10話 未来を変えろ
「貴様、どこの者だ!」
「ここがベルンツベルン家だと知っての狼藉か!」
「ぎゃーぎゃー喚くな下等生物共。テメー等に用はねぇからさっさとラドクリフって奴を出しやがれ」
「「ぐわぁああ!!」」
屋敷に侵入した賊を捉えようとしたベルンツベルン家の兵士たちが一瞬で返り討ちに遭ってしまう。
魔術は効かず、凄まじい膂力で殴られる。魔術師というより、怪物地味た強さだった。
突如ベルンツベルン家を襲撃してきた賊は、黒髪で中肉中背の男だった。何の変哲もなくどこにでもいるような二十代ぐらいの男だが、その身からは異様な気配を漂わせている。
「アイシェード・ブリザード」
「――ッ!?」
猛吹雪が賊に襲いかかる。轟音を響かせる吹雪は、屋敷の玄関を凍てつかせながら破壊し賊を外庭まで吹き飛ばした。
「単独で真正面から俺の命を狙ってくる奴がいるとはな」
「へぇ、これがベルンツベルン家の氷魔術か。ってことはお前がラドクリフだな。カハハ、少しは楽しめそうだ」
屋敷の中から出てくるラドクリフ。彼が地面を踏む毎に地面が氷付き、パキパキと氷が割れる音が鳴り響く。
大貴族ベルンツベルン家は代々氷魔術に長けている。中でもラドクリフは歴代最強とも謳われ、『氷獣』の異名で恐れられていた。
ラドクリフは氷魔術にも長けている上に、逞しい肉体を駆使した格闘も得意。一度戦場に出れば一騎当千。国内の魔術師でも確実にトップクラスの実力があった。
「お前が何者でどうして俺の命を狙ったのか、氷漬けにしてから全部吐いてもらうぞ」
「カハ! やれるもんならやってみなぁ!」
ラドクリフと賊の戦いは苛烈を極めた。
屋敷の周辺はラドクリフの魔術によって氷漬けにされ、あちこちにクレーターが出来ている。その凄惨な光景を見れば、如何に激しい戦いだったか一目瞭然。
そんな激しい戦いの中で軍配が上がったのは、ラドクリフではなく賊の男であった。
「ぐは……!」
「カハハ! 中々強かったぜ、お前」
「嘘……あのお父様が……」
重傷を負い地に這いつくばるラドクリフを目にして信じられないと驚愕するレイラ。
彼女が知る中で、戦いにおいてラドクリフが負けたことなど一度足りとて無い。父が国内で十指に入る実力者だということを娘として誇りに抱いていた。
そんな偉大な父が、たった一人の賊に敗北を喫した。
賊の方も負傷はしているが、ラドクリフに比べれば大したことはない。つまり、二人の間には確かな力の差が存在していたのだ。
「さて、楽しませてもらったお礼に苦しまず殺してやるよ」
「無念……」
「やらせない! アイスランス!」
ラドクリフにトドメを刺そうとする賊に向けてレイラが氷魔術を放つ。しかし、不意を打った攻撃は虫でも払うかのように消し飛ばされてしまった。
眼中になかった賊の鋭い眼光に、レイラの姿が捉えられてしまう。
「邪魔するならお前から殺すぞ下等生物」
「逃げろレイラ!」
「ぐっ!?」
かなりの距離があったにも関わらず、賊は一瞬にしてレイラに接近する。反撃する間もなく首を鷲掴みにされ、ぐっと身体を持ち上げられた。
「が……あ……」
「やめろ! 娘には手を出すな! お前の狙いは俺だろ!」
「そうだなぁ、こっちとしてはお前一人殺せばそれでいいんだが、攻撃されちまったからなぁ。少しは痛めつけないと腹の虫が収まらねぇよなぁ」
娘を助けてくれと懇願するラドクリフだったが、賊の耳には届かない。賊はレイラを持ち上げている手とは反対の手に黒い魔力を帯びさせると、彼女の額に近づけた。
(こんなことなら、リオン様に気持ちを告げておけばよかった)
徐々に迫り来る死を前に、レイラは心の底から後悔した。
レイラはリオンのことが好きだ。けれど、一度もその気持ちを彼に伝えていない。伝えてしまえば、彼の迷惑になると分かっているから。
リオンは自分との婚約を破棄したがっている。そんな相手に告白なんてできる訳がなかった。
でも、やっぱり。
迷惑でもいいから、断れてもいいから、貴方が好きだと言いたかった。
(会いたい……)
「カハハ! どんな醜い顔にしてやろうか!」
「やめろぉぉおおおおお!!」
(――リオン様!)
