9話 二人の出会い
「エルファルド家の坊主、マジで変わったようだな」
「そう……ですね」
父親のラドクリフの言葉に、レイラは小さく首肯する。
今日はレイラの婚約者であるリオンが顔見せに訪問する日だった。久しぶりに会ったリオンは噂通りに変わっていた。今日の彼の落ち着いた様子からは、“エルファルド家のろくでなし”と言われていた頃の面影は一つもない。
「何があの馬鹿息子を変えたんだろうな」
「さぁ……わかりません」
今までのリオンの印象は、悪い意味で貴族らしい貴族だ。
傍若無人で、遊び惚ける怠け者で、平民嫌い。まさに悪い意味での貴族の鑑。だからこそ、リオンが最近の噂通りに変わっていることが俄かに信じられなかった。
ラドクリフとしても噂を疑っていたが、拳打の脅しに瞬き一つしなかった姿に「うん?」と首を捻った。以前までのリオンだったら「ひぃええ!」と腰を抜かしていただろうが、実際はそうではなかった。
それに、あの言葉も気になる。
『ベルンツベルン卿がご心配せずとも、婚約は破棄させていただきます』
まさかリオンから婚約破棄を申し出て来るとは思いもよらなかった。
またいつもの気まぐれかとキレそうになったが、自分の都合ではなくレイラの身を案じている風にラドクリフは感じ取った。
元々レイラとリオンとの婚約は反対だったので、彼の申し出は渡りに船ではあるが……。
「なぁレイラ、お前が嫌なら俺からあの野郎との婚約を破棄してもいいんだぜ。な~に、家のことは気にするな」
「ふふ、お父様はリオン様のこと嫌いですものね」
「ああ、嫌いだね。あの馬鹿息子もそうだしあいつの父親も嫌いだ」
ラドクリフがエルファルド家を嫌っているのにも関わらず、何故リオンとレイラの縁を結んだのか。その訳はエルファルド家の妻、ヴェラが大きく関係している。
ラドクリフとヴェラは仲の良い幼馴染で、大人になっても二人の交流は続いていた。ラドクリフとしては、ヴェラがエルファルド家に嫁ぐのは最後まで反対していたが、彼女自身が「ジオはいつも仏頂面だけど根は良い人なのよ」とベタ惚れしていたので止めることができなかった。
二人に子供ができた時、ヴェラから自分達の子供を婚約させよう提案があった。エルファルド家と親戚になるのは嫌だったが、子供の頃からヴェラに対して頭が上がらないラドクリフは、彼女の提案を受けることにした。
そういう経緯で、リオンとレイラが八歳の時に婚約を交わした。
しかし、婚約を交わしたすぐ後に悲しい事故が起こり、ヴェラは帰らぬ人となってしまった。
ヴェラが亡くなったことで婚約をなかったことにできるが、未だに破棄していないのは理由がある。
その理由とは――。
「なぁレイラよ、お前はあいつのことどう思っているんだ」
「お慕いしています」
父の問いに、レイラは一片の迷いもなく即座に答えた。
リオンも、“リオンに転生した者”も勘違いしていることがある。
レイラはリオンのことを嫌っていると思っているが、それは大きな間違いだ。
――レイラ・ベルンツベルンは、リオン・エルファルドに好意を抱いている。
この事はリオンはおろか、リオンに転生した者でさえ知る由もない。
何故ならこの事実は、この世界の元となっている小説「魔術学園の無能力者」にも描かれていないからだ。
リオンも、リオンに転生した者や小説の読者たちでさえ知らない衝撃の事実。
ラドクリフがレイラとリオンの婚約を未だに破棄していないのは、レイラ自身がそれを望んでいないからだった。
しかし、レイラがリオンに好意を抱いていると誰が分かるだろうか。
見ての通り、リオンは悪役貴族のろくでなしだ。誰が見たってリオンを好きになる理由を思いつきはしないだろう。
けれど、レイラだけはリオンを好いている。彼を好きになったきっかけは、子供の頃の出来事にあった。
「うえ~ん!」
「泣き虫~!」
「泣き虫レイラ~!」
「貴族だからって調子に乗るなよ~」
