85話 ダニエル・ゴッドヴァルト
「皆の者、生徒達のことを頼んだぞ」
「僕が行きますよ、ダニエル先生!」
「いや、俺が行くぜ!」
デモルトから直々に指名されたダニエルが立ち上がると、ウィルバート・アストレアとラドクリフ・ベルンツベルンが物申す。
二人は魔術学園の卒業生であり、ダニエルの教え子であった。
立派な大貴族に成長した二人の教え子に、老人は小さく首を振って断った。
「お主達の気持ちはとても嬉しい。じゃが、あ奴の相手は儂にしか務まらん。お主達は貴族の役目を果たすのじゃ」
「先生……」
「くそ、分かったよ。絶対負けんじゃねぇぞ」
「うむ、任せい」
ダニエルの身体がふわっと浮かび、決闘場のフィールドに降り立つ。
彼は手に持っている杖でトンッと地面に軽く叩くと、グリコの魔術による砂地を全て上空に吹き飛ばした。
「スレイン先生、彼等を頼む」
「はい」
「森永、グリコ、お前達も下がっていろ」
「「はっ」」
アズマの者達を医務室に運んでいたスレインが戻ってきて、再び影の中にアメンの者達を収納する。フィールドにいた森永とグリコも、デモルトに命じられ観客席の持ち場に戻った。
そのタイミングで、デモルトに気絶させられたカイトが目を覚ます。
「うっ……校長先生? はっ、デモルト!」
「気が付いたか、カイト。お主はそこで黙っておるのじゃ。スレイン先生、カイトは儂に任せて行ってくれ」
「は、はい」
アズマの者達を助けた時、スレインはカイトを助けなかった。それはカイトの魔術を消す力によって影の収納魔術を打ち消してしまう恐れがあったからである。
頑丈なカイトなら死ぬことはないだろうと、彼だけはそのままにしていた。現にグリコの砂に埋もれてもカイトは平気である。
(な、何がどうなっているんだ? 何で校長先生が……)
目を覚ましたカイトは、ダニエルとデモルトが対峙している状況に戸惑っていた。何が起こっているかは不明だが、これから二人が戦うのだという雰囲気が伝わってくる。
だから彼は、校長の言う通り黙っていることにした。校長なら、きっとデモルトを倒してくれると信じているから。
「ふっ、ダニエルが校長か。貴様も偉くなったな」
「時の流れじゃよ、デモルト先生」
「「せ、先生!?」」
ダニエルが放った意味深な言葉に、全ての者が驚く。
聞き間違いではないだろうか。まさかデモルトがダニエルの教師だったとでもいうのか。
信じられないだろうが、ダニエルの言葉は事実である。デモルトはかつて魔術学園の教師であり、ダニエルは彼の教え子だったのだ。
「先生……いやデモルトよ、もうこんな事はやめにせんか」
「くだらんな、ダニエル。その問答は五十年前に終わらせた筈だ」
「あれから考えは変わっておらんというのか?」
「私の考えは変わることはない。この先、一生な」
「そうか……ならば今度こそ、儂が引導を渡そう」
悲しそうな顔を一瞬浮かべたダニエルの瞳に決意が宿る。
刹那、彼の身体から膨大な魔力が迸った。可視化するほどの多く濃密な魔力は、炎の如くゆらゆらと揺らめいている。
「ほう、五十年前より磨きがかかっているな。だが、その程度では脅しにならんぞ」
「むっ」
お返しとばかりにデモルトも魔力を迸らせる。
ダニエルとは違った重苦しい闇の魔力が、濁流のように観客達に押し寄せた。
「息が、できない」
「胸が苦しい……」
「今すぐこの場から逃げ出したい」
デモルトの魔力を浴びただけで、体調が悪くなる生徒が出てくる。
肌が痛い。呼吸が出来ない。意識が遠くなる。心が恐怖に支配される。
