84話 幹部の実力
森永明治。彼は戦国時代を終わらせた武士の一人だった。
後に将軍となる徳田家に仕え、反抗勢力を軒並み斬り倒した。やがて天下太平となり、森永は多大なる功績により将軍から大名の地位を与えられたが、彼にとってそんな物は必要なかった。
彼はただ、人を斬るのが好きな狂人だったのだ。
刀で肉を断つ感触が、熱い血飛沫をその身に被るのが堪らなかった。だから森永は、大義名分で沢山人を斬れる徳田家に仕えたのだ。
彼が人を斬るのは異常な精神性のせいかもしれないし、妖刀『村正』に魅入られたせいかもしれない。
ともあれ、森永は平和になった世を嫌った。
そして大名ながら大罪人【人斬り】森永明治に成り下がったのだ。
片っ端から人を斬りまくった。
将軍である徳田家が討伐を命じたが、全て返り討ちに遭った。
どんな強者だろうが、何人に囲まれようが彼には敵わない。それは撫子の母も同じだった。
「撫、子……」
「母上、母上―――!!」
親子は不運にも森永と出くわしてしまう。
娘を守るために戦った母親は、森永に斬り殺されてしまったのだ。
「中々の強者だったでござる。命拾いしたな、小娘。今の拙者は強者と刀を交えて満足でござる。母に感謝するでござるよ」
「うわぁぁあああああ!」
その日から、撫子は母の仇である森永を討つ為に強くなろうとした。
しかし森永の姿はアズマからぱったり消えてしまう。既に野垂れ死んでしまったのではないかと噂が出回ったが、撫子は信じなかった。
まさか母の仇と異国で出会うとは思いもせず、そして僥倖だった。
「ようやく会えたな、森永明治! 母上の仇、取らせてもらうぞ!」
「太刀筋は良いが、ちと純粋でござるな」
怒りに任せ森永に斬りかかる撫子。
彼女の怒涛の攻めに対し、森永は刀を抜かず太刀筋を見極め紙一重で躱していた。退屈そうに欠伸を噛み締めながら撫子のどてっ腹を蹴り飛ばす。
「がっ!」
「花鳥風月――花乱舞」
「火炎斬り!」
撫子に続き、猛と徳之助が斬りかかる。森永は鞘から刀を抜くと、刀で猛の斬撃を、鞘で徳之助の斬撃を防御する。目にも止まらぬ連続攻撃で猛を斬り、徳之助を鞘で殴り飛ばした。
「ぐお!?」
「あがっ!」
「花鳥風月――鳥鳴!」
二人が戦っている間に撫子は身体に残っている魔力を全て練り上げていた。風の如く駆け、渾身の居合切りを放つ。
しかし――、
「遅いでござるな」
「なっ……」
撫子が放った全身全霊の居合切りは用意に受け止められてしまった。驚愕する彼女に、【人斬り】は退屈気に告げる。
「小娘、お主など斬るにも値せぬ。鍛えてから出直すでござるよ」
「がはっ……」
刀の柄で撫子の顎を打ち抜く。
脳を揺らされた彼女は意識を失い、その場から崩れ落ちてしまった。
「つ、強ぇ……」
「化物だ」
あっという間にアズマの三人を倒してしったま森永の力に、この場にいる全ての者が絶望した。
「よくやった、森永」
「退屈でござったよ、我が君」
「そうか。良い感じだが、まだ絶望が足りないな。グリコ」
「はっ、我が君」
デモルトに名を呼ばれた二人目が、観客席から跳んでフィールドに降り立つ。二人目もマントを取り払うと、全身がモニターに映し出される。
その者は民族衣装を纏い、穏やかな顔立ちと褐色の肌色が特徴な長身の男だった。
「グリコ・ファヤージュ!?」
「王子!」
「うむ。奴め、やはり闇の魔術師に組しておったか」
二人目に反応したのは砂の国アメンの者たちだった。王子ウラエウス、イシス、セトとバステトの兄妹、彼等に付き添うホルスが揃ってフィールドに降り立つ。
「姿を消したと思っていたら、闇の魔術師の組織にいたのか、弟よ」
「久しぶりですね、兄さん。そしてウラエウス」
「そうであるな、叔父上」
ホルスの問いにグリコが答えながらウラエウスに挨拶すると、彼も神妙な表情で返した。
グリコ・ファヤージュは砂の国アメンの王族だった。
ホルスが長男で、ウラエウスの父親である現王が次男、そしてグリコが三男であった。ウラエウスからしたら叔父にあたる。
