86話 【最強】
当初の予定だと、醜い化物になって主人公カイトに殺されるという死亡フラグを回避した後は、物語からフェードアウトするつもりだった。
本来死ぬ筈だったリオン・エルファルドが、物語に関わるべきではないと思っていたからだ。世界の命運はカイトに任せて、俺は自由気ままに異世界ライフを送っていればいい。
そう思っていたが、その予定は崩壊した。
『ぅ……ぁ、ぁぁ……ああ、ああああああああああ!!』
『俺のせいだ!』
『俺が死亡フラグを変えてしまったから、その代償にジオが死んでしまったんだ!』
『ジオは物語で死ななかった! 最後まで生きていたんだ!』
『何で父が死ななきゃならないんだ!?』
俺が死亡フラグを変えてしまったことで、死ぬはずのなかった父親が闇の魔術師に殺されてしまう。
復讐を誓い、父親の仇を必ず見つけ出して殺すために闇の魔術師の組織に入った。
『忘れるな。お前は決して一人ではない。僕という相棒もいる』
『『リオン様~!』』
『お兄様ー!』
『だからこそ、わて等が力になったる』
復讐に囚われていた俺の心を友や家族が救ってくれた。
相棒が、俺は一人ではないと気付かせてくれた。
そして――、
『俺はこの世界で誰よりも、レイラ・ベルンツベルンを愛している』
『リオン様ぁあ!』
俺は、愛しいレイラと共に生きる覚悟を決めたんだ。
ジオの復讐を果たし。
そしてもう二度と、大切な人達を失わないように。
俺は物語の中で生きることを決意した。
だから、本来魔術大会でデモルト・ブラックロードに殺されるはずだった魔術学園校長ダニエル・ゴッドヴァルトも救うことにしたんだ。
◇◆◇
「リ、リオン?」
「いったい何が起こってんだ?」
(うわぁ、すんごい空気になっている)
決闘場いる全ての者が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべている。
そらそうだわな。
闇の魔術師に寝返ったと思った俺が、デモルトの顔面をぶん殴ったんだからさ。何がどうなってんの? て感じだろう。
いや、全員は違うか。少なからず一人、俺を信じてくれる人はいる。
(ありがとう、レイラ)
観客席にいるレイラを見ると、彼女は特に驚いていなかった。それはレイラが、何があっても俺を信じてくれているからだろう。
そんな彼女の信頼がとても嬉しい。
「これはどういう事だ、リオン」
(うわぁ、ぶち切れてるよ)
立ち上がったデモルトが、幽鬼のようなおっかない顔で俺に問いかけてくる。
そりゃ切れるよね~。
ダニエルを殺し、世界中に絶望を振り撒くと同時に【純血使徒】の存在を知らしめて意気揚々と立ち去る計画が台無しになってしまったんだからな。
「俺が裏切ったということがまだ分からないのか?」
「何ぃ……」
「いや、厳密には裏切った訳ではないな。元々、闇の魔術師になったつもりはない」
「我等を欺いていたと言いたいのか」
「そうだ」
モニター越しに俺とデモルトの話が観客席に伝わる。
俺が闇の魔術師のスパイだったという事実に、観客たちが驚きどよめいていた。
「解せんな。ならば何故組織に入った」
「目的があったからだ。貴様が知る必要はない」
「何だと」
「もういいだろ。さっさと失せろ」
しっしっとあしらうように手を振ると、デモルトは額に青筋を立てて魔力を高める。
「私が裏切者を許すと思っているのか?」
「校長との戦いで魔力も残っていないだろ。その状態で俺と戦うつもりか」
「貴様を殺すなど、この程度でも十分だ。ダークネス――」
「瞬雷」
「ガハッ!?」
デモルトが魔術を発動する前に、身体強化による加速で間合いを詰めて胸部を蹴り飛ばす。奴の身体は綺麗なくの字を描き、フィールドの壁に激突した。
「だから言っただろう。その状態で俺と戦うつもりかと、な」
「後輩! テメエどういうつもりだ!?」