魔術師としてまだひよっこな生徒ではデモルトが放つ重厚な圧力と魔力に耐えられない。もし目の前で対峙でもしていたら気絶していただろう。
「これが、世界トップクラスの魔術師かよ」
「はは、敵う気がしないね」
最上級魔術師のラドクリフやウィルバートでさえ慄いてしまう。
二人はただ魔力を高めただけなのに、それだけで格の違いを思い知らせた。
「ゆくぞ」
先手を打ったのはダニエルだった。
「クリムゾン・ドラゲイル。ハイドロック・ドラゲイル」
「上級魔術の二重魔術!?」
「しかも異なる属性だぞ!」
ダニエルが魔術を発動すると、火炎の竜と水の竜が両側から現れた。属性が異なる上級の二重魔術といった離れ業に、観客たちが驚嘆する。
そんな中、ダニエルの教え子であるウィルバートは得意気に話した。
「あれくらい余裕だよ。なんたって先生は【最高】の魔術師なんだからね」
ダニエルは基本五大属性の全てに適正がある稀な人間だ。
その上でありとあらゆる魔術を高い練度で使い熟す彼は、いつからか【最高】の魔術師と讃えられるようになった。
「その程度で怯むと思うか? ダークネス・ドラゲイル」
ダニエルと同じように、デモルトも闇の竜を二体顕現する。
合計四体の竜はとぐろを巻きながら衝突し、衝撃波を生みながら相殺した。
初手から凄まじい攻防に見えるが、二人にとってはただの挨拶変わり。これから本格的な魔術戦が始まる。
「ガイアード・スパイク」
ダニエルがトンッと杖で地面を叩くと、デモルトの足場から土の棘が生えてくる。真下から襲ってくる棘を、デモルトは飛行魔術で空に回避した。
「ダークネス・サウザンドレイン」
今度はデモルトの攻撃だ。ダニエルに向けて漆黒の雨を降らせる。勿論ただの雨ではなく、一粒一粒がナイフの如く切れ味がある。
どこにも逃げ場がないダニエルは魔力障壁を展開して黒い雨を防ぐと、間髪入れずに反撃する。
「ジャッジメント・ボルテックス」
「ふん」
飛んでいるデモルトに落雷が放たれる。が、【最悪】の魔術師も慌てることなく魔力障壁を展開して防いだ。
ここまででも凄まじい攻防だが、ここから世界トップレベルの戦いは激しさを増す。
「ディルガイア・マウントゴーレム」
「ダークネフィア・グリムリーパー」
最上級魔術の同時発動。
ダニエルは土の巨人を顕現させ肩に乗り、デモルトは不気味な死神を召喚する。
死神が大きな鎌でダニエルを襲うも、巨人が追い払うように殴り飛ばす。魔術同士が戦っている間、ダニエルとデモルトは続けて魔術を行使する。
「テンペスト・ストリーム」
「ダークネフィア・ストリーム」
「最上級魔術を発動しながら、また最上級魔術だと!?」
「何て魔力操作だ!」
吹き荒れる暴風と、光を呑み込む闇の波動が衝突する。驚くべきは最上級魔術を発動し続けながら異なる最上級を使っていることだ。
大量の魔力が必要なことは当たり前だが、魔力操作が常人離れしている。初級や中級程度の同時発動なら生徒たちでもできるが、発動することすら至難の最上級ともなると、信じられない技術だ。
しかも、まだ魔術は継続している。
「どうしたダニエル、力が弱いな」
「ぐぬぅっ!」
拮抗していた暴風と闇の波動であったが、徐々に闇が浸食していく。ダニエルも踏ん張っているが、押し込められるのは時間の問題だった。
このままでは不味いと判断したダニエルは、術を解いてその場から離脱する。間一髪回避できたが、その変わり土の巨人は波動に呑まれ、死神の鎌に両断され消滅してしまった。
「ダークネス・アロー」
「ぐぬ!」
間髪入れずに追撃が来る。