賊の男が、レイラの顔を鷲掴もうとした――その時。
「瞬雷」
――黄色い閃光が夜空に瞬いた。
「ガハッ!?」
側頭部を蹴り飛ばされ、賊の身体が跳ねる。
空中に舞ったレイラの身体を、誰かがそっと優しく受け止めた。レイラが目を開けると、そこには――、
「どうして……何で貴方が」
「すまない、助けが遅れた」
「リオン……様!」
夢でも見ているのだろうか。
レイラの想い人であるリオン・エルファルドがそこにいた。
◇◆◇
――時は数時間前までに遡る――
『今すぐ向かえ。敵はもう来る』
「嘘だろおい……まさか、ベルンツベルン家が襲撃されるのが今日だっていうのかよ!?」
クソ、こうしちゃいられない。今すぐレイラを助けに行かないと!
「助けて……いいのか?」
ベッドから飛び跳ねてレイラにもとへ向かおうとしたが、ふと我に返って足が止まる。
「ここでレイラを助けてしまったら、物語を大きく変えてしまわないか?」
リオン・エルファルドに転生した俺は、約半年後から動き出す「魔術学園の無能力者」の物語を、できるだけ物語通りに進めようと考えている。
理由としてはカイトに強くなってもらい、いずれ現れるラスボスを倒してもらうため。そしてカイトの成長には、リオンが必要不可欠。
が、カイトの成長に重要な人物がもう一人いる。
レイラだ。初登場で既に顔に傷を負っているレイラは、リオンに婚約破棄を言い渡され、カイトの仲間に加わる。レイラとの婚約を破棄する理由の一つに、レイラの顔の傷が大きく関わっていた。
今ここで俺がベルンツベルン家を助けたとしよう。
闇の魔術師に殺されたラドクリフを生かしても、物語には左程影響しないと思う。けど、レイラの顔の傷はなくてはならない。
もし顔に傷がなかったらストーリーが大きく変わってしまい、この後の展開がどうなってしまうのか予測がつかなくなってしまう。
ストーリーを重視するなら、ここは断腸の思いで助けに行かない方が……。
『頼む』
「そう……だよな。“それは違うよな”」
馬鹿か俺は、何を考えているんだ!
助けられるなら助けに行くべきだろう! 展開が変わってしまうかもしれない? そんなの知ったことか! 傷がなくなって婚約破棄ぐらいどうにでもなるさ! いくらでも修正してやる!
というか、俺はレイラのことが好きだ。推しで大好きな女の子を助けに行かなくてどうするんだ。
物語のレイラは、自分の顔について引け目を感じていた。苦しんでいた。好きな子にあんな苦しい思いをさせていいのか?
いいわけないだろう!
レイラから笑顔を奪わせていいのか!?
いいわけないだろう!
「助けよう、レイラを」
覚悟を決める。
何よりも、胸の奥にある“何か”が必死に訴えかけてくる。レイラを助けろと、必死に叫んでくるんだ。
この思いと一緒に、絶対にレイラを助けてやる!