王族である彼が何故闇の魔術師となったか。
それは、次男が王となった砂の国アメンに不満を抱いていたからだった。
ウラエウスの父が王になる前、つまりグリコの父が王だったアメンは貧富の差が激しかった。王族や貴族に富が集まり、平民はその日に食べる物すらない貧しい暮らし。
王族であるグリコはそれが当たり前だと考えていたのだが、長男ホルスと次男は違った。父が死に次男が王になると、貧富の差を無くしてしまう。貧しい平民にも富を分け与えたのだ。
平民の生活が改善したことで砂の国アメンは更に発展したのだが、割りを喰ったのは王族や貴族である。
富みを分け与えたせいで、グリコは今までの贅沢した生活を送れなくなる。
おかしい。王族である自分が、何故平民のような慎ましい暮らしをしなければならない。
贅沢な平民など必要ない。
そのような考えに至ったグリコは、千人の平民を砂に埋めた。平民に抵抗させる気を起こさないよう、わざわざ頭部を晒すような残忍な殺し方で絶望させる。
そうして彼は、【生首】と怖れられるようになった。
大罪人となったグリコを討伐するためにホルスと現王が戦ったが、殺しきる事ができず逃げられてしまったのだ。
「王の代わりに余が引導を渡してやるぞ、叔父上」
「それは無理だよウラエウス」
「スレイン教師、倒れているアズマの者を連れて行ってくれ。戦いの邪魔になってしまう」
ホルスがスレインに頼むと、首肯し魔術を発動する。
彼の闇属性魔術により、気絶している撫子と徳之助と猛の身柄を影の中に収納した。
「イシス、叔父上に勝つ未来は視れるか」
「申し訳ございません、王子。彼の者の影響なのか、未来が視えません」
「そうであるか」
デモルトが現れてからイシスは何度も未来を視ようとしていた。
しかし、デモルトの力が余りにも強大なのか、未来視の力が全く機能しない。そもそも、魔術大会にデモルトが襲撃することすら予知できなかった。
「叔父上に小手調べはいらん。セト、バステト、イシス。力を合わせ、一撃で仕留めるぞ」
「「はい!」」
アメンの者達が一斉に魔力を練り上げる。
強敵であるグリコを倒すため、最大火力の魔術を同時に放った。
「「サンディゴ・ストーム!」」
「エアリック・ストーム!」
「「混合魔術・ダスト・ストリーム!!」」
四人の混合魔術により、砂塵の波濤が放たれる。
上級魔術四人分を合わせた攻撃に対し、グリコは合掌し集中力を高めて魔術を発動する。
「サハラバダ・スフィンクス」
顕現したのは砂で構築された巨大スフィンクス像。
スフィンクス像は砂塵の波濤からグリコとデモルトを守った。
「ばっ馬鹿な、我等の混合魔術が防がれただと!?」
「甘いなぁ、ウラエウス。そんな魔術では私を倒せないよ」
「いや、よくやったぞお前達! サハラバダ・ホルフェイス!」
ウラエウス達が作った大量の砂を再構築し、ホルスが最上級魔術を発動する。彼が生み出したのは、砂で構築された大怪鳥だった。
「ゆけ、ホルフェイス!」
「返り討ちにしなさい、スフィンクス」
スフィンクス像と大怪鳥が鬩ぎ合う。
しかし優勢なのは前者だった。スフィンクス像は大怪鳥の翼を刈り取り、首筋を噛み千切る。
「サハラバダ・ウエーブ」
「「うぁぁあああああ!!」」
続けてグリコはスフィンクス像を媒介に、砂の津波を起こした。津波に巻き込まれたホルスやウラエウス達は全員纏めて砂に埋もれてしまう。
「つ、強すぎる……」
「何なんだよあいつ等……」
アズマとアメンの者達を赤子の手をひねるが如く破った【純血使徒】幹部等の実力に、固唾を呑んで見守っていた貴族や高官、生徒達が言葉を失う。
しかし、絶望しているのはこの場にいる者だけではない。モニターによって戦いを視聴している世界中の人間達が恐怖を抱いていた。
「余興はこのくらいでよいだろう」
その上で、まだ絶望は足りない。
デモルトは観客席にいるダニエル校長を指しながら、こう告げた。
「決闘しろ、ダニエル。私が自ら貴様を殺してやろう」