デモルトから放たれた漆黒の矢は、追尾しながらダニエルに襲いかかる。飛行魔術で逃げ切れないと判断したダニエルは、魔力障壁で矢を防ぐも衝撃に耐えきれない。
「ファイヤード・フェニックス」
不利な展開を打開しようと、炎の不死鳥を召喚するダニエル。不死鳥は翼をはためかせ、大気を焼き焦がしながらデモルトに襲いかかった。
「苦し紛れだな。ダークネフィア・フェニックス」
笑みを浮かべるデモルトは、敢えて属性違いの同じ魔術を発動する。
赤と黒の不死鳥は空を舞いながらぶつかり合う。相殺かと思われたが、黒の不死鳥が頭だけ残りダニエルを喰らおうとした。
「ぐぉぉおお!」
咄嗟に魔力障壁を展開して防ぐが、威力に耐えきれない。
辛うじてダメージは負わなかったが、【最高】の魔術師のローブは焼け、煤塗れだった。
「「……」」
息を呑んでダニエルの戦いを見守っていた生徒たちも気付き始めていた。
偉大な校長先生が、徐々に、じりじりと追い詰められていることを。
「はぁ、はぁ……」
「衰えたな、ダニエル」
肩で息をするダニエルに、デモルトが話しかける。
「確かに貴様は、この五十年で研鑽を積んだようだ。たった一人で私と張り合えるほどにな」
五十年前、ダニエルを含めた王族や貴族など、大勢の魔術師を集め犠牲を払いながらもデモルトを討伐した。
それを考えると、ダニエル一人で【最悪】の魔術師と戦い合えていることは称賛に値する。それは彼が、この五十年で【最高】の魔術師と呼ばれるほど魔術の研鑽を積んだからだ。
しかしこの五十年で増えたものもあれば、減ったものもある。
増えたのは年齢で、減ったものは体力だ。
「全盛期の貴様と戦ってみたかったものだ」
魔術を使うと失われるものは魔力だけではない。
精神力と体力も奪われてしまう。ダニエルは六十歳を超えた老人の身体で、最上級魔術を連発している。それだけでも信じられないが、限界は目の前まで近づいていた。
「ふ、ふははは……」
「何がおかしい」
突然笑い出すダニエル。
怪訝を抱くデモルトに、元生徒は笑みを浮かべながら告げた。
「可笑しなことを言うとると思っての。言っておくが、今が儂の全盛期じゃよ」
「面白くない冗談だ」
「はて、冗談かどうかはその身で知るがよい。エアリック・タワー」
(この魔術は――)
ダニエルがトンッと杖を地に叩くと、デモルトの足場から上空に向かって吹き荒れる。デモルトは瞬時に魔力障壁を張るも、これが攻撃でないことを察した。
ダニエルの狙いは、デモルトを上空へ飛ばすことで僅かな時間を作ることだった。
最大最強の魔術を練り上げるために。
「はぁぁぁ……」
ダニエルは杖を捨て、両手を大きく広げて体内に残る全ての魔力を練り上げる。すると彼の周りに、五つの魔力球が飛び回った。
その魔力球はそれぞれ火・水・雷・風・土の基本五大属性が宿っている。
広げた両手を重ね合わせると、五属性の魔力球が合わさった。
「あり得ない……」
「五属性を重ねているのか!?」
信じられない光景に魔術師が目を見開く。
ダニエルが今成したのは、異なる属性を合わせている混合魔術だ。二つの属性を合わせるだけも高難度なのに、彼は五属性を合わせてしまった。
本来なら反発して暴発するはずが、ダニエルは見事に留めている。なんという神業だろうか。
皆が注目する中、ダニエルは空に飛ばされたデモルトへ向けて究極の魔術を放った。
「混合魔術、エターナル・ビックバン!!!」
放たれるは破滅の光。
押し留めていた五属性の魔力は解き放たれたことで強大な衝撃波が生まれる。町一つ消し飛ぶほどの衝撃波が、空にいるデモルトに襲い掛かった。
「素晴らしい魔術だ、ダニエル。だが、私には及ばんな」
