89話 屈辱
「ちくしょうぉお! 何なんだよあのクソガキはよぉ!」
【純血使徒】幹部、【爆弾魔】クランキー・キッドは荒ぶっていた。否、彼だけではない。他の幹部達も腸が煮えくり返っている。
ここは【純血使徒】の拠点の一つ。
だが、以前まで幹部が使っていた城ではない。あの拠点は裏切者であるリオン・エルファルドにバレており襲撃される恐れがあるため、拠点を変えて廃棄するしかなかった。
「ワタシ達ぜ~いん、リオンちゃんに騙されちゃったもんね~チョコちゃ~ん」
「うふふ、私は最初から怪しいと思っていましたけどね」
【操り人形】ミルキー・チェダーチーズの言葉に、【変態】パキーラ・バームロールは長い髪を指でイジりながら、自分だけは違うと言いた気な言葉を吐く。
目下、幹部が怒りを募らせているのは、元幹部であった新入りのリオンに対してである。
魔術学園の襲撃は順調に進んでいた。主君のデモルトが【最高】の魔術師ダニエル・ゴッドヴァルトを下し、リオンが乱入して「魔法の杖」をデモルトに献上したところまではよかった。
だがリオンは、ダニエルにトドメを刺すどころか主君に牙を剥けた。
あろうことか奴は組織を裏切ったのだ。いや、裏切ってすらいなかった。
『いや、厳密には裏切った訳ではないな。元々、闇の魔術師になったつもりはない』
最初っからリオンは組織に入っておらず、敵側として潜入していた。何の目的で組織に入ったのか不明だが、全員が欺かれていた。
それだけでも許しがたいが、裏切り者には死を与えればいい。だが、死を与えるどころか幹部が四人も揃って返り討ちに遭ってしまう。
終いには、リオンに見逃されてしまった。
『勝負はついた。アルフォート、デモルトと仲間を連れてこの場は引き下がれ』
屈辱だった。
超一級の最上級魔術を誇る【純血使徒】の幹部が、たった一人の子供にいいようにしてやられる。これほどの屈辱を味わったことはない。
「ベッキー殿、リオンがあれほど強者でござることを知っておったのか?」
「まぁな、後輩が強ぇことは知っていた」
【人斬り】森永明治の問いに、【鮮血姫】ベッキー・ウィットバンナーが首を縦に振る。
彼女はリオンと二人一組を組んで、極東の島国アズマにあるデモルトの魂を探す任務を行っていた。
その過程で八岐大蛇という魔物と戦い、リオンの実力は大体把握している。確かに、幹部に推薦されるぐらいの実力は兼ね備えており、ベッキーも初めてリオンを相棒と認めていた。
だが――、
「後輩が……リオンの野郎があそこまで強ぇなんて知らなかったッ!」
歯を食い縛るベッキー。
リオンの強さは尋常ではなかった。世界最高峰の魔術師である【最高】の魔術師ダニエル・ゴッドヴァルトや主君である【最悪】の魔術師デモルト・ブラックロードに比肩する。
いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
「そんでさ、そのリオンを引き入れたウラルは何でいないっすか?」
「襲撃から姿が見えないし連絡もないってことは、恐らくリオン君に殺されたんじゃないかな」
【魔主】ブルボン・ブランチュールの疑問に、【闇医者】シルベーヌ・ラクシューレが答える。リオンがスパイであるならば、情報を渡さない為に近しかったラウルを生かすことはないと考えられる。
「これからどうしますか、アルフォートさん」
「……」
【生首】グリコ・ファヤージュに問われた【黄昏】アルフォート・ロッテは、閉じていた瞼を開いた。
「一先ず、纏め役であったラウルが死んだ以上私が組織を率いる。各自、問題ないな」
「いいと思うっすよ」
「というより、君しかいないだろうね」
皆に確認するアルフォートに、ブルボンとシルベーヌが同意する。他の者も口には出さないが拒否する理由もない。それは同格である幹部が、アルフォートという男に一目置いているからだった。
「問題がないなら話を進めるぞ。まず初めに我が君についてだ。我が君はこれより、「魔法の杖」によって作られた肉体に全ての魂を取り込み、完全復活を果たす準備に取り掛かる」
「いよいよ、我が君が復活なされるでござるか」
「ああ。しかし、復活するにはかなりの時間が時間を要する」
新しい肉体に全ての魂を入れて定着するには時間がかかってしまう。いつ目覚めるかも、本当に復活するのかも今の所不明だ。
