11話 悪役貴族のやり直し
ここは、どこだ。
俺は、死んだのか?
「どうして僕がこんな目に遭うんだ! どこまでも目障りなカイト、お前さえいなければ!」
「リオン、もうやめるんだ!」
あの醜い怪物は……リオン? それと向こうにいるのはカイトなのか?
そうか……この光景は、闇の魔術師に唆されて、力を手に入れようとしたリオンが醜い怪物になってしまい、カイトに殺されてしまう場面だ。
「僕の目の前から消え失せろ、カイトーーー!」
「リオーーーン!」
「ガ……ア……」
カイトに負け、リオンの命が失われる。怪物になった代償に、リオンの身体は手足の先から灰になって朽ちてゆく。その姿は目を背けてしまうほど悲しくて残酷なものだった。
リオン、お前は間違えてしまったんだ。
「そうだ。お前の言う通り、僕は間違えた」
えっ!?
背後から誰かの声が聞こえ、振り返るとそこにいたのは――、
「リオン……」
「やっと会えたな」
そうか……そうだったのか。
いや、薄々そうじゃないかなぁとは思っていたんだ。
セバスチャン、リコ、料理長、サラ、レイナ。今まで何度も“あるはずのない未来の記憶”が頭に浮かんだ。と同時に、胸の奥から激しい後悔、贖罪したいという気持ちが押し寄せてきた。
それはまるで、“俺の中にもう一人の誰かがいるような感覚だった”。
「お前だったんだな、リオン」
「ああ、そうだ」
俺の問いかけに、リオン・エルファルドは強く頷いた。
やっぱりそうだったのか。
俺の中には本物のリオンがいた。そして俺に未来を変えさせようとする度に未来の記憶を見せてきたんだ。
「けど、どうして自分でやらないんだ?」
「その話をする前に、あれを見てくれ」
気になってリオンに尋ねると、彼は朽ちていく自分の姿を指した。
(どうしてこうなってしまったのだろうか)
(いや、死んで当然の報いか……僕は多くの罪を犯してきた)
「これは、罪の告白か?」
「最後まで聞いてくれ」
(己の才能に慢心してあぐらをかき、自堕落に生きた。父上やセバスチャンの期待に応えられなかった)
(僕が屋敷から追い出した平民の使用人たち。見下してきた学校の教師生徒。貴族だから自分は偉いと勘違いし、彼等に傍若無人を働いてしまった)
(サラを死なせてしまった。守れたはずなのに)
(婚約者のレイラに、醜い顔と最低な言葉を吐き捨ててしまった)
(彼等に謝りたい。僕が今までやってきた悪行に対し、心から謝りたい)
『もう一度、やり直したいですか?』
(ああ、やり直したい。僕がしてきた悪行の分だけ彼等に償いたい)
『その言葉に嘘偽りはありませんか?』
(ああ)
『それでは、アナタを過去に戻らせ、もう一度やり直す機会を与えましょう』
(本当か!?)
『ええ、本当です。ですが、条件があります』
(どんな条件だ)
『アナタはこれまで多くの罪を犯してきました。罪人であるアナタを無条件で過去に戻らせる訳にはいきません』
(どうすればいいんだ! 教えてくれ! 罪を償えるなら何でもする!)
『アナタの身体は過去に戻らせましょう。しかし、アナタの身体の中に入れる魂は別の人間です』
(別の人間だと?)
『はい。正確には異世界の人間の魂です。アナタに同情するような優しい心を持ち、アナタの過去を代わりにやり直してくれるような人間の魂です』
(誰かが僕の代わりに、僕の人生をやり直すということか)
『その通りです。ですから本当の意味でアナタ自身がやり直すことはできません。できて代わりの人間の行いを見守るくらいでしょう』
(……)
『それでも構わないというのなら、やり直させてあげましょう』
(構わない! 僕が苦しめてきた人たちを救えるというのなら、僕ではない誰かでも構わない! だから頼む! どうかやり直させてくれ!)