魔力を練っていたのはダニエルだけではない。
教え子の狙いに気付いた【最悪】の魔術師も、十全に魔力を練り上げていた。
「ダークネフィア・ブラックホール」
闇の帳が光を呑み込んでいく。
音もなく、覆いかぶさるように。ダニエルが放った最強の魔術は、何事もなかったかのように消滅した。
「校長先生の魔術がっ……」
「ば、化物め……」
この場にいる者、いや世界中の人間が絶望したことだろう。
誰も、ダニエルでさえも勝てなかったデモルトに敵う人間はこの世にいないと。
空にいた絶望が、もう魔力が残っていない満身創痍のダニエルの目の前に降り立つ。
「終わりだ、ダニエル」
「ぐぬ」
「先生―!」
「おっと、大人しくしてな。生徒がどうなってもいいのか?」
ウィルバートがダニエルを助けようとするが、闇の魔術師に脅される。誰も動けない中、この男だけは違った。
「デモルトー!」
「「カイト!」」
フィールドの端でダニエルの戦いを見守っていたカイトが、凄まじい速度でダニエルに襲い掛かる。デモルトが咄嗟に魔術を放つも、鉄剣を振るい魔術を切り裂いてそのまま肉薄する。
「はぁぁあああ!」
「……」
「なっ!?」
そのままデモルトを斬ろうしたカイトだったが、乱入してきた闇の魔術師の刀によって防がれてしまう。
真正面から怪力を受け止められたことに驚くカイトは、闇の魔術師に蹴り飛ばされてしまった。
「我が君、もう魔力が余り残っていないでしょう。俺がトドメを刺します」
「ふむ、それも一興だな。“教え子”に殺される最後が相応しい」
侮っていた訳ではないが、デモルトも残りの魔力が少ない。
特に最後にダニエルが放った混合魔術を防ぐのに魔力を多く消費してしまった。だからカイトにも弱い魔術しか反撃できなかったのだ。
闇の魔術師はローブについているフードを取り外す。
すると、“金色の髪”が露わになり、その顔がモニターに映し出された。
「えっ?」
誰かが言葉を漏らした。
それは一人だったか、全員かもしれない。ただただ現実が受け入れられない。
何故なら、デモルトを助けた闇の魔術師の正体が。
リオン・エルファルドだったからだ。
「「リオン、様?」」
「リオンはん……?」
「リオン、何やってんだよお前!」
ゴーズとクラッドが、ナナが、ラドクリフが、リオンと親交のある者が彼を呼ぶ。
まさか。信じられない。あり得ない。
心では否定するも、リオンは闇の魔術師の服を纏いデモルトの側にいる。
それはリオン・エルファルドが、闇の魔術師であるという確かな証拠だった。
「リオン……」
「サンダーパラライズ」
「ぐっ」
自分の名を呼ぶ校長に、リオンは無慈悲に電撃で麻痺させる。
もう魔力が残っていないダニエルは初級魔術ですら抵抗できなかった。
リオンは痺れて動けないダニエルの服の中をゴソゴソと探すと、「魔法の杖」を取り出す。
「お受け取りください、我が君」
「よくやった、リオンよ」
恭しく頭を下げながら、リオンが「魔法の杖」をデモルトに渡す。
彼は振り向き、地べたに這い蹲っているダニエルに右手を翳した。
「お世話になりました。ダニエル校長」
「やめろ、やめるんだ! リオーン!」
起き上がったカイトが、ダニエルを殺そうとするリオンに駆けるも間に合わない。
「「――――」」
この直後、世界が震撼した。
それは【最高】の魔術師ダニエル・ゴッドヴァルトの死ではない。
闇の魔術師に寝返ったリオン・エルファルドが。
主であるデモルト・ブラックロードの顔面を殴り飛ばしたからだった。
「「魔法の杖」を持ってさっさと失せろ、デモルト」