「はっ!」
俺は馬に乗り込み、ベルンツベルン家へと走らせる。
サラが誘拐された後から、馬に一人で乗れる訓練をしていた。リオンの身体だからかすぐに馬に乗りこなせるようになった。
「間に合ってくれ!」
ベルンツベルン家まではかなり距離がある。馬には無理させてしまうが、速度を緩めず走らせる。
近くまで来たところで馬がバテてしまったので、自分の足でベルンツベルン家の屋敷に向かった。
「見えた! 今の音は……クソ!」
ようやく屋敷が見えたところで、魔術らしき爆音が轟く。破壊し尽くされた屋敷の外庭を突き進むと、闇の魔術師に首を持ち上げら苦しそうにしているレイラを発見した。
「瞬雷」
足に雷属性の魔力を付与し、凄まじい速度で駆け抜け、闇の魔術師の頭を思いっきり吹っ飛ばす。
宙に投げ出されたレイラの身体を優しく抱きかかえると、俺を見たレイラは信じられないと言わんばかりに目を見開き、
「どうして……何で貴方が!」
「すまない、助けが遅れた」
「リオン……様!」
(良かった……間に合った)
助けたレイラの顔に傷はない。ギリギリ間に合ったようだ。
安堵の息を吐いていると、困惑しているレイラが尋ねてくる。
「リオン様がどうしてここに?」
「話は後だ。まずは敵を倒す」
「おいおい、誰を倒すってぇ!? 不意打ちを喰らわせたからって調子に乗るんじゃねぞ下等生物が!」
レイラを地面に降ろしていると、闇の魔術師が罵声を吐きながら戻ってくる。頭を蹴り飛ばしたのにも関わらずピンピンしていた。
(あいつが闇の魔術師か)
黒髪に、黒いコートを身に纏っている男の姿は如何にも悪の組織って感じだ。魔術師がどれくらい強いかは未知数だけど、リオンに転生してから今まで死に物狂いで鍛えてきた。今の俺なら奴を倒せるだろう。
「おい坊主! お前じゃ勝てない! レイラを連れて今すぐ逃げろ!」
(ラドクリフも無事だったか)
レイラしか視界に入っておらず今頃になって気づいたけど、ラドクリフも生きていたようだ。まぁ、無事とは言えないほどボロボロではあるけどな。
彼がどれくらいの実力者なのか物語に登場していないから知らないが、物語では闇の魔術師に殺されてしまっているので、負けてしまったのも仕方ないだろう。
「おいおい、逃がす訳ねーだろうが!」
「サンダーアロー」
「こんなチャチな雷魔術が俺に効くと思ってんのか!」
先手必勝で初級雷魔術を放つが、魔術師に払い除けられてしまう。初級がダメなら中級だ。
「ライトニング」
「なにっ!?」
右手を魔術師に向け、強烈な電撃を放つ。威力も速度も初級とは段違いだ。
流石に魔術師も驚いたのか、反応が遅れてまともに喰らう。その隙に間髪入れず追撃を仕掛ける。瞬雷で魔術師の懐に入り込むと、どてっ腹を思い切り殴り飛ばした。
「ぐは!」
「おおおおおお!」
宙に舞う魔術師は体勢が崩れていて、攻撃を避けることはできない今が好機。俺は両手を翳し、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。
「ジャッジメント・ボルテックス!」
「ギャアアアアアア!!?」
劈くような雷鳴が轟くと同時に、巨大な雷撃が魔術師に降り注ぐ。上級雷魔術を全身に叩き込まれた魔術師の身体は焼かれながらボトリと地に落ちた。
「驚いたぜ……あのろくでなしが上級魔術を使いやがった」
「リオン様……凄い!」
「ふぅ……(やったか?)」
ジャッジメント・ボルテックスは俺のとっておきだ。闇の魔術師も、上級魔術をまともに喰らって無事ではないだろう。
終わった――安堵の息を吐こうとしたその時、魔術師の身体がピクリと動いて静かに立ち上がった。
「いや~効いたぜ。まさか人間如きにしてやられるとはな」
「……(マジかよ、あれ喰らって生きてるとか何だあいつ!?)」
「その上、正体を晒す羽目になるとは思わなかったぜ。こうなっちまった以上、鏖だ」
「なっ!?」
なんだあれ……魔術師の顔が溶けてるぞ。顔だけじゃない、全身も溶けてる。雷魔術を喰らって焼け爛れたのか?
いや違う……あれは変装だ。上の皮が焼けて本来の姿が表に出てきたんだ。
っておい、ちょっと待てよ。あの姿、どっかで見たことがあるぞ。
「その姿……まさか貴様(違うよな! 違うと言ってくれ!)」
「何だよ、オレを知ってるのか? なら確実に殺さないとな。オレの名はヴァーリ。冥途の土産に名前だけは教えておいてやるよ」
(あいつやっぱり魔族だろ!)
魔族。
人間と姿は似ているが、漆黒の肌に紅の瞳が特徴的で、獣のような身体能力と膨大な魔力を有している。
ファンタジー物のアニメや漫画では定番の種族だけど、この世界の魔族はほぼ絶滅している。邪悪な心と強すぎる力を持つ魔族は、遥か昔に魔術師によって殲滅させられた……という設定だからだ。
「魔術学園の無能力者」にも魔族は登場するが、初登場したのは物語の終盤だった。つまり、それだけ魔族が強い敵ってこと。あの外見と強さを見るに、魔族で間違いないだろう。
(クソ……よりにもよって魔族だったのかよ!)
