」
「帝国を守る為に、俺が来ました」
「「……」」
断言すると、グリードと兄妹は酷く困惑する。
訳が分からないといった顔で尋ねてきた。
「何故お前がそこまでしてくれる。我が国を恨んでいてもおかしくないエルファルド家の人間が、どうしてそこまで……」
「帝国だからとかは関係ありません。俺はただ、大勢の人が死ぬのが見過ごせないだけです」
「……ありがとう、リオン・エルファルド。帝国を代表して感謝する」
グリードが真摯に頭を下げると、オレオとココアも続けて頭を下げてくる。
改めて感謝されるとこそばゆいな……。
「教えてくれ。帝国は何をすればいい」
「恐らく帝都は戦場になるでしょう。王子の権力を使い、できるだけ早く民を帝都の外に避難させ――」
「こそこそ何をしているかと思えば、敵国と密会していたとはな。やはり他国と繋がっていたか、グリード兄様!」
な、なんだこいつ~~~~~!?