我慢できかなかったのだろう。
観客席にいたベッキー・ウィットバンナーが眼前に降り立ち、マントを取っ払いながら尋ねてくる。
「先輩。申し訳ないが今日で相棒は解消だ」
「ンだと!」
「リオン殿! 子供がどうなってもよいのか!」
「ひっ……」
観客席に戻っていた森永明治が、生徒の首筋に刀を突きつけて脅してくる。まぁそうくるわな。だったら俺も脅し返してやろう。
「一人でも生徒を傷つけてみろ。貴様が殺す前に、あそこでノびている貴様等の大切な主を殺してやるぞ。それでもいいならやってみるがいい」
「くっ!」
いつまでもそっちが主導権を握っていると思うなよ。お前達の主だって、俺にとっちゃ人質なんだからな。
まぁ、今の状態のデモルトを殺しても意味ないからただのハッタリなんだけどな。
「それとも、【純血使徒】の幹部が揃いも揃って俺一人を殺すのに人質を取らなきゃいけないのか? 見下げ果てたものだな」
「テメエ、ぶっ殺すぞ後輩!」
「はっ、いいじゃねぇか! オレはテメエをぶっ殺したいと思ってたんだよ!」
観客席から闇の魔術師がもう一人降りてくる。フードを取っ払い姿を露にしたのはクランキー・キット。お前からしたら俺が裏切ったのは好都合だろうな。
「裏切り者には死を」
「拙者も相手になるでござる」
森永とグリコもフィールドに降り立つ。
他の幹部五人に動きはない。流石に全員が持ち場を離れて人質を放置する訳にはいかないのだろう。
ラドクリフやウィルバートに、他の貴族も虎視眈々と反撃の隙を伺っているからな。
ラッキーだったのは、【黄昏】アルフォート・ロッテが静観していることだ。
【純血使徒】の実質ナンバー2の実力を誇る奴が戦いに加わると俺でも手こずるからな。
「校長先生、カイトを連れて離れられますか」
「うむ。リオン……儂はこうなる“運命”だと確信しておったぞ」
「……」
「任せたぞ、リオン」
ダニエルはなけなしの魔力で飛行魔術を発動し、カイトを連れて観客席に戻った。
大丈夫か? ではなく任せたぞ、か。やけに信頼されているな。
なら、彼の信頼に応えなくちゃな。
「超一級の最上級魔術師が四人か。まだ足りないが、俺の力を示すには丁度いい」
「ほざくなクソガキ! ファイヤード・ボンバー!」
クランキーが爆弾を放ってくる。その場から離れて回避すると、間髪入れずにベッキーと森永が襲い掛かってくる。
ベッキーは血の鎌で、森永は刀による斬撃を放ってきた。俺は血の鎌を躱し、大和猛から貰った刀を抜いて森永の斬撃を防御する。
「ちっ」
「ぬっ!」
「遅い、弱い」
左手で電撃を放ってベッキーを牽制し、鍔迫り合いの状態から力押しで森永を弾き飛ばす。
「サハラバダ・ウエーブ!」
続いてグリコがフィールド全体を巻き込む砂の津波を起こしきたので、地を蹴り上げ高くジャンプして回避する。
いや~結界があって助かった。結界がなければ俺達の戦いに巻き込まれた観客は全滅していただろう。まぁ、結界がなければ全ての魔術を相殺するつもりではあったけど。
「空中じゃ逃げ場がねーぞ! フレファディア・エクスプロージョン!」
「ジオボルト・ドラファゴン」
地上から最上級魔術を放ってくるクランキー。
ドドドドドッと爆破しながら向かってくる波濤を、雷の竜を放って食い散らす。
「オレの魔術が相殺されただと!?」
「違うな、まだ魔術は消えていないぞ」
「ぐぉぉおおお!?」
クランキーは最上級魔術同士で相殺したと思っていたようだが、雷竜はまだ頭が残っている。勘違いしている馬鹿は気付かず電撃を浴びて悲鳴を上げた。
魔術自体は同格であっても、術者の力量によって力の差が出ることを知らないのか。それとも認めたくないのか。
「デザート・ロック」
「むっ」
「お二人共、今です!」
着地した俺に、グリコは先程の魔術で残っている砂を使って両足を縛ってきた。身動きが取れない隙にベッキーと森永が一斉に襲い掛かってくる。