胸中で悪態を吐く。
闇の魔術師の正体が魔族だとは思いもしなかった。そもそもヴァーリなんて名前の魔族なんて知らない。こんなの聞いてないぞ。
(計算が狂った)
闇の魔術師程度なら勝てると確信していた。けれど魔族相手じゃ話が違う。物語終盤に出てくるような敵に今の俺じゃ勝てる気がしない。
レイラとラドクリフを連れて逃げる? いや、絶対に逃げきれない。俺達が助かるにはあの魔族を倒すしか道はない。
「ダークネス・フレイム」
「避けろ坊主! その魔術はヤバい!」
「ちっ!」
魔族のヴァーリが闇魔術を放ってくる。ラドクリフの忠告通りに回避すると、黒炎は屋敷の端に着弾し消し飛ばした。
なんて威力だ……あんなのまともに喰らったら一発でアウトだろ。ラドクリフが負けたのも頷ける。火属性と氷属性じゃ相性が悪すぎるよな。
「ライトニングアロー」
「その程度の魔術が今更効くかよ!」
確かに中級魔術じゃ大したダメージは与えられない。しかし、タフな魔族とはいえ上級雷魔術をまともに喰らって無傷ではなかった。
ならば、俺が持つ最大火力のジャッジメント・ボルテックス。その上級雷魔術に全魔力を注ぎ込んだ一撃を叩き込めば、魔族を倒せる可能性はある。
だからこそ奴も警戒しているだろう。ジャッジメント・ボルテックスを確実に当てるには、大きな隙を作らなければならなかった。
「瞬雷!」
「グハ……またその技かよウザってぇ」
「はぁぁあああ!!」
「カハハ! その魔術は厄介だけどよ、下等生物の身体でどこまで耐えられるかなァ!?」
ヴァーリの言う通りだ。雷属性の魔力で強化し、凄まじい速さで移動できる瞬雷は肉体への負担が大きい。
瞬雷を連続発動し、防御姿勢のヴァーリを殴り続けている俺の身体は既に満身創痍だった。けど、止まるわけにはいかない。奴の闇魔術を一発でも喰らってしまえばゲームセットだからだ。
奴を倒すか先に俺が自滅するか……勝負!
「おおおおおおおお!」
「ガハッ!?」
連打を浴びせ続けたことでようやくヴァーリのガードが下がる。待ちわびた最大の隙を見逃さず、ヴァーリの顎に掌底を喰らわせる。
ここだ!
俺は全魔力を注ぎ込み、雷魔術を撃ち放った。
「ジャッジメント・ボルテックス!!」
「ギャアアアアアア!!」
巨大な雷撃がヴァーリを丸ごと飲み込こむと、激痛に苦しむように絶叫した。
「はぁ……はぁ……」
全てを出し切った俺は膝から崩れ落ちた。
もう魔力はスッカラカン。戦うことは愚か、満足に立ち上がることさえできないだろう。
だからさ、頼むから……今の一撃で倒れてくれ。
――そんな俺の切実な願望は、刹那の間に打ち砕かれた。
「カハ……カハハ!」
「くっ……」
ヴァーリは生きていた。至る所から血を流しており、決して無傷ではないが生きている。
クソ……俺の渾身の雷魔術を受け切ったってのかよ。
「お前が切り札を隠し持っていることも、回避は難しいことも分かっていた。だからオレは魔力を練り上げ防御に専念していたんだよ」
(こいつ……頭がキレるタイプだったのか)
「もうお前、ろくに動けないだろ。今楽にしてやるよ、ダークネス・フレイム」
くっそ……。
折角大好きな「魔術学園の無能力者」の世界に転生したっていうのに、まだ物語すら始まってもいないのに、大好きなレイナを助けらもせず、俺はここで死ぬのか。
余りにも酷すぎる、こんなのってないぜ神様。
「リオン様ーーーーーー!!」
(ごめんな、レイラ)
死ぬ恐怖と悔しい気持ちを抱き、必死に叫ぶレイラに心から謝りながら、俺の身体は漆黒の炎に飲み込まれたのだった。