混血派であるラドクリフは、あえて平民の学校にレイラを通わせていた。
しかし、幼い平民の子供たちは貴族のレイラが気に入らず、しょっちゅういじわるをしていた。子供の頃のレイラは気が弱く泣き虫で、平民の子供にとっていじめの格好の的だった。
子供たちの親が知れば卒倒するだろうが、バレなきゃ平気というのが子供の常識である。
今日も今日とて悪ガキたちにいじめられていたレイラだったが、そんな彼女を救ったのがリオンだった。
「おいそこの平民共、何をしている」
「ああ~ん? お前誰だよ」
「見ない顔だな」
「僕はリオン・エルファルド。見ての通り、貴族だ」
「何だよ、お前も貴族かよ」
「貴族だからって調子に乗ってんじゃねーよ」
「阿呆か貴様ら。偉い貴族は調子に乗ってもいいんだよ。そして貴様ら平民は貴族である僕に跪け」
「ひざま……なんだそれ?」
「どうでもいいよ! やっちまえ!」
「あっ!」
レイラをいじめていた子供たちが一斉にリオンへと襲い掛かる。しかしリオンはなんなく返り討ちにした。“この頃まで教育をサボっていなかった”リオンは、セバスチャンから簡単な体術を学んでいたのだ。
「うえ~ん!」
「お、覚えてろよ~!」
「ふん、平民風情が身の程を知れ」
リオンにコテンパンにやり返された子供たちは、泣きべそを掻いて逃げていく。その情けない後ろ姿を眺めながらリオンは手についた埃を払う。
くるりと振り返り、座っているレイラの手を取って立たせた。
「助けてくれて……ありがとう」
「礼はいらん。それよりお前も貴族なら平民なんかにいじめられるような真似はするな」
「ご、ごめんなさい。あなたは……誰ですか?」
「僕はリオン・エルファルド。お前の婚約者だ」
「私の婚約者?」
「そうだ。はぁ……僕の婚約者がどんな奴か気になってこっそり来てみたが、まさか平民にいじめられるほど情けない奴だったとはな。おいお前」
「は、はい!」
「もしまた平民にいじめられることがあったら、すぐに僕を呼べ」
「い、いいの?」
「当たり前だ。僕はお前の婚約者だからな」
「あ、ありがとう!」
これがレイラとリオンの出会いであり、レイラがリオンを好きになったきっかけだった。
あの後、レイラが平民の子供にいじめられる事はなくなった。どうやらリオンがセバスチャンを使って子供たちの親に“言い聞かせた”そうだ。リオンは子供ながら、貴族の力を振るうことに慣れていた。
父のラドクリフは勝手なことしやがって! と怒ったそうだが、娘を守ってくれたことには感謝していたそうだ。
不幸な事故でヴェラが亡くなってからリオンがろくでなしと呼ばれるようになっても、レイラはずっとリオンを慕い続けている。それは、リオンは根が優しい人間だと知っているからだ。
「お父様、私のリオン様への気持ちはあの頃から変わっていません」
「そうか……でもな」
「その先は言われなくても分かっています。リオン様が私との婚約を破棄したがっていることも、他の方をお慕いしていることも」
「……」
全て把握している娘に、父はかける言葉を失った。
リオンが婚約破棄をしたがっていることは既に知っている。それでもレイラは、リオンを諦めることはできなかった。少なくとも、リオンから正式に婚約破棄を言い渡されるその日までは。
(あの野郎、俺の可愛い娘を悲しませやがって。今度会ったら一発ぶん殴ってやる)
健気な娘に何もしてやれないもどかしさに腹を立てるラドクリフは、リオンに一発食らわしてやろうと決意する。それくらい許されてもいいだろう。
と、ラドクリフが拳を握りしめた時だった。
突如屋敷に、地鳴りのような轟音が鳴り響く。直後、使用人が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「ラドクリフ様! 大変です!」
「何事だ!」
「賊が侵入しました!」
「何ぃ!?」