「ブラッティ・デスサイス!」
「鬼斬り!」
「ライトニング」
電撃を放って足下の砂地を吹き飛ばす。更に電撃は閃光となり、二人の視界を惑わせた。目くらましによって鈍った攻撃を容易く対処し、ベッキーを蹴り飛ばす。
「魔術師は魔術を過信し過ぎている。魔術だけでは対応できない敵に勝つには、他の技術も必要になってくる。それは体術や……」
「馬鹿な、拙者の剣についてきているだと!?」
「剣術もそうだ」
森永と激しい剣戟を繰り広げる。
彼は紛れもない剣の達人だが、俺もセバスチャンという師に剣術を教わってきた。だから森永の太刀筋にも全然ついていける。
「魔術、体術、剣術、戦術、あらゆる全てを兼ね備えた者が最強となる」
「奥義――神ぎ「サンダー」
「ぐぉ!?」
必殺技を放とうとする森永を弱い電撃で怯ませると、その隙に刀で斬り伏せた。
馬鹿だな、必殺技ってのは当てる為にまず隙を作らないと駄目なんだよ。焦って出そうとしても逆に隙を突かれるんだ。
「ブラッティ・アーマー! ブラッティ・ランス!」
「血の鎧に、身体強化か。だが……」
全身に血の鎧を纏って身体強化したベッキーが、血の槍を出現して真正面から突進してくる。凄まじい速度と威力だが、俺を破るには足りないな。
身体強化の極致である魔鎧を纏い、心臓を狙ってくる槍の切っ先を左手で掴んだ。
「なっ!?」
「先輩は強い。力を発揮できれば幹部の中でも二番目にはな。だが、力が発揮できなければ下位だ」
「うぉぉおおお!?」
槍を掴みながら独楽のようにぐるぐると回る。遠心力が十分なところで手を離すと、ひゅんっとベッキーの身体が吹っ飛んだ。
ベッキーの強みは敵の血を吸収することで力を増すことだ。
だから多対一や、八岐大蛇のようなデカブツを相手にする場合は100パーセント以上の力を発揮する。ノリに乗っている時は幹部の中でも二番目に強い。
しかし一対一など、血が足りない状況だと実力を半分も引き出せないんだ。
「サハラバダ・スフィンクス!」
「ジオボルト・エンドバース」
「ぐぁぁあああああ!!」
フィールドに残っている全ての砂を掻き集め作り上げたスフィンクス像を、強力な電磁砲でグリコごと焼き払った。
「な、なんて強さなんだ、彼は……」
「やべぇな、おい」
「「リオン様――!」」
闇の魔術師を撃退した俺に、絶望していた観客たちの心を沸かせる。ある者は俺の力に畏怖し、ある者は救世主の登場に安堵した。
物語中盤で死ぬ運命にあるリオン・エルファルドに転生した俺は、死にたくない一心で最強を目指した。
十五歳の子供がたった一年でここまで強くなれたのは、死に物狂いで鍛錬したというのもそうだけど、リオン・エルファルドの能力が優れていたお蔭だ。
相棒だって、能力に奢らず鍛錬していれば俺の実力に辿り着けただろう。
リオンの能力とたゆまぬ鍛錬に加え、アニメや漫画で培ったファンタジーの知識が俺を最強へと登り詰めさせた。
魔術、剣術、体術、戦術、全ての要素を兼ね備えた、【最強】の魔術師にな。
「勝負はついた。アルフォート、デモルトと仲間を連れてこの場は引き下がれ」
「……」
「くそ……たれ、まだ終わってねぇぞ」
あれ、クランキーの奴まだ意識があったのか。
あいつも中々しぶといな。
「そうだな。この場は引かせてもらおう。だがリオン、裏切り者である貴様は必ず始末する。覚えておけ」
「くそ! 覚えておけよクソガキ! テメエだけはオレが殺――」
最後まで捨て台詞を言えず、クランキーの姿が唐突に消える。
クランキーだけではなく、デモルトを含めた【純血使徒】の全員の姿が一瞬で消えた。恐らくアルフォートが魔術を使ったんだろうな。
「ふぅ……」
とりあえず一人も犠牲者を出さなくて良かった。
けどこれで終わり……という訳にはいかない。
俺にはまだ、やり残っていることがある。