デモルトの現状について話したアルフォートは続けて、
「その間、我等は幾つか国を堕とす」
「え~何でよ~面倒臭~い」
「本来、我が君が【最高】の魔術師を殺し、恐怖と絶望を与えて【純血使徒】が世界を支配する計画だった」
しかしその計画は崩れてしまう。
リオンがダニエルを助け、デモルトと幹部を退けたことで世界に希望が生まれてしまった。
「組織の威光を知らしめ、再び世界に恐怖と絶望を与えて支配するには、幾つか国を滅ぼす必要がある」
「国堕としについては別に構わねぇ。だけどあのクソガキはどうすんだよ! まさか放っておく訳じゃねーだろうな! 舐められたまま黙っていられねーぞ!」
今にも飛び出していきそうな程怒っているクランキーに、アルフォートは「落ち着け」と宥めて、
「無論、リオンを放っておくつもりはない。だが、奴一人に割いている時間もない」
「ンだと!?」
「クランキー、私に二度言わせるつもりか」
「ッ!?」
アルフォートに睨まれたクランキーは息を呑んだ。
いや、クランキーだけではない。アルフォートが放つ圧力は凄まじく、他の幹部も恐れを抱いてしまう。
場が静かになったところで、アルフォートは一つ息を吐いて話を続けた。
「国堕としを行えばリオンは必ず出張ってくる。奴の力が世界に知れ渡った今、国が大人しくさせるとは思わん。出てきた所を叩けばいい」
「成程ね。国堕としはリオン君の排除も兼ねているのか」
「そうだ」
「アルフォートさん。堕とす国は決めているんですか?」
グリコに聞かれたアルフォートは首肯する。
「砂の国アメンと帝国の二カ国だ」
「ちょっと待てよ、ンでリアーナ王国が入ってねぇんだ」
アルフォートの決定に、ベッキーが不服な顔を浮かべる。
リオンを排除するなら、リオンがいるリアーナ王国を外す意図が分からない。
「リアーナ王国にはダニエルがいる。それ以外にも粒ぞろいの魔術師がいる強国だ。あの国は我が君が復活なさってから堕とす。我が君としても、故郷は自らの手で終わらせたいと思っておられるだろう」
「ちっ……」
主君の名前が出た以上、ベッキーも納得するしかなかった。
アルフォートは幹部を見渡し、国を堕とすメンバーを伝える
「アメンはグリコ、森永の二人で国盗り。私とクランキー、ミルキーの三人で帝国を堕とす。シルベーヌ、ブルボン、パキーラ、ベッキーは我が君の護衛をするため拠点に待機だ」
「「了解」」
「分かっていると思うが、失敗は許さん。我等で堕とした国を、復活なさった我が君への手見上げにするぞ」
◇◆◇
「リオン様!」
「レイラ……待ってくれていたのか」
「当然です」
城門を出ると、愛しのレイラが抱き付いてくる。きっと審問される俺を心配して待ってくれていたんだろうな。俺の彼女はなんて良い子なんだ。
「無事に終えたのですか?」
「ああ、終わったよ」
審問会が終わった後も、俺は組織について尋問された。
拠点はどこにあるとか、幹部の名前や特徴とか色々な。知っている限りのことを全部話し終えたら、ようやく解放してもらえたよ。
いや~、なんか刑事ドラマでよくある取り調べのシーンみたいだった。実際にやって分かったけど精神的に結構キツいんだな。
「では、帰られるのですか」
「いや――」
「おいリオン、人前で俺の娘とイチャイチャすんじゃねぇよ」
「お父様?」
「ベルンツベルン卿」
レイラと話していると、背後から声がかかる。振り向けば、レイラの父親であるラドクリフ・ベルンツベルンがいた。
「リオン、お前は監視対象なんだからな。勝手に行くんじゃねぇよ」
「申し訳ございません」
そうか、俺の監視をするのはラドクリフだったのか。
「あら、私も監視者ですよ」
「げっ、ルマンド」
ラドクリフに続いて現れたのは、二年生カスティア・リッツェの母親、大貴族ルマンド・リッツェだった。
彼女も俺の監視者なのかよ。俺と親交が深いラドクリフだけを監視者にする訳にはいかないってところか。
ルマンドはパチンと扇子を開いて口元を隠しながら、
「リオン、私がいる限り好き勝手はさせませんわよ」
「リッツェ卿、申し訳ございませんがそれはできません。俺は今すぐ、行かなければならない所があります」
「リオン様、行くってどこへ?」
怪訝そうに尋ねてくるレイラに、俺はこう答えた。
「帝国だ」