『わかりました。リオン・エルファルド、アナタを過去に戻します』
その言葉を最後に、リオンと誰かによるやり取りが終わった。
やっとわかった……“あるはずのない未来の記憶”を見れたのは、未来で死んだリオンが過去にタイムリープしてきたからだったんだ。
そして、胸の奥から生じる後悔や贖罪したいという感情はリオンのものだった。
「リオンを過去に戻したあの人は誰なんだ?」
「僕にも分からない。恐らく神だろう」
じゃあ俺をこの世界のリオンに転生させたのもきっとあの神様なんだろうな。
「お前に礼を言いたい」
「な、なんだよ急に」
「僕の身体の中でお前のことをずっと見てきた。ろくでなしの僕とは違い、真面目に鍛錬を重ね、父上やセバスチャンの期待に応えてくれた。僕の我儘で追い出してしまったリコや、料理長を救ってくれた。サラの命を救ってくれた。レイラの窮地に駆け付けくれた。僕の罪を代わりに正してくれて心から感謝している。ありがとう」
「そんな、改まって言われるほどのものじゃ……俺は単に、自分が死にたくないから頑張ってきただけだし、リオンが未来の記憶を見せて窮地を教えてくれなかったらサラだって助けられなかった」
「それは違うぞ。お前が頑張ったのも、人に親切にしているのも全て、お前が優しい心を持った人間だからだ。ずっとお前を見てきた僕が断言する。お前は立派だ」
「そ、そう?」
そこまで褒められると何だかむずかゆいな。
「こちらこそ謝らせてくれ。結局、レイラを助けられず死んじまった。ごめんな、リオン」
「謝るのはまだ早いぞ」
「どういうことだ?」
「お前は死んでいない」
「えっそうなの!?」
リオンとも話しているし、てっきりあの世かと思ってた。
「でもさ、どうしようもなくないか? 今の俺じゃ魔族のヴァーリに勝てない」
「一つだけ奴に勝てる方法がある」
「マジ!? どんな方法だ!?」
「手を貸せ」
「わかった」
言う通りに右手を差し出すと、リオンは俺の右手をギュッと強く握りしめてくる。
「今から僕に残っている魂をお前に渡す。そうすれば、今よりもっと強くなり、魔族を倒せるだろう」
「残っている力を渡すって……ちょっと待てよリオン! そんなことしたらお前はどうなるんだ!?」
「分からない。最悪僕の魂は消えるだろう」
「そんなのダメじゃないか!」
「いいんだ!」
「リオン……」
「元々僕は死んだ人間だ。もう一度死んだって構わない。その変わり、必ずレイラを助けてやってくれ」
「レイラを?」
「僕は彼女に後悔しても仕切れない最低なことをしてしまった。レイラを助けられるのなら、僕は死んだっていい」
「リオン……お前、“変わったな”」
「はは……お前からそう言われると、嬉しいものだな」
変わったよ、お前。
今のお前は悪役貴族でもないし、エルファルド家のろくでなしでもない。貴族の心を持った立派な人間だ。
「無関係のお前に頼んで申し訳ないと思っている。だが、お前しかいない」
「ああ、任せてくれ」
「忘れるな、僕はいつもお前の隣にいる」
「忘れないさ。頼りにしてるからな、相棒」
「ふっ……頼んだぞ。異世界の人間、リオ・サカキ」
「おう! 行ってくる!」
◇◆◇
「リオン様ーーーーーー!!」
「カハハ! 骨も残らず消し炭になったか!」
「そんな……リオン様……」
闇魔術に飲み込まれたリオンの光景を目にしたレイラは、絶望に打ちひしがれてしまう。自分のせいで最愛の人を死なせてしまったと悲しみに喘ぎ、とめどなく涙を流す。
「さってと、邪魔者は消したしことだし、ラドクリフを殺して終わりにするか」
「勝手に人を殺すな、愚か者」
「なっ!?」
爆煙の中から人の声が聞こえ、ヴァーリはそちらへ振り返る。聞き間違いかと思われたが、煙が晴れたそこにはリオン・エルファルドが悠然と立っていた。
「リオン様!」
「ありえねぇ! オレの闇魔術を喰らって生きているだと!? いや、それどころか――」
リオンが生きていたことに驚くヴァーリだったが、さらに信じられないものを見たと言わんばかりに驚愕した。
彼が驚いた理由はリオンの姿にある。
リオンは碧眼だが、左目が翠色に変わっていた。問題なのは瞳の色ではなく、その身に宿る魔力。
リオンの身体からは膨大な魔力が迸り、雷のようにバチバチと音を立て可視化できるほどまで溢れ出ていた。
(何がどうなってやがる!?)
死に体だった人間のリオンが、魔族である自分を超えた魔力を有している。いったい何が起きているか見当もつかない。
ヴァーリは初めてリオンに脅威を抱いた。あの人間は今ここで殺さなければ後々厄介になる。“あの御方”の最大の障壁となるだろう。
「殺す」
必ず奴の命を刈り取る。
殺すのはラドクリフだけと命令されているが関係ない。ここら一帯リオンごと消滅させる。
冷徹な判断を下したヴァーリは、空高く跳び上がると真下にいるリオン目掛けて全力の攻撃を放った。
「ダークネス・インフェルノ!!」
ヴァーリから放たれた魔術は、まるで小さな太陽だった。超熱波を放出しつ落下してくる巨大な炎塊に、ラドクリフとレイラは明確な死を実感する。
しかし、リオンだけは諦めていなかった。
彼は夜空に向けて両手を翳すと、リオン・エルファルドに託された力を集約し、“二人の魔術”を解き放った。
「リオウ・バルファドス!!!」
現れたのは雷獣。竜と虎を混ぜ合わせたような神々しい雷獣が砲声を上げながら夜空を駆け巡る。雷獣と炎塊が衝突するも、拮抗したのは刹那の間。炎塊を食い千切り、雷獣は顎を大きく開けてヴァーリの肉体を飲み込んだ。
「このオレがッ……魔族であるオレが下等生物の人間なんかに――ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
雷獣に飲み込まれ絶叫を上げるヴァーリの身体は、隅々まで焼き尽くされてこの世から消滅したのだった。
「はぁ……はぁ……」
「リオン様!」
「レイラ……」
凄まじい戦いを見て呆然としていたレイラはふと我に返り、愛しい人へと駆け寄る。リオンはレイラの頬に右手を添えて、安堵の言葉を告げた。
「君を守れて良かった」
「リオン様……」
「うっ……」
「リオン様? しっかりしてください、リオン様! 目を開けてください! 死んじゃ嫌です、リオン様ーー!」
全ての力を使いきり、ぷつりと意識を失ったリオンの身体を抱き止めるレイラは、必死に彼の名を呼び続けたのだった。
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